碧き舞い花
190:空の小瓶と満ちた杯
卵型の窓から覗く空は、絶え間なくその色を変え、地上のものたちは忙しくそれに倣う。
「ズェロス? 戻っとらんな」
三つ目を薄光が彩る景色からセラに向けたテングが言う。
「そっか、じゃあ、ペルサから別の場所に行ったんだ」
「僕はとりあえずここでエァンダを取り戻す方法を模索するから、挨拶はセラの伯父さんが帰ってきたらだね」
「うん」サパルに応えてから彼女は考え込む。「わたしは……」
「取りあえずペルサで情報集めればいんじゃね?」とズィー。言いながらも彼は辺りをキョロキョロと見回している。
「……ンベリカって人ならこの世界にはいないよ。自分の世界にでもいるんじゃない?」
セラは記憶に残る『空纏の司祭』の気配がスウィ・フォリクァに無いことを幼馴染に教える。
「そっか。じゃあ、俺行ってくるわ」
「いいけど、忘れないでよ。一緒に修行すること」
「ああ、分かってるよ。じゃあな」
紅き閃光ともに『紅蓮騎士』消えた。セラはそれを見送ると小さく息を吐いた。
「ズィーの言う通り、ペルサに行くしかないかな。イソラとルピさんから連絡があって向かったみたいだし、何か『夜霧』に繋がることが分かったのかもしれないもんね」
「お、待て待て、待つがよかぁ」
セラがペルサ・カルサッサへと跳ぼうとすると『変態仙人』が止めた。
「身体が傷んでおるぞ、渡りの民の少女よ」
「え?」
「お言葉ですが、テングさん」サパルだ。「セラの傷は癒えてます。僕の力と、彼女自身の休息で」
「真なる『鍵束の番人』よ。お主まだまだ、若いのぅ。幾ばくもの時分賢者の称号を持つこのわしの三つ目は誤魔化せん。確かに、傷や疲労は全快とはゆかずとも、問題ない範疇と言えようぞ。しかし――」
テングは二つの目を細め、額の瞳をぎょろりと瞠った。
「あまりにも過酷な環境に長居したとみえる。変態を酷使しておるな?」
「そうかな? ビュソノータスは確かに寒いけど、一週間もいなかったよ? それより長くいたこともあるし……」
セラは初めてビュソノータスへ行った時のことを思い返しながら言う。彼女の言う通り、一度目の時の方が少しばかり今回より長く滞在している。
「……。あ!」サパルが思いついたように声を上げる。「あれじゃないかな? 薬。あのとき飲んだ解毒剤。どうかな?」
セラは他にも思い当たる節があったが頷く。「ぁ、そうかも」
「解毒剤とな?」
セラはテングに「うん」と応えると、薬箱から黒い沈殿のある液体の入った小瓶を取り出してテングに示した。
「これ」セラは小瓶を振って液体を黒く染める。「解毒剤っていっても、本当は毒みたいなもので……。オウゴンシタテングタケの胞子を使ってるんだけど……」
「さいか」テングはセラの手から小瓶を取ると、迷わずに一飲みした。「んんぐ……。さいか、さいか。これだな。ぁぁ、わしの世の異常という異常を寄り集めたような飲み物じゃ……」
テングはセラに小瓶を返す。
「それにしても、美味い。よかぁ、よかぁ!」
『変態仙人』ともなると、解毒薬もとい劇毒でさえ飲料になってしまうのだろう。マグリアの黒酒を原材料に使っているのだから、あながち間違いではないのかもしれないが。
「が! これほどのもの、ひとたび飲めば五日は穏やかな世で過ごさねばならんだろう」
「どういうこと? ほんと、わたし平気だよ?」
セラは首を傾げながら、変態術の師の赤い顔を見上げる。
「ありとあらゆる環境に対応する変態の技術……それは杯のようなもなのだ。そう教えんかったか?」
セラは二度瞬きをした。「初めて聞いた……」
「んん゛っ……伝え忘れておったのだ。さいか、さいか。何せ、精霊に愛されし渡りの民の少女は短期間で変態を会得してしまったのだからのぉ! よかぁ! よかぁ、よかぁ!!」
一瞬バツの悪そうな顔をしたかと思えば、テングは嬉しそうに大笑いだ。
「……」
「つまるところ、水は注ぎ続ければ杯から溢れ出す。今、お主はその寸前というわけだ」
「では、今の状況でセラが激しい環境の世界に行けば、対応できない。というわけですね」
「さいだ。だから休むのだ。杯に入った水はいずれ気と化し、空きが生まれる」
「コップを逆さにして一気に空にできないの?」
テングによって空になった小瓶を傾けて見せるセラ。しかし、テングは首を横に振る。それを見てサパル。
「セラ、ここはテングさんの言うこと聞いた方がいい。急ぐ気持ちは分かるけど、身体を壊しちゃったらもっと大きな停滞になるよ」
「ぅん……」セラは頷くがまだ納得がいかないといった顔だ。
「五日じゃ。幸いこの地は穏やか。して、今『闘技の師範』をはじめ、あらゆる世の戦の玄人が若き戦人たちを鍛えておる。お主もそこに交われば退屈することはなかろう?」
「最高の環境で訓練できるってことだね」
「……そっか。そうだよね!」
賢者と呼ばれる強者たちの教えを一緒くたに受けられるとういことを考えると、それも悪くないと彼女は思い始めた。むしろ、たった五日しかないのかと。
「わたし、みんなのとこ行ってくる!」
