碧き舞い花

御島いる

94:ブレグ対ドード

「いきますっ!」
「来いっ!」
 先の一件で完全に静まり返った会場に二人の声がよく通った。
 斬りかかったのはドード。ブレグは剣でそれを受け止める。
 パキューンッ――――!!
 耳を刺すような高い音を立てる。
 その音が会場中の誰もの耳に届いた瞬間、ブレグは身体を横へ反らした。彼がいなくなった空間の先、地面がスパッと二本筋に斬れた。
「なかなか面白い剣術だな」
「ありがとうございますっ!」
『おおっと! 一体どういうことだぁ!!』
 ニオザが実況で会場の熱気を取り戻しにかかる。それも、ドードを上げるという方法で。
『ドード選手の刀は止まったはず! しかし、地面が斬れたぁ!! それを躱すブレグ選手もさすがだぁ!!』
 実況は功を奏した。客席に音が戻ってくる。
「おいおい! やるじゃねえか、あの小さいの」
「俺は最初から応援してたぜっ」
「二人とも頑張ってー」


「何かしたのか、あの子?」
 選手控え室ではズィーが首を傾げる。
「何もしてないと思う……あの子は」
 セラは自分が感じたものをどう説明したらいいのか分からず曖昧にズィーに応える。
 そもそも、いま改めてドード少年を感じ取ると、どうも何かが変だった。人間と霊体の中間のような、それでいて、ヒュエリの不完全幽体とはまた違う感覚。そして何より、彼が春一番、木枯らしと呼んだ二本の刀。刀自体に大きな力を感じるのだ。それも、刀を扱うドード以上に大きな活力。
 今さっきの地面を斬った斬撃はドード少年が何かをしたのではなく、刀たちが自ら力を放ったようにも見えた。しかし、その刀を振るっているのはドードだ。彼女にそこから先の考えは浮かばなかった。ヒィズルのテムなら分かっただろうかと過る。


 キュウィンッ――テェィーン――ピィンッ――……。
 ブレグとドードの攻防は続く。正確に言えば、ブレグがドードを観察しているような動きだ。
 ドードの刀はその短さとは関係なく、まるで本当はその何倍もの長さがあるかのように広い範囲に斬撃を刻んでいる。そして、ドード本人の動きも、かなり戦い慣れしたものだった。ブレグが様子を見ているということもあるが、彼の攻撃にもしっかりと対応しているところを見ると、戦いの経験も勘も、同い年の頃のセラよりも明らかに上だ。
「分かった」
 ブレグが呟き、動きを止める。
 それに合わせて、ドードも止まる。
「?」
 絶妙な間合いの二人。
「剣の稽古はしてあげよう!」
「ほんとすっか!?」
 明るく、嬉しそうに声を上げるドード。
「だが」ブレグの足が淡く輝く。「勝ちはやらん!!」
 一瞬でドードの懐に入ったブレグが剣の鎬でドードの腹を打った。
「どぉあぁぁああああっ!」
 ドードの体は軽々とコロシアムの壁にぶつかった。
 力の差は歴然。
 それはドード本人にも分かっているようで「つっえぇ~……降参っす……」と満足そうな顔で負けを認めた。
 客席から歓声と拍手が沸き上がる。
 第一回戦第一試合、ブレグ・マ・ダレ対ドード・ワンス。
『勝者! ブレグ・マ・ダレーーっ!!』
 勝者の名が会場に響くと、観客たちはさらに言葉とならない声を上げた。その中を今しがた師弟となった二人が控え室に向けて並んで歩く。
 歓声に応えながら、ブレグはドードの健闘を称えるように客たちに促す。すでに客の中にドードをみすぼらしいどこの馬の骨とも分からない少年などと嘲る声を発する者はいない。むしろ、その身なりは観客たちの感動を誘った。
 貧しいながらも予選を勝ち上がり、優勝候補の胸を借りた形だが、その戦闘の技術の高さを身を持って証明した少年の名を会場中が連呼する。史上最年少にして絶対的王者と対戦した彼、ドード・ワンスはこれからもコロシアムで語り継がれる存在となることだろう。
 勝者と敗者は降りてきた階段を昇っていく。


 会場の熱も冷めぬうちに二人が控え室に戻って来た。
「いやぁ~負けたっす!」
 負けたというのに朗らかな第一声。
「でもでも、先生が見つかって満足っすね! ブレグ先生! これからどうぞよろしくっす!!」
 深々と頭を下げるドード。その様子を見てフォーリスが舌打ちをしたのは、セラだけが聞き取れたようだった。
「ああ、よろしく」ブレグはドードの頭にポンッと手を置いた。「根を上げるんじゃないぞ?」
「はぁいっ!!」
 それはブレグ隊長が警邏隊隊長と知ってか、知らずか、ドード少年は勢いよく敬礼してみせた。
「う~少年! いい試合だったぜ。次は俺の番だ」
 ポルトーがドードに親指を立てる。ドードは「ありがとぉございますっ!」と扉に向かって行く彼に頭を下げ返した。
「さあ、行こうぜ、渡界人の友よ! 楽しもーぜっ!」
「あ、ああ……」ズィプは呆気にとられながら応える。「でも、もう出ていいのか、俺たち?」
「ごぉっ……! っだよ、固いことゆーなよ、行こうぜい、行こうぜぇ! 会場だって二人が温めてくれたんだからよ~」
「はあ……」
 とズィーが空返事をしたところで、扉が叩かれた。
 待ってましたと言わんばかりに扉が開く前に自分から開けに行くポルトー。ズィーも少々呆れながらも彼に続いていく。
「ズィー、頑張って」
「冗談じゃなく、負けるなよ、ズィプ」
 と、セラとユフォンが彼の背中に声援を掛けた。
「おう」と短く応えてズィプは部屋をあとにした。


『皆さん、休んでる暇はないですよぉ! 予選第五位、ズィプガル・ピャストロン! 予選第十二位、ポルトー・クェスタ! 両者の入場だぁ!!』
 客席は第一試合の盛り上がりを残したまま二人の登場に応える。そして、ズィーとポルトーが中央で相対すると、トーンを落とす。
『それでは……第一回戦第二試合! はーじめっ!!!』
 どぅおおおおぉおん――――!
 ニオザの叩いた銅鑼が戦いの始まりを告げた。

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