碧き舞い花

御島いる

96:風は白金を揺らして

「あんた! 何したんだよ!」
 空からズィーの声が降る。
 青い空に浮かぶ紅が、消えては現れを繰り返している。そうしていないと鍵使いの脚が届いてしまうのだろう。
「力を閉じたのさっ!」
「どーりで力が入らねえわけだなぁ!」
「安心しろーっ! 試合終わったら、元に戻してやっからぁ!」
「そうか! ずっとじゃねえんだな!」
「ああ!」
 戦士二人の会話が終わった。
 だが、セラの耳にはズィーが最後に「ま、でも、封じられようが関係ないんだけどな。……まさか初戦で使うとはなぁ」と言ったがの聞こえた。
 コロシアムに風が吹く。
 その風が、セラのプラチナを優しく揺らしていく。
「!」
 突然にセラは開口部から身を乗り出して空を見上げる。そこにいるのは愛しき幼馴染。


 風向きが変わった。


「どうしたんだい、セラ?」
 隣のユフォンが訝しみながらも彼女に続いて身を乗り出す。


 それは彼女の記憶に刻まれた大敗の兆し。


「ズィーが……!?」
 コロシアム中の、場合によっては会場の外の客も空を見上げていることだろう。そして、青空を見上げている全ての人の目に、太陽とは違う淡い輝きが映っていることだろう。


 外在力。


 行先を変えた風たちがズィーのもとに集い、纏わりついた。
 ビュソノータスで『夜霧』の部隊長ヌロゥ・ォキャが見せた絶大的な身体強化のすべ
 今、それをズィーがやって見せている。
 セラの胸が高鳴る。
 それはヌロゥへの恐怖ではなく、ズィーへの尊敬に近い安心感から来た高鳴り。
 次第に淡い輝きが重力に従って落ちくる。そして、そのまま土煙を巻き上げて着地する。
 ヌロゥは空高々から何事もなかったかのように着地してみせた。まさに、ズィーもそれだった。
 しかも、さっきまでの脱力はどこへやら、しっかりとした姿勢で構えていく。
「嘘だろ! 施錠が解けるわけ……!?」
「別にポルトーの技を解いたわけじゃねえよ。中が駄目なら外のを使う。それだけの話しだろ?」
 あっけらかんと言ってのけて、ズィーはさっきまでとは比べ物にならない速さで、駆け出した。狙うのは対戦相手でなく、相棒だ。
「なんだか、知らねえけど」ポルトーも駆け出す。二人の足の速さは互角と言ってよかった。「させっかよ!」
 だから、二人はスヴァニの見上げるその場所で互いの蹴りをぶつけ合った。
 闘技場から空気が押し出され、コロシアムの通路という通路から溢れだしていく。さっきズィーのもとに集まった風よりも強く。人々が目を開けられない程に。
 凪が訪れる。
 闘技場には体に纏う淡い輝きが薄れる中、スヴァニを背中の鞘に納めるズィーの姿。「大丈夫か? ポルトー」
「ああ、なんとか……」対して手足を広げて仰向けになるポルトー。「動けそうにねえけど」
『……決まったぁ!! 勝者は、ズィプガル選手! ズィプガル選手ですっ!! 第二試合、勝者ズィプガル・ピャストロン!!!』
 一瞬役回りを忘れていたニオザだったが、ハッとして勝者を告げた。しかし、その顔を見る限りは状況を把握できていないようだった。
 それは観客たちも同じで、ただ、自分たちでは理解できない展開で勝敗が決まったという事実に興奮するのだった。
 とにかく盛り上がる観客には応えず、ズィーはポルトーに手を差し伸べる。「立てるか」
「ありがとぉおおお?」
 ポルトーが差し伸べられた手を掴むと、ズィプの方が地面に倒れた。
「戻ったら力入らないんだった」
「あはは、待ってろよ。今、解錠してやっから」
 ポルトーは笑いながらのろのろと鍵束から鍵を取ってズィーに向けて回した。「解錠」
 鍵がポルトーの手から消える。
 すると、あっという間にズィーは力を取り戻したようで、軽く立ち上がるとポルトーに肩を貸して階段に向かって行った。
 その光景に観客たちは拍手と口笛で盛り上がる。試合後のこういった選手同士のやり取りはスパイスとしては充分すぎるものだろう。


 戦いを終えた二人が控え室に戻ってくるより早く、屈強なるヤーデンと細身のナギュラが外から入って来た。
 ヤーデンはその手に抱えきれずマカで浮かせる程の量の袋を携え、空いている手でナギュラの腕を引いていた。
「よし、間に合ったぞ、君」
「だから、わたしは……」
「どうしたんだ?」と何やらもめている二人にブレグが声を掛けた。
「ああ、ブレグ殿」ヤーデンは荷物を床に降ろす。ナギュラの腕は掴んだままだ。「実はな、久々の他都市で、かつ、お祭りだったもんだから、ショッピングを楽しんでいたんだが、もちろん外の市場で。そこでナギュラ女史を見つけてな、もう、試合の時間だろうにと連れてきたのだが、女史ときたら――」
「わたしは。わたしは本戦に出れただけで満足なんだよ。試合は棄権する」
 ナギュラはヤーデンの手を振り解いて腕を擦るのだった。

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