碧き舞い花

御島いる

157:本望

「ぐぁぁああ……!」
「ふあ゛あああああっ」
 建物が崩れ、複数の憲兵たちの悲鳴が聞こえた。
「向こうか!」
 エァンダは跳んだ。
「皆の者! 武器を取れ!! 後れを取るな!!」
 カチャカチャと金属が擦れ合う音がして、憲兵たちが一斉に動き出した。皆、向かう先は殺戮の舞台だ。
 もちろん、セラもエァンダを追って跳んだ。「僕も」と肩に手を置いたサパルと共に。


 悲惨だった。
 人の四肢や首が飛び、血飛沫が雨のようにビュソノータスの蒼白の地面を赤く染める。
 セラの鼻孔に生臭さがぬめっと忍び入った。ヒィズルで青き殺戮狂ベグラオが作り出した状況に似ている。
 セラフィの足下には憲兵の下肢一本が転がっていて、まだ温もりがあり、切断部の血管はその役割を果たそうと血液を吐き出していた。この脚の持ち主はどうなったのだろうと一瞬でも考えてしまった彼女は顔を歪める。
「行こう」
 サパルは気丈に悲鳴の中心に駆けて行った。セラはオーウィンを確かめるように握ってから、後に続く。命を掛けた戦いは随分久しぶりに感じた。
 いくらか悲観的な声は少なくなった。エァンダが破界者に応戦しているからだ。ごくたまにそこに憲兵が斬り込むが、あえなく散っていく。なにより、やはり憲兵たちはエァンダの命も狙っているようだった。
 セラはサパルと共に加勢する。
 エァンダとサパルにも感覚を向けながら、息を合わせる。
 二人が入ったことで、憲兵たちは観客としての役割を大きくしていく。あくまでも、破界者とエァンダが狙いらしい。
「ふっ」
「んはっ」
 エァンダとセラフィは同胞であり、同じ師のもとで学んだということもあって、うまい具合に噛み合った連携を見せる。次第にサパルは後方支援に徹していく。二人だけの方が効率がいいと見たのだろう。
 しかし、そううまくはいかないもの。
 デラヴェスがまさに横槍を入れたのだ。
「っぉら!」
 その一突きは確かなもので、真っ直ぐに破界者の腹を突き破った。ちょうど重なるように立っていたエァンダの鼻先に迫るように下方からの突き上げだ。
「……!」
 息を呑んだのはセラの方だった。エァンダは意外にも冷静だ。
「やってくれるな……将軍殿」
「破界者を狩るために死ねるなら本望だろう? 死神」
「ちょっと! さっきからなんなの!」
 憤るセラの声は二人には届かない。むしろ、彼女も怒りを自重する。
 破界者はまだ、生きている。
 槍の刺さった傷口が横に、ずれていく。濡れた衣服を叩いたような音が連続する。
「何っ!?」
 ついに将軍の槍は破界者の体から外れた。ぐじゅぐじゅと体の穴が塞がっていく。言ってしまえば、先ほどの一斉射撃で負ったはずの傷も破界者の体から消えていた。
「治るのかっ?」
 デラヴェスは破界者から距離を取る。セラとエァンダもだ。
「最近、ああなったんだ、あいつ」隣のエァンダがそう告げる。「言ったろ、何か混じったて。その時からだ」
「本当に倒せるの?」
「大きく損傷させれば大丈夫だと思うんだ」とサパルが二人のもとに駆け寄ってくる。「最悪、僕が封印する」
「無理するなよ」とエァンダが笑う。
「君が言うか?」サパルも笑い返す。
 同じ目的を持って時間を共にしてきた二人。互いを知り、信頼するからこその少ない言葉のやり取り。しかし、セラは小さく眉根を寄せる。
 エァンダが無理をしているというふうには、彼女には見えなかった。
 訊いてみたい気持ちを抑えて、彼女は回復の余韻に浸っているかのような顔の破界者に注意を向ける。全身の筋肉が細かく震えているように見える。
 そして、左目から前頭にかけての歪みが広がった。

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