碧き舞い花

御島いる

128:朗らかなる行商人

「碧い花のオジョサンたち、楽しそうネ! ワタシも混ぜるヨ」
 セラたち三人が笑っていると、両手にジョッキを持った行商人ラィラィが現れた。
「あ、ラィラィさん!」
 笑いながら自分の隣に向かい入れるセラ。
「こんばんは」
 ユフォンは自分のジョッキを小さく掲げて見せた。それにラィラィも応える。アルコールが回った赤ら顔で朗らかに笑う。
「え? 二人の知り合い? 俺知らねんだけど」
 ズィプは二人の友人を交互に見やる。
「ワタシは知ってるヨ。紅蓮の騎士さんネ、オニサン。ワタシ、ラィラィ。色んな世界を回ってるネ。商人ヨ」
「……あ、うん」ぐわんぐわんと腕を取って振るう商人にズィーは戸惑いながら頷いた。「すごい気分いいみたいだな……酔い過ぎ?」
「違うヨ! 違うヨ! そうネ!!」
 ズィーの腕が放られる。「ぅわっ……」
 そしてラィラィはセラとユフォンに顔を勢いよく近づけた。
「オジョサン、オニサン! 盗まれたもの、返ってきたネ!! 二人のおかげヨ!」
「ほんとかい! それはよかったね!」
「泥棒はどんな人だったの?」
 ふとした疑問をセラが口にした。だが、問われたラィラィは首を傾げて肩を上げた。下唇を伸ばして、なかなかに愉快な顔だった。
「捕まってないネ。物だけ戻って来たヨ」
「へぇ、どうやって戻って来たんだい? 警邏隊?」
「そんなこと訊くカ? ワタシとしては品物が戻れば問題ないネ」
 興味なさそうに言って、ジョッキを呷るラィラィ。笑う。
 そんな彼の姿を見てセラはユフォンと目を見合わせて苦笑い気味に微笑んだ。
「まったく何の話かわかんねー」
 独り、ズィプが呟くのだった。


 ラィラィを交えての飲みの席は彼女や彼らにとって面白く勉強になることが多かった。なんといっても、異空間を旅することに関してはそこにいる誰よりも行商人が詳しかったからだ。
 それでいて、やはり商人。ラィラィの話は上手かった。その勢いのある話術はユフォンが参考になるとメモを取るほどだ。
「……ぁ、もう空ネ」
 ラィラィは残念そうにからのジョッキを覗いた。それは最初に持ってきたものではなく、おかわりして手に入れた十四杯目のジョッキだった。それほど長い間彼らは話し込んでいたのだ。酔いに強いナパスの民の二人はいいとして、筆師は完全に酔いが回って眠ってしまっていた。
「オニサンも寝てるし、もうお開きネ」
「そうですね」
「それにしても、二人とも強いネ、お酒。今度どこかで会ったら、美味しいお酒買ってヨ。仕入れておくネ」
「お、やった」
 ズィーは最後の一口を飲み干して笑う。
「それじゃあ、ワタシ明日の準備ネ。明日は一番の稼ぎ時ヨ」
 ズィーは立ち上がって、眠っているユフォンと肩を組む。そんな彼にセラは訊く。
「そう言えば、三位決定戦ってどうなるの?」
 チャチは自身の世界に帰ってしまった。もし戻っていなくても、オルガのあの有様では出場は困難だっただろうけど。そして、ドルンシャ帝は昨日の試合から回復していたとしても出場できるかどうかといった具合だろう。なんといっても素性を隠して参加していたのだから、そうしなければ出れない理由があったのだろうと推測される。
「ああ、セラは来てないから。中止だってよ。明日は決勝戦だけだって。ちょっと残念だよなぁ……」
「……ぁ、でもアレだって。アレ……えーっと」
 ズィプに抱えられて目覚めたのか、ユフォンが回らない頭を無理やり稼働して口を開く。
「出場者だけじゃないみたい……最後、の……」
 ガクッと頭を落とすユフォン。完全に力尽きたようだ。
「帝居でのパーティ?」
「ああ。んなこと言ってた気がする。マスクマ、じゃなくてドルンシャ帝?」
「そうネ! せっかくだからワタシも楽しんでいくヨ!」
 どうやら一般人も含めて帝居で宴が行わるようだった。ドルンシャ帝のお詫びといったところだろう。
「ではネ!」
 ラィラィが朗らかな足取りで去って行った。セラは彼を見送ってからズィプガルにまた訊く。
「そういえば、フェズさんは?」
 ズィプの口ぶりはドルンシャ帝が特別試合を観戦していらしいものだったが、彼と戦って共に倒れたフェズルシィは決勝に出られるのだろうか。そうセラは思ったのだ。
「薬師には止められたらしいけど、出るってよ」
 彼の言う薬師とはホワッグマーラでいうところの治癒師のことだ。


 ちなみにホワッグマーラで薬に関する仕事をする人間を白草師はくそうしと呼ぶ。ホワッグマーラの人々にとって薬といえば『白衣の草原』ということが深く根付いている証拠だ。
 では白草師という言葉が広まる前は何と呼ばれていたか?
 気になって僕が魔導書館の古い文献を調べたところによれば、どうやら薬草師や薬草術者と呼ばれていたようだ。

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