碧き舞い花

御島いる

132:挨拶回り

「これはホワッグマーラの問題だから、二人は気にするな。自分たちの旅に集中しなさい」
 警邏隊本部前で隊長は渡界人二人と握手をする。
 昨日帝居で気を失ったロマーニ・ホルストロはそのまま眠り、運ばれた警邏隊本部で今しがた目を覚ましたところだった。これからブレグたちにより聴取が行われるらしい。
 らしい、というのも今マグリアは大会の余韻に浸れないほど浮足立った状態なのだ。ブレグの言う問題というのもロマーニとドルンシャ帝の出来事だけに留まらない言葉だった。
 帝居の宴から一夜明けて、ドルンシャ帝は自室にこもり、帝居の未開放だった重要な部屋からは高級品や機密情報が盗まれたことが判明した。
 セラとズィーも協力をしようと提案したが、ブレグは二人を足止めしてはいけないと断ったところだ。
「隊長、ナギュラ・ク・スラーさん。問題ありません」
 女性の警邏隊員がナギュラを伴って建物から出てきた。セラやズィーも受けた軽い聴取と身体検査を受け終えたところだろう。
「そうか」ブレグは隊員に言ってからナギュラに目を向けて頭を下げた。「協力感謝します。不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ない」
「いいですよ」そっけないナギュラ。「あなた方もお仕事でしょうし、それじゃ」
 歩き出し、セラの横を通り過ぎる黒赤紫髪の女。黒い指輪が輝く彼女の手がその短い髪を掻き上げる。口元は、微笑んでいた。安堵のものだろう。彼女が笑うところをセラは初めて見た。本戦出場を果たす実力を持つナギュラの戦いを見てみたかったという想いがセラの頭を過る。
「出場者で協力的じゃないのはフォーリスだけか……まったく都市は違えど同じ警邏隊だというのに」
 ブレグが珍しく、疲労の色の見える溜め息を吐いた。
「それじゃあ、二人とも健闘を祈っているよ」
 ブレグは女性隊員と共に建物に向かう。
「俺たちも」
「頑張ってください、ブレグさん」
 二人の声掛けに、振り向かず弱々しく腕を上げて応えるブレグ。昨日、コロシアムで堂々と挙げられた腕とはえらく違って見えた。


 警邏隊本部を離れたセラとズィーは、休養しているフェズのいる開拓士団の静養所を訪れた。
 建物は広い食堂とたくさんの個室で構成されていて、開拓士とジュメニたち護衛の魔闘士たちそれぞれに一部屋ずつ与えられているらしい。未開の地から戻ると次の開拓のための遠征まで憩いの時を過ごすのだ。
 ジュメニに案内されたユフォンの部屋は魔導書館司書室よろしく殺風景。簡素な木組みのベッドが置かれているだけだった。
「ユフォンの部屋とは大違い」
 セラの頭には筆師の部屋が浮かんでいた。資料や物で溢れたユフォンの部屋。
「お! ズィプ、セラ! 俺を連れてってくれるのか!!」
 その体のほとんどを包帯で白くしながらも、空気を読めない程フェズルシィ・クロガテラーは元気だった。
 木組みのベッドの上で体を起こし、ヴェフモガ団長と、昨夜セラが帝居で見た黒髪の優しそうな女と何やら話していたようだったが、そっちのけで渡界人の友人たちに興味を向けた。
「フェズは優勝できなかったろ?」
「先に約束を破ったのはそっちだぞ」
 文句を垂れるフェズにズィプが目を逸らして聞いていないふりをした。
「次の大会は絶対優勝してやるからな。絶対だぞ」
「はいはい」ズィーはフェズに空返事、そしてヴェフモガと女、それからジュメニを順に見やる。「ヴェフモガ団長、リャーミヤ副団長、ジュメニさん。突然現れた俺をここに連れて来てくれてありがとう。おかげでセラに会えた」
 言って視線を向けてくるフェズと、目が合うセラ。微笑む。
 フェズが「俺は? 俺は?」と言っているがその場の全員が相手にしない。
「ズィプくん、セラちゃん。大会お疲れさま。二人の活躍はしっかりと見てたよ」
「嘘ですよ、二人とも。団長は休みのほとんどを睡眠とお酒に費やしたんですから」
「……リャーミヤちゃん」肩を落とすロマンスグレー。「ばらさないでよ」
「そうだよ、リャーミヤ。ここは団長を立ててあげるべきところだぞ」
「そ、そうですか? ジュメニさんが言うなら……」ほんの少し間を置いて考えて再び口を開く。「ごめんなさい、さっきのは嘘です。団長は……お酒を…………寝ながら…………飲みながら……」
「無理しなくていいよ、リャーミヤちゃん……」
「はい、団長。今の嘘は嘘です。団長はお二人の活躍を見ていません」
「……」
 ヴェフモガは肩を竦めてセラたちに手を合わせた。
「開拓士団のことはあまり知らないけど、大変だってことは訊いてます。休める時は休んでください」
 セラは苦笑交じりだが、本心から団長を労った。そして、初めて会うリャーミヤ副団長に視線を向けて手を差し出す。
「セラフィ・ヴィザ・ジレェアスです。ズィーがお世話になりました」
「いいえ。お世話なんて。このまま一緒にお仕事したいですよ。あ、わたしはリャーミア・ミル・ウェイヴァーです」
「リャーミアはこう見えてもわたしとヒュエリの一個下の後輩なんだよ、セラちゃん」
「すごい! それで副団長?」
「俺が下心で腹心にしたのではと疑われたこともあったけどね、彼女の実力だよ」
 頭を掻きながらも誇らしげに部下を自慢する団長。
「わたしは下心でここまで来たんですけどね、団長」
 両手を軽く胸の前に組んでヴェフモガを見つめるリャーミアの瞳は熱く、湿っていたのだった。

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