碧き舞い花

御島いる

171:歴史に語られないその後の始まり

「またね、セラ。今度会うときまでに完成させておきます。瞬間移動装置!」
 先ほどまでの不貞腐れはどこへやら意気揚々のチャチ。すでに研究、開発への情熱がメラメラと揺蕩っているのだろう。霞みがかって、チラチラとその姿を消した。
 先にジュコへと向かったクュンゼはロープスの出す空間の穴から黒さを抜いたものを潜って消えた。チャチとは違う装置を使っているからだ。
 さてと。彼女は黒き池を作る怪物の死体を見つめるエァンダに向かって歩き出す。
 ゼィロスの居場所が彼女の考えた場所であっているのか、確認する。そして、休息の後ゼィロスと合流するのが今後の目的だろうと彼女は考えていた。
「……っ」
 今回の戦いで彼女は今までで一番大きな負傷をした。
 どこかの骨が折れている。しかし集中と興奮が終わり、身体全体が痛みを発し始めたことでどこが折れているか未だ判別できない。
 サパルの施術室に入れば自分も治るのかなと考えながら、ゆったりとエァンダに近付く。
 デラヴェスは幾度か立ち上がり、エァンダに向かって行くが、彼は身体が痛まないのか簡単にいなしている。兄弟子との力の差は大きいように見える。
 戦いの中でも、セラの知らない技能・技術を多く見せていた。勘と気読術の時のように概要しか教えてもらえないだろうが、何か自分にもできるものはないか訊いてみたかった。特に彼女が興味を持ったのは、怪物の攻撃を受ける瞬間、兄を想起させるきっかけとなった時の止まったような感覚に見舞われた技。戦いが終わった今、思い返してもさっぱり何が起こったのか分からないでいた。
 歩くにつれ、次第に大きな痛みを覚える箇所が判明してきた。左肩周辺。そこが他より痛む。試しに左肩を上げてみようとしたセラだったが、痛みが一層増した。
 我ながらよく戦えていたものだ。優しく左肩を押さえながら、彼女はエァンダを目指す。
「大丈夫かい、セラ」途中サパルが駆け寄ってきてた。
「骨が折れてるみたい。わたしもズィーと一緒に入れるかな?」
「もちろん。一段落着いたら入るといいよ」
「ありがと」サパルに言ってから、彼女はエァンダに声を掛ける。「エァンダ」
 セラが声を掛けても、エァンダは怪物の死体を見つめたままだ。
「ゼィロス伯父さんって、酒呑の宴会場ペルサ・カルサッサにいるの?」
「そうだ。言ったろ、呑気に酒でも呑んでるんじゃないかって」
 あっさりした答えが返ってくる。彼は死体を見つめたままだ。
「エァンダも、一緒に来てくれるよね」
「そうだな。終わったことだしな」
「あ、そうだ。エァンダってクァイ・バルで修業した? 怪物の血に毒とかあったらまずいでしょ、解毒剤あるよ」
「ああ、貰う。そういえば、スゥライフさんは薬草術が得意だったな」
 まさか姉の名が出てくるとは思っていなかったセラだったが「うん」とだけ微笑んで、薬カバンから自身が飲んだものと同じ薬を取り出した。数度振る。
 それを、受取ろうと腕を伸ばすエァンダに渡す……はずだった。
 パァンッと軽妙に肌のぶつかり合う音。エァンダの手がセラの手をはたいた。どこか不自然に彼女に伸ばした手をエァンダは振ったのだ。
「ぇ?」
 彼女の手から小瓶は離れ、蒼白の大地を濡らした。
「離れろっ……!」
 エァンダは伸ばした手を反対の手で抑えるように掴んだ。タェシェがその手から落ち、虚しき連符を奏でる。
 まるでその腕だけが別の生き物のように彼の意思とは関係なく動いているようだった。それもセラを求めるように。
 咄嗟にサパルがセラの腕を引いた。それも左腕。
 端正な顔が痛みで歪む。だが、その目はしっかりとエァンダを捉えている。「なに?」
「アレが本体だと、言ッタ覚えはナいゾ」
「こノ時を待ッテイたんだ」
「もう、馴染まセるノニ時間ハいらないナ」
「ソウだな。このカラダの次は、今度コソあの身体ダ」
 エァンダの口は動いていないのに、彼から、彼の腕から声がした。
「血に毒はなかったみたいだ……」
 表情を硬くして言うサパル。
「そんな……」
 セラも事態を理解した。兄弟子から聞こえた声は明らかに怪物のものだった。つまり……。
 エァンダは寄生された。

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