碧き舞い花

御島いる

168:異空の怪物

「セラ」
 彼女の知る声が下から聞こえてきた。クュンゼの隣、チャチ・ニーニがオルガの額から顔を出して手を振っていた。
「下は任せて。怪物に集中して」
「これ、チャチ! 戦いの場でハッチを開けるな」
「はいはーい。分かってますよ、博士」
 小さな笑顔を残して、彼女はオルガストルノーンの中に消えた。
「戦いに集中しろっ!」
「わ、分かってるよ!」
 エァンダの一喝。セラもまた怒られてしまった。
 二人して怪物から距離を取る。そして、セラはとある気配を探っていた。伯父であり彼女らの師であるゼィロスの存在を確認する。
「伯父さんはいないみたい」
「ゼィロス? 暢気に酒でも呑んでるんじゃないか?」
「?」
「いいから集中しろ」
「うん」
 彼女は全神経を寄生生物改め、ドクター・クュンゼの怪物に向ける。
 霊長たる生物を目指して産み出された存在。あらゆる世界の生体サンプルをつぎ込んで造られた生き物。
 そう思って感覚を向けると頷ける。
 一体の生物だという思い込みのタガが外れると隠れがくれにあらゆるものを感じられた。複数の色が混じり合うマーブル模様がセラの頭に浮かぶが、それは限りなく黒に近いイメージだった。
 ドクターの言う進化。
 不完全のまま異空に放たれた怪物はこれまでに、破界者のような宿主を渡り、その能力や特性を吸収して進化を続けてきたのだろう。そして、色を混ぜていき、今、完成間近。あらゆる色は重なり合い、黒となろうとしている。
 まず、エァンダが怪物の後方へと跳んだ。セラに劣らず静かなナパードだ。それを見て、セラは怪物の下方に跳んだ。本格的に空中で戦うのは初めての彼女だったが、すでにその特性を理解していた。
 地面という限度がないということ。
 見上げると横に振るわれるタェシェと受ける翼の二つの黒。
 セラは足の裏から衝撃波のマカを放った。跳躍では敵わない飛距離と速度。そのままオーウィンを斬り上げる。
 だが怪物も黙って見ているわけではない。脚を縄のように伸ばし、迎え撃つ。
 うね伸びる怪物の脚に、彼女はタイミングを合わせて衝撃波のマカを使い、回転して避ける。当初の彼女の予定では下からの斬り上げだったが、すでに怪物の正面に到達してしまった。だが、セラは迷わずに剣を振り下ろす。
 怪物の腕が剣となってそれを受けようとするが、彼女の超感覚はサパルの扉が現れるのを知っていた。すでに彼が鍵を回している。
 金属音を奏でて、二本の腕が動きを止めた。
「クソガっ……」
 止まった腕を扉の脇を通るように振るい直す怪物。だが、遅い。
 エァンダの剣が一本を斬り落とす。かと思うともう一本の腕も怪物の身体から離れた。こちらは斬れたというよりは千切れたという方が正確で、何が起きたのかセラには全くわからなかった。
 ただ、エァンダが何かをしたのだろうということだけが彼女の知るところだった。一本目の腕を斬ると、エメラルドの瞳でもう一方の腕を睨んだ兄弟子。彼女が捉えたのはそれだけ。
「ナンダ、ト……。ホント、邪魔だナっ!」
「!」
 怪物の臀部に活力が集まり、鋭い形の尻尾が飛び出した。それはエァンダを狙って動いたが、彼は持ち前の勘と感覚で手早く察知して躱した。
 躱しながら、セラに向かって叫ぶ。「下だ!」
「え……っ!?」
 あまりにも正面にいる怪物に注意を向け過ぎていた彼女は、敵も空中で戦っているのだということ失念していたのだ。
「ぁっ……!」
 突然に足が浮いて、セラは蒼天を見上げる。上がった足首には怪物の脚が巻き付いていた。彼女を迎撃するために伸ばしていた脚だ。
「まずハ弱らセルカ」
「……!」
 セラは息を呑んだ。それは衝撃に耐えるための備えだった。
 力強く振り落とされる。
 ビュソノータスでの落下は二度目だった。冷たい空気に背中が凍える。そして、今回は背中から落ちた。受け止める者はいないかった。

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