碧き舞い花

御島いる

125:受け継がれるカフ家のマカ研究

「来たか」
 幻想の主は魔導書館の尖塔にピッシリと佇んでいた。老体にしては背筋がいいのは元からか、精神と記憶のみの幻の存在だからか。
「待っておったぞ。しかし、随分と早かったのぉ」
 ゆったりとその白いひげをたなびかせながら降りてくるジェルマド・カフ。その姿をヒュエリは羨望の眼差しで見つめていた。
「はぁ~……はっ! 初めまして、アルバト・カフ先生の一番弟子のヒュエリ・ティーと申します。お会いできて光栄です!」
「ほぉ、汝、アルの弟子か。又甥またおいは元気でやっておるか?」
「ぁ……先生はもう、お亡くなりになりました」
「なんと。あの悪ガキも死んだか……」
 ジェルマド・カフはどこか想いを馳せるように空を見上げる。男を嫌う節のあるジェルマドだが、アルバトが親族だったからなのか、それとも二人の間だけ特別な交流があったのか、悪ガキなどと言っているが、彼らの繋がりの強さを思わせる口ぶりだった。
「それで、アルバは完成させたか?」
「完成?」
 ヒュエリが首を傾げる。セラはそんな彼女と目を合わせる。
「そうじゃ、現実での思念体化じゃよ。研究しておっただろう?」
「幽体化のマカ! はい! 先生の遺志はわたしが受け継ぎました!」
 ヒュエリは嬉しそうに言って、その体から白ヒュエリを出現させた。
「まだ、完全幽体にはなれませんが……」
「ほぉ……やはり楽しませてくれる! どれどれ……?」
「ひゃぁ!?」
 老人は準幽体の体を確かめるように上から下まで撫で回した。さすがのヒュエリも驚きの表情で頬を赤らめた。
「おお、すまん、すまん。さすがに淑女の体を断りも触るのはまずかったな」
「ぃ、いえ……光栄、です」
「……」
 さすがにそれは嘘ですよ、ヒュエリさん。目の端に涙を浮かべる実体と幽体それぞれの彼女の様子を見ながら、セラは思うのだった。
「いや、しかし実に見事に準幽体だ」
「触っただけで分かるんですか?」
 セラは未だ小さく震えているヒュエリの代わりに訊く。
「我が何年思念体だと? 幽体が安定しているかどうかなどは見れば分かるものだ」
「……」
 ならなぜ触ったのだろうと、二人と一体は思ったことだろう。
「見事なものだが、だがだ。準幽体では研究が完成していないということ。我が考えているのは完全なる思念化。つまりは完全幽体ですらなく、その上なのだからな」
「それは」ワンピースのヒュエリがローブのヒュエリを見る「実体を残さないってことですか?」
「さよう、物分かりがいい」ジェルマド・カフはまた空を見上げる。「我がこの『副次的世界の想像と創造』を完成させる少し前、我はアルと約束をしたのだ。我が死んだ場合に思念体へとなるすべを見つけ出すのだと。その前段階として、完全幽体を作り出すことがあった。しかしあのアルでさえ自らでは完成させることが出来なかったのは驚きに値するな。弟子を取ること自体もな」
「そんな約束が……。それは知りませんでした。わたしは、先生がお亡くなりになられたあと、遺された理論を使って完成させただけなので……先生に会えるのではないかと」
 セラが彼女から初めて幽体化のマカのことを訊いたとき、彼女はアルバト・カフに会いたいから発明したと言っていたが、それは彼女自身が一から発明したということではなかったようだった。
「うむ。なかなかいい弟子ではないか。娘であることがなおいい」
 少しばかりいやらしい目つきでヒュエリを見るジェルマド。それを見たセラはすかさず疑問を投げかけた。
「……えっと、でも、ジェルマドさんは思念体なんですよね? さっきもそう言ってたし」
 つまりは完成しているではないかと彼女は言いたいのだ。
「ジェルマド・カフ様は違うんですよ、セラちゃん」
「見事、分かっておるか。ではこちらの娘に教えてやってみてくれ」
「はい! 大先生!」師匠の師匠という偉大な存在に、ヒュエリは張り切っている。「いいですか、セラちゃん。ジェルマド・カフ様が思念体でいるのはこの本の力のなんですよ。大先生本人であって本人ではないんです」
「?」
「つまり、今わたしたちがこうして話している大先生は、魔導書の中に組み込まれた大先生の精神と記憶がその姿を現してる形なんです」
「さよう。我の場合はこの世界に限定された思念体なのだ」セラからヒュエリに視線を変える。「しかし、汝がアルの研究を引き継いでくれていたのは嬉しい誤算と言えよう。アルから音沙汰がなくなってからというもの、どうするものかと考えていたところだったのだ。そこで、この魔導書に干渉することのできた汝を呼んだというわけだがな」
「つまり、わたしは完全幽体、さらには思念化のマカを完成させればいいんですね!」
「頼めるか?」
「もちろんです! 大先生のご依頼なら絶対に!!」
 ヒュエリは師匠の師匠のお願いに安請け合いしたが、セラには疑問に思うことがまだあった。
「あの、どうして思念化のマカを? この本から出るためとか? それに、あなたはわたしも呼びました、それはどうして? 研究のことだけならヒュエリさんに来るように伝言を頼むだけでよかったんじゃないですか?」
「疑問の多いことは大いに結構なことだ。さて、どれから答えていこうかということだが、まず、この世界から出たいとは思っておらん。そして、思念化のマカの開発と汝を呼んだことには少なからず関わりがあることだろう」
 ジェルマド・カフはそこで言葉を止めて下を向いた。
「中で話そう。立ち話もなんだろう」

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