碧き舞い花

御島いる

129:祭典は盛大に幕を引く

 夕焼けのオレンジは身を潜め、魔導都市のオレンジに変わった。
 それと同時に今までで一番盛大に銅鑼が鳴く。
 どぅうぉうぉうぉおおおおおおおおおんっ――――!!
 祭典は最高潮。観客も最高潮。
 フェズルシィも最高潮だった。
「太古の法!!!」
「おい、フェズくん!!?」
 ブレグの顔は驚きに満ちた。それもそのはず、フェズルシィの体は貴賓席に納まるドルンシャ帝に比べたらマシというだけで、誰がどう見ても一昨日から回復しているようには見えないのだ。
 それなのに、前の試合で使えたことに味を占めたのか、相手がブレグ隊長だからなのか、いきなり第一世代のマカを使う始末だ。驚かない方がおかしい。
「やめなさいっ! 危険だぞっ! そんな体でっ!!」
 諌めるブレグ隊長。驚きの対象は彼に変わった。
「さすがというべきか……ブレグさん」
 控え室のセラの耳にはドルンシャ帝の声が入ってきた。彼が驚くのも無理はない。会場ももちろん驚いている。
 ドルンシャ帝が出来なかったことをいとも簡単にこなす人物が闘技場にいるのだ。太古の法を躱す人物が。
 ブレグ隊長は躱すどころか捌いている。それも、魔素は意味を持たない状況に全く動じずに、マカを使わずに。
「どうして!?」
 さすがのフェズも頓狂な声を上げて焦っている。
「伊達に連続優勝はしていないよ、俺は」
 いくらフェズが傷だらけだとは言えど、誰もが壮絶な試合を想像したことだろう。誰が拳骨一つで終わる試合になると予想しただろう。
「いいから、やめなさいっ!」
 前の試合の疲労と、今使っている第一世代のマカの疲労が合わさったフェズはスッとに気を失った。ブレグが前に倒れた彼を優しく抱き留めた。
「まだ若いんだ。身体は大事にしなさい」
 ヴォオオオオオオオオオオオッ――――!!!
 終わり方は呆気なくも、やはり太古の法とそれをいなす者という戦いは予想とは違うものの万雷の拍手を送るにふさわしいものだったようだ。怒号とも思える観客たちの歓声と拍手は鳴り止まず、試合終了を告げる盛大な花火が上がっていたが、その音が聞こえない程だった。


 ブレグがフェズを抱えて控室に戻り、それでも音を出すことをやめない観客たちがようやく静かになる。
『皆さん、これより表彰式及び閉会式を執り行いたいと思います』
 ニオザが厳かに言った。その間にコロシアムの魔闘士たちが闘技場に演壇を設置する。式の準備が整うとニオザが実況台から降りて演壇に登る。
 拡声の魔具を手に、客席の全てを見渡す。
『えー、皆さま。第十八回魔導・闘技トーナメント、楽しんでいただけましたでしょうか?』
 ニオザが話し始めると演壇に係員によって黄金に輝くトロフィーが運ばれてきた。その中にはこれまた煌めく金貨が一杯に納まっていた。
 次いでコロシアムの支配人クラッツ・ナ・ゲルソウが壇上に上がる。彼の頭も照明によって輝いている。
『今大会はいつにも増して壮絶な戦いが行われました。楽しんでいただけたと思います。かく言う私も、存分に楽しませていただきました。三位決定戦は残念でしたが、我らがドルンシャ帝のご厚意により、史上初となります、本来は本戦出場者のみしか参加できないパーティが催されますので、どうかこの後もお楽しみください。……』
 ニオザが控え室に繋がる出入口に目を向けて頷く。
『それでは皆さん! 盛大な拍手でお迎えください!! 第十八回魔導・闘技トーナメント優勝!!! 史上初、連続優勝記録七回を達成!!! ブレグ・マ・ダレ!!!!』
 王者の名が呼ばれ、会場が観客たちの体動と声でコロシアムが揺れる。
 ブレグは客席に向けて諸手を上げて振りながら演壇を目指す。その風格たるや、文句のつけようのない強者つわもの。絶対王者。
 彼が登壇し、ニオザから拡声魔具を渡されると揺れが収まり、誰も音を立てずに集中する。
『まずはここに俺しか立っていないことをお詫びする。本来なら三人立っているはずだった』
 ブレグの話し出しに、セラは控え室の壁にもたれて動かないフェズルシィを見やる。控え室に戻ったブレグが体を軽く揺すってみたのだが、彼が目覚める気配がなく、ブレグだけが会場に降りて行ったのだ。
『次に予選を含めた参加者全員を称えたいと思う。俺がここに立っているとは限らなかった。誰もが、ここに立つチャンスがあっただろう。そして、大会の運営に関わった人たちも称えよう。俺は長いことこの大会に参加しているが、質がよくなっている。参加者、観戦者ともに人数が増えていると聞いている。それもみな、コロシアムの魔闘士をはじめとした関係者各位の奮励努力の賜物だろう。皆さん彼らにも、拍手を』
 隊長が実況者や支配人、それから係員を示しながらいうと、会場から拍手が沸き上がった。
 収まると、ブレグは続ける。
『最後に、俺を支えてくれる存在に感謝を言いたい。パレィジ・エサヤ副隊長をはじめとしたマグリア警邏隊隊員たち、娘のジュメニ、そして友人たち。みんな、ありがとう!』
 ブレグが腕を掲げると何度目かも分からない歓声。
 そんな中、クラッツから金貨の入ったトロフィーがブレグに贈呈された。
 一層、歓声が大きくなる。
 まさに独壇場。会場の全てがブレグ一色に染まったのだった。

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