碧き舞い花

御島いる

197:拠点

 危機を脱した彼女はすぐにゼィロスのもとへと跳んだ。
「危なかったね」
 優しく言ってココアの入ったカップを差し出すのはセラ、とまるで瓜二つのナパスの民ノアだ。セラの見た目が時間以上に大人びたことで、彼と彼女の違いといったら白金と青玉の濃さと、男女の差で生まれる違いにのみと言っても過言ではない。
 セラはありがと、とカップを両手で持つ。「でも、一人で切り抜けたよ」
「そうだね。もう僕よりすごいかも」
「それはそうだろう、ノア。セラは遊歩以外も学んでいるのだから」ボロボロのソファに腰掛けたゼィロスが言う。
 彼の隣にはイソラが胡坐をかいている。彼女にはその方が座りやすいのだろう。
 ちなみにルピはいなかった。彼女はサパルのいるスウィ・フォリクァに戻ったそうで、セラとは行き違いになったようだ。
「……さ、僕は外そうか」
 そう言って、ノアは部屋を出て行こうとする。
「なんで?」セラはすかさず訊いた。
「別にいてもいいってゼィロスは言ってくれてるんだけどね。でも、僕は部外者だから。もちろん訊いた話を漏らすようなことはしないけど、というかこの世界には話すような相手がいないんだけどね。それでも、もし何か特別な力を持った敵、僕から情報を得ることのできる技術を持った者がこの世界に来てしまったときに、評議会のことがばれないように、僕は知らない方がいいんだよ」
「ぁ……そっか」
「そういうこと。また会えてよかったよ、セラ」
「わたしもだよ、ノア」
 ノアは部屋を出て行った。それから少し間を置いてイソラがぼそりと、だが快活と口を開いた。
「すごい似てるっ」
 イソラのその言葉にはセラもゼィロスは応えなかった。二人とも独り言だと捉えたのだ。だが、会話の皮切りにはなった。
「早速本題に入るか」ゼィロスが口を開く。「ルピとイソラが奴らと繋がる武器商人の情報を得た。ペルサに出入りしている密売人だ。ルピから連絡を得た俺は二人と合流し、数日の間宴会場を張り込んだ。そしてその男を見つけた」
「そこからあたしとルピさんで男を追ったの。何日も。ぜんっぜん『夜霧』の奴と会わないから嘘だったかと思ったんだけど、この間! ほんとついこの間! 取引現場を発見したの!」
 あまりにも興奮するイソラにゼィロスが一言。「イソラ、落ち着け」
「あ、ごめ~ん、ニシシシ。それでね、今度は『夜霧』の方を追っかけたの。それで見つけたのが奴らが拠点を置く世界……えっと、なんて世界だっけ?」
 イソラはゼィロスに顔を向ける。ゼィロスは溜め息交じりに、だが正確にその世界の名を口にする。
「アルポス・ノノンジュ。巨兵の蔵だ」


 セラとイソラの二人は身を包むローブのフードを目深に被り、ゆるやかな人波の一部と化す。
 大きな橋を行く人々は皆、異世界人ばかり。はっきり断言できる。というのもアルポス・ノノンジュ、山のごとき体躯を持つ巨人たちの世界なのだ。
 そっとセラが視線を横に向けると、そこには建物と見紛う大きさの顔がいくつもある。彼女たちの遥か下方に大地があり、そこを巨人たちが歩いている。
「だいぶ裕福そうな人が多いね」
 セラは視線を自らが行く道に戻しながら呟く。歩いている人々のほとんどが高貴で整った服装。ごくわずかに、セラたちのように旅人然とした人が見受けられる。
「もっとお金持ちの人は巨人に運んでもらってるみたいだよ」
 イソラの言う通り、超感覚は巨人の腰辺りに人がいるのを捉える。しかし、セラにはそこにいる人々が高貴かそうでないかは判断できなかった。
「やっぱすごいね、イソラは。わたし、人がいることしかわからないよ」
「あ、違うよ。あたしもさすがにお金持ってるかどうかは分からないよ。前来たとき、ルピさんが言ってたの」
「そっか、そうだよね。さすがにそれはないか」と笑うセラ。
「あ、あそこだよ」イソラは声を潜めて言う。「奴らが使ってる倉庫があるところ」
「うん」
 セラは心して頷き、イソラが光を失った瞳で示す先をフードの中よりちらりと見やった。下方。橋から枝分かれして緩やかに下に伸びる道の先。そこにきれいに塗り固められた壁を擁する蔵が群立していた。統一された格子模様が描かれた蔵たちだ。
「武器庫なんだろうけど、たくさん人もいるの」イソラは前を向きながら喋る。「だから拠点の一つだろうってゼィロスさんが。あたしとルピさんで調べたのは一つだけだったけど、他にもあるかもしれないって」
 あの中の一つ、もしくはいくつかが『夜霧』の拠点となっている。今回はそれを探りつつ、本拠地への道のりを見出すのが目的。可能ならば武器庫の機能を停止させる。そうすることで『夜霧』の戦力を落とすことができる。
 二人は道を折れず、橋の枝を通り過ぎる。
 今回はセラが場所を認識することが目的なのだ。不用意に近付いて探っていることがばれてしまえば、全てが水泡と帰すことになってしまう。武器の密売人をさらに調査したり、評議会の運営をするということもあるが、『夜霧』に対して比較的顔が割れているゼィロスが来ていないのもそれが理由だ。
「宿はこの先だよ」
 イソラがまるで旅行を楽しむ少女のように言って指をさしたのは、見上げても全景が見えないほど大きな建物だった。格子模様と唐草模様が共生する独特な壁面を持つ円柱の建造物が橋に終止符を打っていた。
 どうやら橋の終わりは異世界人の休息の場のようだった。

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