セラは二人への挨拶を早々に済ませ、踵を返すと軽快な足取りで部屋を飛び出していった。
「ズェロス? 戻っとらんな」
三つ目を薄光が彩る景色からセラに向けたテングが言う。
「そっか、じゃあ、ペルサから別の場所に行ったんだ」
「僕はとりあえずここでエァンダを取り戻す方法を模索するから、挨拶はセラの伯父さんが帰ってきたらだね」
「うん」サパルに応えてから彼女は考え込む。「わたしは……」
「取りあえずペルサで情報集めればいんじゃね?」とズィー。言いながらも彼は辺りをキョロキョロと見回している。
「……ンベリカって人ならこの世界にはいないよ。自分の世界にでもいるんじゃない?」
セラは記憶に残る『空纏の司祭』の気配がスウィ・フォリクァに無いことを幼馴染に教える。
「そっか。じゃあ、俺行ってくるわ」
「いいけど、忘れないでよ。一緒に修行すること」
「ああ、分かってるよ。じゃあな」
紅き閃光ともに『紅蓮騎士』消えた。セラはそれを見送ると小さく息を吐いた。
「ズィーの言う通り、ペルサに行くしかないかな。イソラとルピさんから連絡があって向かったみたいだし、何か『夜霧』に繋がることが分かったのかもしれないもんね」
「お、待て待て、待つがよかぁ」
セラがペルサ・カルサッサへと跳ぼうとすると『変態仙人』が止めた。
「身体が傷んでおるぞ、渡りの民の少女よ」
「え?」
「お言葉ですが、テングさん」サパルだ。「セラの傷は癒えてます。僕の力と、彼女自身の休息で」
「真なる『鍵束の番人』よ。お主まだまだ、若いのぅ。幾ばくもの時分賢者の称号を持つこのわしの三つ目は誤魔化せん。確かに、傷や疲労は全快とはゆかずとも、問題ない範疇と言えようぞ。しかし――」
テングは二つの目を細め、額の瞳をぎょろりと瞠った。
「あまりにも過酷な環境に長居したとみえる。変態を酷使しておるな?」
「そうかな? ビュソノータスは確かに寒いけど、一週間もいなかったよ? それより長くいたこともあるし……」
セラは初めてビュソノータスへ行った時のことを思い返しながら言う。彼女の言う通り、一度目の時の方が少しばかり今回より長く滞在している。
「……。あ!」サパルが思いついたように声を上げる。「あれじゃないかな? 薬。あのとき飲んだ解毒剤。どうかな?」
セラは他にも思い当たる節があったが頷く。「ぁ、そうかも」
「解毒剤とな?」
セラはテングに「うん」と応えると、薬箱から黒い沈殿のある液体の入った小瓶を取り出してテングに示した。
「これ」セラは小瓶を振って液体を黒く染める。「解毒剤っていっても、本当は毒みたいなもので……。オウゴンシタテングタケの胞子を使ってるんだけど……」
「さいか」テングはセラの手から小瓶を取ると、迷わずに一飲みした。「んんぐ……。さいか、さいか。これだな。ぁぁ、わしの世の異常という異常を寄り集めたような飲み物じゃ……」
テングはセラに小瓶を返す。
「それにしても、美味い。よかぁ、よかぁ!」
『変態仙人』ともなると、解毒薬もとい劇毒でさえ飲料になってしまうのだろう。マグリアの黒酒を原材料に使っているのだから、あながち間違いではないのかもしれないが。
「が! これほどのもの、ひとたび飲めば五日は穏やかな世で過ごさねばならんだろう」
「どういうこと? ほんと、わたし平気だよ?」
セラは首を傾げながら、変態術の師の赤い顔を見上げる。
「ありとあらゆる環境に対応する変態の技術……それは杯のようなもなのだ。そう教えんかったか?」
セラは二度瞬きをした。「初めて聞いた……」
「んん゛っ……伝え忘れておったのだ。さいか、さいか。何せ、精霊に愛されし渡りの民の少女は短期間で変態を会得してしまったのだからのぉ! よかぁ! よかぁ、よかぁ!!」
一瞬バツの悪そうな顔をしたかと思えば、テングは嬉しそうに大笑いだ。
「……」
「つまるところ、水は注ぎ続ければ杯から溢れ出す。今、お主はその寸前というわけだ」
「では、今の状況でセラが激しい環境の世界に行けば、対応できない。というわけですね」
「さいだ。だから休むのだ。杯に入った水はいずれ気と化し、空きが生まれる」
「コップを逆さにして一気に空にできないの?」
テングによって空になった小瓶を傾けて見せるセラ。しかし、テングは首を横に振る。それを見てサパル。
「セラ、ここはテングさんの言うこと聞いた方がいい。急ぐ気持ちは分かるけど、身体を壊しちゃったらもっと大きな停滞になるよ」
「ぅん……」セラは頷くがまだ納得がいかないといった顔だ。
「五日じゃ。幸いこの地は穏やか。して、今『闘技の師範』をはじめ、あらゆる世の戦の玄人が若き戦人たちを鍛えておる。お主もそこに交われば退屈することはなかろう?」
「最高の環境で訓練できるってことだね」
「……そっか。そうだよね!」
賢者と呼ばれる強者たちの教えを一緒くたに受けられるとういことを考えると、それも悪くないと彼女は思い始めた。むしろ、たった五日しかないのかと。
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