碧き舞い花

御島いる

154:敬意、染み込んで。

「お目覚め?」
 エァンダの言葉にセラは眉をひそめた。
「破界者だよ」サパルが応える。「奴は新しい世界に行くと、その世界の環境に慣れるまで休眠状態になるんだ」
「その間は特に気配が感じられなくなる。もうちょっと寝相が悪ければ寝てる間に始末が付けられるのにな」
「今回は長かったね。この世界が寒かったからかな」
「寒いと起きるのがやになるのは分かる」
「回帰軍は? 集まったの?」とセラは問う。
「まだ掛かる。だが、俺はもう必要ないだろうから、ズィーとエスレに任せた。とにかく今は寝起きの悪いあいつへの対処だ」
「僕はデラヴェスのところに。二人は戦いに備えてて」
「ああ」
「わかった」
 部屋を出て行くサパル。二人の渡界人はそのあと手持無沙汰になった。戦いの準備も何も、二人にはすることがなかったのだ。
 すでに剣は背をっている。気持ちも戦いに向いている。セラとエァンダにこれ以上必要なものがないのは言わずもがなだった。
「えっと、エァンダ」
 装飾のために置かれた花瓶や食器をあてもなく弄り始めたエァンダに、セラは声を掛けた。彼は彼女の方に目を向けることなく応える。
「ん?」
「確認したいことがあるんだけど、いい?」
「することないし、構わないけど」
 そう言いつつも彼の手は暇を弄んでいる。
「じゃあ――」
 セラは牢での精神統一で得た考えを彼に話した。どちらも同じ集中であるにも関わらず、音が聞こえるものと、聞こえないものがあったということを。それが超感覚と気読術の違いであるのかと。
「まあ、そうなんじゃないか? 気配だけ感じてれば気読術じゃないか」
「説明が雑」
「俺が教えるのが不得手だってことは話しただろ」
「だけどさ、気読術使ってるわけでしょ? どう使ってるかとか分かるでしょ、ふつう」
「さあ。俺、感覚でやってるからなぁ。どうやってるとか、意識したことない」
「ねぇ、もしかして初めて見る技術とか、一回見ただけで覚えられたりする?」
 彼女が思い浮かべたのはホワッグマーラのフェズルシィ・クロガテラーだった。ついでに僕のこともちらりと思い浮かべたそうだ。おっと、失礼。
「あー、まあ、出来そうなのなら」
 エァンダとフェズルシィはどこか似ているところがあると彼女は感じていた。それを確かめるための質問だった。
 程度にこそ差はあれども自己中心的なところ。外の世界への興味、好奇心。とめどなく湧き溢れ出す才能の泉。関係はないだろうが、髪の色も似ている。流水色と青味がかった白髪。
「それがどうした?」
 ここでようやくエァンダはセラの方を向いた。
「ううん」セラは首を振る。「なんでもない。ありがと。あれが気読術ってことでいいならあとは練習あるのみだね」
「そうか。で、勘の方は?」
「なに?」
「いや、勘については何も訊かないのかって」
「う~ん……たぶん、訊いても意味ないと思うんだけど」
「ま、勘だしな。教えようがない」
「教える気もないでしょ?」
「ふん」
「ふふ」
 二人はどこか通じ合ったかのように微笑み合った。それはセラにとってズィーやユフォンに抱く感情とは違っていた。『異空の賢者』の弟子同士の繋がりのようなものだった。
「ところで、俺からも訊きたい。その剣、ビズのだろ? どうしてお前が持ってる?」
 エァンダはセラの背で羽を休めるフクロウを指して問う。
「……ビズ兄様は、死んだから」
「通りで」
 エァンダは短く息を吐いた。そして、自身の『記憶の羅針盤』をぐっと掴み、エメラルドの瞳を伏せた。
偉大なる英雄よエレ・ビズラス。冥福を」
 城のだだっ広い部屋に、敬意に満ちた言葉がやさしく染み込んでいった。

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