碧き舞い花

御島いる

126:きっかけ

「『副次的世界の想像と創造』。我がこの書物を作ったのは思念化の研究の一環。今から百年以上前のことだ。忘れもしない出会いがきっかけだ。その者に感化されてな。して、その出会った人物について、汝に訊きたい」
 ジェルマド老人はセラをしっかりと見据える。
「世界を造った一族の末裔……心当たりはあるか?」
「世界を造った一族の末裔?」
 彼女は思いっきり眉を顰める。
「知らぬか? 汝もその一族ではないのか?」
「え?」
 これまたセラは眉を顰める。彼女には似合わない程に眉間に皺が寄る。
「その者は汝と同じ、花を散らす移動術を使っていたのだがな。先の催しで汝がおこなっていたものだ」
「ナパード?……ナパスの民?」
「昔はそう呼ばれていたんですかね?」
 ヒュエリも小首を傾げている。
「そんなこと、聞いたことないです」
「まあ良い、続きを話そう……。その者は予見者よけんしゃを名乗り、思念体へとなるすべを探求せよと我に語った。未来の断片を交えてな。その未来の断片の内容は語ることを禁じられているが、思念化のマカを作らねばならぬ理由としては充分なものだった。まあ、しかし汝がその者と同じ一族ではないのだとしたら、目の保養だ。汝を呼んだのは」
「はぁ……」
 セラは呆れ気味に息を吐いた。


 それから、ヒュエリ司書とジェルマド老人が完全幽体への道を探るためにあれやこれやと話しているのを、セラは一人ついて行けず暇を持て余していた。帰ろうにも、ヒュエリがいなければ彼女に帰る手段は分からない。
 仕方なく、彼女は司書室の大きな窓より見える古き魔導都市に視線と意識を向ける。
 現在のマグリアより数が少ない街頭は橙色の光を灯しているが、紫とピンクを合わせたような空の色の方が強く規則正しい街を色付けていた。
「……」
「?」
 セラの耳に人の声のような音が届いたのは、彼女が現在のマグリアでユフォンが間借りしているライラおばさんの下宿がある辺りに目を向けたときだった。
 感覚を集中させる。声が徐々に鮮明になっていく。
「……ぇ」
「……てぇ」
「た……けてぇ」
「! 助けて!?」
 セラは言葉の意味に気付き、声を上げる。その声にマカ話に花を咲かせる二人が彼女を見た。
「街から助けてって声が!」
「ああ。汝は感覚が鋭いのであったな」
「助けに行かないと」
「必要ない。この世界に閉じ込めた者だ」
「でも」
「敵を助けることに意味などない。非情にならねばこちらがやられるのみ。そもそも奴らが先に我の邪魔をしたのだ。報いを受けて当然」
「……」
 セラとしては見ず知らずの助けを求める者であっても、ジェルマドにとっては忌み嫌う復讐相手。それは彼女が赤褐色の大男に対して抱く感情と同じものなのかもしれなかった。だとしたら、その者に手が差し伸べられるという状況に、自分は耐えられるだろうか。
 セラは悩んだ末にゆっくり頷いた。
「分かりました」
 司書室の空気が重くなった。
 口論と呼べるような言い合いはなかった。それでも、重鈍な沈黙が漂う。
 そんな雰囲気を破ったのは語り掛けるようなヒュエリの声だった。「……ぇと、今日は帰りましょうか。ジェルマド・カフ大先生。お話の続きは後日、二人だけでしましょう」
「うむ。いいだろう」


 この時、セラは自分の中にある復讐心を改めて感じたわけだが、反対に、他人から見た復讐について知ることにもなった。
『夜霧』関していえば、はたから見て助けようと思う者は恐らくいないだろう。それだけのことを奴らはやっているのだから。
 それでも、今回の出来事は自身を動かす活力が復讐を起因にしているということを彼女が考えさせられるきっかけとなるものだった。

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