碧き舞い花

御島いる

158:出揃う

「次から次へと鬱陶しい奴らだ……」
 濁った響き。
 大きく歪んだ左目。その開ききった瞳孔はセラたち三人でも、デラヴェスでもない強者へと向けられた。
 彼は解放されるまでに少々時間を要していたのだ。
「随分荒らしてくれたものだ」
 蒼天に舞う長髪の男の影がセラに掛かる。そのおかげで彼女は眩むことなく彼の姿を捉えた。
 プライだ。
 身体は頭の先から足の先までボロボロで汚れているが、着ているものは真新しい雲海織り。その腰には細身の剣が二本。
「統治している世界も守れないのか?……やはり、ジュランの考えは甘いな」
 将軍に頭上から物を言い、腰の羽をゆっくりと羽ばたかせ、降りてくるプライ。
 最後に誰に聞かせるでもなく、呟いたのがセラの耳にははっきりと聞こえていた。「俺たちの世界だ。自分で守らなくてどうする、ジュラン」
 それは死別した友への言葉だったのかもしれないと彼女は思った。
 家屋の屋根の上に降り立って、プライはセラのサファイアを見た。
「セラ。お前のおかげでこうして戦いの場に出られたこと、感謝する。……一緒に戦えるか?」
「もちろん!」
 言うと、セラはプライの横に一瞬にして移動した。
「楽しみにしているぞ、お前がどれ程に成長したのか」
 二本の剣が抜かれた。
「気を付けて、あいつ、関節が反対にも曲がる」
「それは……なかなかおもしろそうだ」
 羽を広げ、突進するプライ。
 破界者が迎え撃つ。拳と二本の剣がぶつかる。それを合図に再び戦場が動き出す。
 セラは碧き花を散らし。破壊者の横でオーウィンを引く。しかし、彼女の気は破界者から逸れた。プライの後ろから、デラヴェスが槍を構え、迫っている。プライごと貫かんばかりの勢いだ。
「セラ! そのままいけっ!」
 エァンダがデラヴェスの槍を受けた。それを、視界の端で捉えながら彼女が剣を振るった。今度は首を刈るのではなく、皮膚の表層を裂くように、斬り抜いた。
 それは初撃を思い出しての躊躇いからくるものだったが、破界者の皮膚に緑色が滲む。しかし、浅い傷はすぐさま治っていった。
「セラっ」
 プライの呼びかけに彼女は身を引いた。退きながら、プライの剣と交わっている破界者の腕の関節を斬り上げた。
 斬れた。
 オーウィンは心地よく獲物の腕を斬り落とした。
 彼女はこの事実に少しばかり疑問を感じた。そして、連鎖して、一斉射撃の効果やデラヴェスが破界者の腹を貫いたことを思い出す。
 どれも死に値する損傷を受けたにも関わらず生きていて、修復までした。驚異的な再生能力があるからだ。だが、そんなことはセラをはじめ、その場にいた戦士たちが知るところだ。
 今、彼女が感じたのは別の、新たなものだった。
 それはまずはじめに首を狙った彼女だったから気付けたことかもしれなかった。


 どうして、首は斬れなかったのか。


 今、彼女の斬り落とした腕は見る見るうちに再生をはじめていた。
 そして、彼女は閃く。
 その際にセラは注意は散漫した。隙が生まれ、破界者の再生の終わった腕が迫る。鋭い爪、喉元だ。
「っ……!」
 あまりにも唐突過ぎて、彼女はナパードすらできないでいた。
 すぐそばにいたプライは彼女を守ろうと気を取られ、その隙を破界者に突かれて弾き飛ばされる。
 エァンダが何やら衝撃波を放ったが、破界者の勢いは止まらなかった。
 軽くの仰け反っていた彼女の麗しきその首に、光沢を放つ手が――。
「まず一人ぃっ!」
 破界者の手先がほんの僅か、触れて横に逸れた。
 小さく彼女の首が裂けた。ヒィズルでルルフォーラの細月刀に裂かれたときのように、じんわりと血が溢れ、つーっと首筋を流れた。
 あのときはそれが求血姫に力を与えるきっかけになったが、今回は違う。破壊者に血を舐められることはない。そもそも破界者自体が彼女の前から吹き飛ばされていた。
 そして、前回と同じ現象があった。
 セラを助ける人物の登場だ。
「わりぃ遅れたっ!」
「ズィー!」
 彼女の前には、淡い輝きを纏ったズィプガルが立っていた。

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