碧き舞い花

御島いる

191:『闘技の師範』の稽古

 セラは『闘技の師範』の気配を辿り、彼らが戦力の底上げをするために使っているドーム状の建物に入った。それは巨大な卵を横倒しにして半分を地面に埋めたような建物だ。
 これからまだ増えていくのだろうが、集められた戦士たちはいくつかの集団に分かれ、賢者に準ずる者の教えを受けているようだ。それらのいくつかのグループがそれぞれ大きく動き回っても互いの邪魔にはならないほど広い空間を擁する大ドーム。マグリアのコロシアムの比ではない。
 組手をする集団、一人一人が集中し何かを会得しようとしている集団、多くがそのどちらかだった。戦士たちが切磋琢磨している。大抵はセラと同世代の未来を有力視されている若者たちだったが、ちらほらと壮年やそれ以上と見受けられる者もいた。
 年齢に関わらず、超感覚と気読術で捉える活力や気配の大きさはセラに僅かに届かないといった感じだった。しかしごくわずか、賢者たちに迫る大きさの気配を持つ者がいるようだった。それはつまり、セラと同等以上だということだ。
 自分もうかうかしていられないな、とセラはケン・セイのもとに急ぐ。そして、ようやく彼を視界に捉えて、苦笑いを浮かべる。
「……セラフィか」
 独り、目を閉じポツンと立っていたケン・セイが彼女に気付いて目を向けてきた。
「……見て学べ、だもんね。ケン・セイは」
『闘技の師範』であり、訓練グループの代表でもあるケン・セイだが、その学ばせ方は不人気極まりないようだった。
「ちょうどいい。セラフィ、俺と戦え」
「え?」
「見て、学ばせる」
 どれほど独りだったのだろうか、ケン・セイは相当に苛立っているようだった。
「さらに言えば、楽しませろ。セラフィ」
「……う、うん」
 セラはオーウィンを構える。そして、その刀身に分厚くマカの膜を張った。マグリアでブレグ隊長に教わった人を斬らずに済む方法だ。
「なんだ、それは」
「敵じゃない人を斬らないように。でも、本気で剣を振れるように」
「俺に、剣を?」
「もちろん。今なら当てられる、かもしれない。だって背中取ったこともあるし」
「いいだろう。楽しめそうだ」
 ケン・セイが帯に差された鍔のない刀の柄に右手をかけた。


「……っ!」
「んっ!」
 背中を取ったことがあるのが戦いの最中ではなかったからだということをセラは知った。初めのうちから隙あらばケン・セイの背後へと跳んだセラだったが、ことごとく見破られ防がれた。だから、彼女は早々に師範の背を取ることを諦めた。
 今の二人は激しい打ち合いをしながら、所狭しとドームの中を動き回った。この広いドームの中をだ。
 駿馬、駿馬、ナパード、駿馬、ナパード、駿馬、駿馬、駿馬、駿ナパード馬、駿馬、ナパード、駿馬…………。
 高速の中で行われる激しい応酬。組手の域を超え、一種の芸事まで昇華されていく。その戦いをその場にいたどれほどの人間が目にできただろうか。恐らくは大半、何とか追えている者も含めて、大半が追えていたことだろう。そうでなければこの場にはいない。
 周りの人間が二人の戦いに目を向けているのを何事かと訝しんでいる者がわずかにいるが、彼らは直に極光の地より退場するだろう。
 訓練をしていた者は賢者も含め動きを止め、二人の戦いを見ている。特に若き戦士は二人が近場を通れば、身を退け場を空け、間近で行われる一瞬の攻防を目に焼き付ける。何か自分の身に吸収できるものはないかと。
 全く見向きもされていなかった『闘技の師範』の稽古はここにきて一番の盛り上がりを見せている。そして、人々の視線が上、天井に向く。
 セラはビュソノータスで悪魔との戦いの最中に心得た空中でのマカ移動を試す。落孔蓋のような足場はないが、それはケン・セイも同じ。彼も空では天馬のみ。翼を持たぬ相手にどれほど通用するのか、それを試すのに『闘技の師範』はもってこいだった。彼と空中で等しく戦えるのならば、翼などを持ち自在に宙を舞う相手はともかくとして、空中で行動できる相手でも申し分なく戦えると言っていいだろう。
「天馬、ではないが、面白いっ」
 セラのそれを見たケン・セイは鋭く口角を上げた。
「イソラにヒント貰ったんだよ」
「イソラが? なるほど」
 ケン・セイは楽しさと嬉しさの混じった表情で、セラに迫る。

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