碧き舞い花

御島いる

87:興奮する人々

「セラちゃ~ん!」
 セラがズィーたちのやり取りを見ていると、瞳を潤ませたヒュエリが盛大に駆け寄ってきた。
「ヒュエリさん、お久しぶりです」
「そうですよ。お久しぶりなんですよね~……グスン、ゲルソウさんたちのせいで戻って来たセラちゃんに会えなくなっちゃいましたからね、まったく」
 コロシアム関係者がいないことをいいことに愚痴をこぼす司書様。
「酷いと思いません? 禁書を取りに行かされたんですよ? 封じなければならないから禁書なのに、あの人たちは何もわかってません」
「じゃあ、断ればよかったろ?」ジュメニが二人のところへやって来た。
「うぇ~……だって、あの人、恐いじゃんゲルソウさん。禿げてるし、上から目線出し……泣いても退いてくれなかったんだもんっ」
「ヒュエリはいつも断れないよな。そのくせ、陰で愚痴ばっか」
「ジュメニがサッパリし過ぎなの! ね、セラちゃん?」
「え? えっと……」突然話を振られて困惑するヒュエリ。答えに困る。
「セラちゃんを困らせるなよ、ヒュエリ」
「そんなことないよ。ですよね、せらちゃん?」
「……あ、ヒュエリさん」セラは応えずに話題を変えることにした。「本の中の世界で著者のジェルマド・カフさん、の霊? に会いました。今度ヒュエリさんと二人で尋ねてきてくれって」
「え!? ほんとですかぁ!!」話題を変えたのが功を奏した。さっきまでの質問はどこかへ飛んで行ってしまったようで、ヒュエリは色素の薄い銀色の瞳を輝かせる。「ジェルマド・カフに!? 会った!?」
 彼女の興奮はセラが今まで見てきた中で最高潮だった。
 セラはそんな彼女に少したじろぎつつ「はい」と頷く。
「ぃやった!! 行きます行きます。絶対!! セラさん! いつにしましょう!」
「えっと……」またもセラは返答に困る。彼女の期待に応えたいのはもちろんだったが、セラにも事情がある。
「おい、こら。セラちゃんを困らせるなって」ジュメニがヒュエリを制す。
「だって! だって! ジェルマド・カフ様だよ!!? すぐにでも会いたいよ。アルバト・カフ先生の大叔父様!! 先生の先生だよ!? お話聞きたいじゃん!」
「まあまあ、落ち着けって」
「まあまあ、落ち着け」
 ここで、まさかの親子の同調が起こった。
 三人とは別の場所でブレグがボロ衣の少年を落ち着かせていたのだ。
 この同調のおかげで、ヒュエリの興奮は少しばかり落ち着きを見せた。「すいません、セラちゃん。大会が終わって、セラちゃんの都合のいいときで大丈夫です」
「こっちこそ、ごめんなさい。すぐにでも行きたいんですもんね」
「はい! もちろんです!!」
「はいっ! もちろんっす!!」
 これまたピタリと声があった。ヒュエリとボロ衣の少年だ。
 セラはヒュエリとジュメニとの会話をこなしつつ、少年とブレグ隊長の会話に感覚を向けてみた。
 少年の名はドード。はっきりとはわからないが、セラがナトラード・リューラで出逢った少年ズィードと同い年か少し上くらいで、参加者の最年少と見て取れる。
 彼の身長に合わせて屈むブレグ隊長とはきはきと言葉を交わしている。
 ズィーとフェズ、そしてポルトーもまだ話している。
 そのほかの選手たちはというと。
 乳白色の髪の少年は未だおろおろとしている。
 壁に寄りかかる黒赤紫の髪の女に、おそらく別の都市の警邏隊の紋章を付けた男が話し掛けるが無視され続けている。
 鍛えられた肉体のマントの男は精神統一でもしているのか、目を閉じて胡坐をかいている。
 機械仕掛けの男は何やら体の節々を入念に動かし、目視していた。
 他の面々は皆、何をするわけでもなく、開会式が始まるのを待っていた。


 間もなく、部屋にニオザの声が響いた。それはコロシアムの魔闘士として選手に接するものでも、セラやユフォンといった友人と接するものでもない、会場を盛り上げる司会進行実況者としてのものだった。
『皆さん! 長らくお待たせいたしましたぁ! これより、開会式を始めたいと思います!!』
 そんなニオザの声は会場にも届いているもののようで、会場の歓声が地下まで揺れ届いた。
「あ、会場の様子、見ましょうか」部屋に唯一残った参加者ではないヒュエリが、小型の投影機を壁に向けて置いた。「きっとすごいですよ」
 彼女が投影の魔具に着いた水晶に魔素を流し込んだ。すると、壁面にグラグラと揺れる映像が映し出された。どうやら、会場の様子を捉えた撮影機が観客の興奮で揺らされているようだ。
「今から皆さんが行くところですよ」
『皆さん! 落ち着いて! まだ、大会の主役たちがいないじゃないか!!』ニオザが言うと、会場が少しばかり静かになる。映像の揺れが収まるくらいには。『ではではお待ちかね! 予選第十六位の選手からの登場だぁ!!』

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