碧き舞い花

御島いる

178:光の中

「分化は疲れるって言ったろ? コイツはそれを抵抗だと勘違いしたみたいだけどな」
 エァンダは手短に自身の作戦をセラに説明した。もう、成すことのできない作戦を。
 彼は寄生の寸前まで怪物に気付かれないように分化を続け、何人もの分身を産み出していたのだ。だからこその苦悶の表情だった。そして、ギリギリまで分化した彼は本体を残し全ての自身を数多の扉に閉じ込めたのだそうだ。
 結果、本体から隔離された分化体たちはその肉体を保てずに消滅したらしいが、意識だけが扉の中に残り、怪物が弱ったところでそれらの意識を呼び戻し、寄生に反逆する。それが彼の作戦だった。
「で、セラをこっから出すってことだけど。俺が一瞬だけ穴を空けるから、そこから行け」
「エァンダは?」
「だから、俺が戻るための作戦はおじゃんだろ? 今はお前の脱出の話をしてる」
「じゃあ――」
「心配すんな。他の方法を考えるさ。兄弟子舐めんなよ」
「……」
「もちろん、時間は掛かるだろうさ。でも、俺も乗っ取られたままってわけにはいかない。絶対帰る。だから、待ってろ」
「……ぅん」
「ま、こっから出た後、生き残れたらだけどな」
 冗談っぽく言って、肩を竦めるエァンダ。セラを勇気づけるのが目的なのだろう。
「……」セラは俯く。「倒せるわけ、ないよ。だってエァンダだよ」
「まあ俺だからな。強いだろ、もちろん。でも、俺自身も中からどうにかしてみせるさ。それに扉を開けたってことはサパルも一緒に戦ってくれるだろう。だから諦めるな」
 エァンダは群青に染まる空間に、そっと手を伸ばした。その先、群青がひび割れる。卵の殻のようにパラパラと剥がれ落ち、色のない光がセラの顔を眩く照らした。
 次第にその支配力を増していき、光は彼女を包み込んでその輪郭をぼかしていく。
「走れ、セラ! 道はそこにある!」
 声だけ。
 声だけだったが、エァンダのその声はセラの背中を目一杯押した。
 セラは自然とその一歩を踏み出し、光に向かって駆け抜けた。


 ――――。


 闇の破片が彼女の周りを舞っていた。
 開いた目は、悪魔の目と合った。状況を判断しようと躍起な表情だった。
 そこに隙があり、身体を縛る悪魔の尻尾など露知らず、セラは地上に向けて跳んだ。オーウィンを手にするためだ。
 闇と碧き花が目前で散る悪魔は視線を下へ、セラを驚愕に瞠った目で睨む。
 対してセラのサファイアは闘志に満ちている。オーウィンを握り、悪魔を睨み返すその瞳はどこかエメラルドが混じったようにも見える。それは周囲の碧き花々を反射しているからだろうと思われたが、どうやら違うらしい。花が散り終えてなお、彼女の瞳は碧を湛えていたのだ。
「大丈夫、セラ!」
 サパルが扉を抜けて彼女の横へやってきた。セラは視線は向けずに頷き返し、さっぱりと応えた。
「ありがとう、サパルさん。エァンダの作戦、無駄にしちゃってごめん」
「恐らくだけど、あいつなら大丈夫」サパルは微笑交じりに言う。「それより君が助かってよかった。それに、戦意もなくなるどころか溢れ出てるね」
 彼が言うように、瞳だけでなく身体全体から彼女の闘志は醸し出されていた。碧き輝くヴェールとなって彼女に纏わる。
「エァンダが力を貸してるみたいだ、その色」
「うん。たぶん、何かしてくれたんだと思う。分からないけど、不思議と力が入る」
「頼もしい。さ、あいつを弱らせよう」
「え? でも」彼女はここでようやくサパルへ目を向けた。
「ああ、エァンダの作戦はもう使えない。けど僕が封印する。あいつの力を持った化け物を異空には放てないからね。それに、その間に僕もあいつも他の方法を考える」
「……」信頼。セラの頭にその言葉が浮かんだ。
「さ、アイツも状況を理解したみたいだ。やろうか」
「はい」
 諸手に刀、尻尾にタェシェを携えた悪魔が重力と協力しなら地上の二人に迫りくる。

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