碧き舞い花

御島いる

104:シューロ対ジュメニ

 気弱な少年は以外にも健闘、いや、開拓士団護衛の長を押していた。押しているのだが、決め手に欠けている。
「手を抜くどころじゃないな。それでどうしていじめを受けるんだ。やり返せるだろ?」
「そんな、そんなことしたら、怪我させちゃう……から」
「それくらいがいいだよ。受け入れてるから、彼らも調子に乗るんだ」
「で、でも……」
「ま、もう、君をいじめるようことはしないだろうけどさ。これだけの試合をすれば恐れ多いだろ」
 シューロはやはり客席の少年二人と友人関係ではなかったのだ。
「ど、どうだろう……ジュメニさんが手を抜いてるって言われるかも……」
「そんなことわたしが言わせないさ。ん? てか、勝った気になってるな?」
「ぇ! あ、す、すみません……ぼく……」
「ははは、いいさ。勝負なんだ、思いっきりやってくれなきゃ、それこそ怒る」
「ぇと、すいません……ぼく、まだ怪我させないようにって、力抜いてます……ごめんなさい」
「嘘だろ?」
「ご、ごめんなさい! 今から、全力でやります!!」
「……っ!?」
 攻めては防ぎ、攻めては防ぎ。押されながらも年長者の余裕と経験で保たれていた均衡が崩れた。
 会場がどよめく。
 名も知れぬ学生が、開拓士団の護衛魔闘士を大きく吹き飛ばしたのだ。
「うっ……っふ…………」
 背中から落ちたジュメニが苦痛の息を漏らす。それをやった張本人のシューロは心配そうに彼女に目を向ける。
「あ、ご、ごめんなさい。怪我してませんか? ジュメニさん?」
「あ、ああ、大丈夫だ」立ち上がるジュメニの顔は笑っていた。「いい衝撃波じゃないか。面白くなってきた」
 ジュメニが脚を淡く光らせ、シューロに詰め寄った。
 その拳だけに鎧のマカを纏わせて、そのうえで鎧のマカとは違う、煌々と輝くマカを発動させた。
「う、うわっ!」
 驚きの声を上げながらも、その黄色く縁取られた瞳孔でしっかりと彼女の拳を捉えて躱すシューロ。
 空振りに終わったジュメニの拳からは乾いた爆発音がして、その延長線上にあるコロシアムの地面を大きく削り、正面に張られた観客たちを守る障壁を激しく震わせた。
『おおっと!! 凄まじい威力だぁ!!』ニオザが叫ぶ。
 壊れないと分かっていても、大きな力を正面から目の当たりにした客たちは皆、腰が引けていた。表情も驚きというよりは恐れの部類に入るもので、ニオザの声を聞いている余裕はなさそうだ。
「ふっ!」
「っわ!」
 大技が姿を見せたわけだが、試合はまだ終わっていない。ついて来れない客をそのままに、二人の攻防が再開する。
『まだまだ続く!! いったいどっちが勝つんだぁ!?』
 体だけでなくマカのぶつかり合いも増え、序盤よりも激しい攻防へと変わる。
 試合中の会場としては今日一番の盛り上がりを見せ、観客たちはシューロが名の知れぬ学生だということを忘れていく。
 ふとセラがシューロの『友人』二人に目を向けると、彼らの顔は引きつり、試合の展開よりも今後の人生の展開を考えているかのようだった。
「お、決まるな」
 いつの間にか開口部から身を乗り出すようにして試合を見ていたブレグが、真剣に言った。
 セラは闘技場の二人に集中する。
 ジュメニとシューロは互いに相手に殴りかかろうとしていた。
 魔闘士の方が学生より先に届く。
 視覚的にはそう見えたが、セラの超感覚は先を読んだ。
 シューロが勝つ。
 彼の拳が遅いのはわざとだ。相手に悟られないようにうまく遅らせ、すでにジュメニの攻撃を躱し、カウンターを決めるための動きに入り始めている。
 彼女の読み通り、ジュメニの拳はくうを殴り、シューロの拳が隙だらけのジュメニの横顔を殴打した。
「ジュメニのやつ。詰めが甘いぞ、まったく」
 父親が控え室でやれやれと首を振っているなか、娘は地面に伏した。
 それから立ち上がる気配を見せず、勝負は決着した。
『決まったーっ!! 第六試合、勝者はシューロ・ナプラだぁ!!! これはまさかの番狂わせ!! ジュメニ・マ・ダレが初戦敗退だぁ!!』
 会場には歓声に少しだけ溜め息が入り混じった。
 しかしながら、溜め息はすぐ消えて健闘した二人に盛大な拍手が送られる。
「さすがシューロだ!」
「勝てると思ってたぜー!」
 と調子のいい手のひら返しの歓声もあったが、シューロへと向けられたジュメニを破ったことへの歓声は尋常なものではなかった。かといって、負けたジュメニを罵倒するような声もない。
 それほど、二人の試合は客たちを楽しませたのだ。
「だ、大丈夫……ですか?」
 シューロが歓声におびえながらジュメニを覗き込む。
 しかしジュメニからは何の反応も返ってこず、徐々に、シューロの顔から血の気が引いていく。
「ぁぁぁ……」
 声にならない声を上げるシューロの横にコロシアムの係員二人が駆け寄る。一人は担架を脇に抱えている。
「シューロ選手は控え室にお戻りください。ここからは私たちが」
「ぁ、ぁ、はい……」
 シューロは心配そうな顔になり、俯きながら階段へと向かって行った。何度もジュメニの方を確認する。
「ジュメニさん大丈夫ですかね?」
 控え室でもユフォンが心配の声を上げる。
「大丈夫だろう。あいつは丈夫だからな、俺に似て」
 父親は娘の心配など全くしていなかった。小さくだが笑い声をあげる始末だ。
 ブレグの笑い声を耳にしながら、セラは担架で運ばれるジュメニを目で追った。するとジュメニが身じろぎしたのが見えた。そして係りの二人に「止めて」と言うと、腕を高く伸ばした。
「わたしは大丈夫だ! ブレグ・マ・ダレの娘は頑丈だからな!」
 と会場を沸かせた。
 負けてもただでは下がらない。観客を楽しませることを忘れないあたり、やはり親子なのだろう。
 セラはマ・ダレ親子を交互に見て微笑む。
 そして、表情を引き締める。ついに自分の試合だ。

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