碧き舞い花

御島いる

86:不穏な空気の男。空気を読めない男。

「いえ、しかし……」ニオザは困った表情でクラッツを見る。「どうしましょう、ゲルソウさん」
「はぁ……よく見とけよ」偉そうにニオザに変わってマスクマンに向かうクラッツ。「申し訳ないが、こちらも参加者の把握は必須のこと。同意書に書いた名前を名乗っていただきたい。それに、これはあなたのためでもある」
 クラッツは男の鉄仮面をじっと見つめた。
「あなたは顔も隠しておる。ここにはマグリア警邏隊隊長に副隊長もいる。不法にこの地に足を踏み入れたと分ければ、この場で拘束してもらうことになる。それが異都市の者であれ、異世界の者であれだ。他都市、他世界の回し者が潜り込むにはちょうどいいのでな、大会開催中というのは」
 ブレグとパレィジが少しばかり身を構えた。不穏な空気が漂い始める。
「はぁ……それは重々承知しているのだが……」鉄仮面は頭を掻こうとしたのか、手を頭に向けて、その鉄仮面に阻まれた。「あ……」
「でしたら、その仮面を取り、名乗ってく頂こう。そもそも、同意書には名前を書いているはずだ。なぜ今渋る? もしや、同意書を書いてないのか? ならば、どうやって参加した」
「あー……支配人」詰め寄る老人にまたも頭を掻こうとして鉄仮面に手をぶつける男。「どうだろう、あなただけに素性を明かすということで。それで、勘弁してくれないか?」
「なにぃ?」老人は頭に血管を浮かべる。
「支配人の判断に任せる。素性を明かしたうえで参加を認めないのなら、そこで退こう。諦める」
「ほう、いいだろう。外に出ようか、若いの」
 完全に認めることはないだろうとその場にいる誰もが分かるくらい、クラッツは怒り心頭に見えた。偉そうにしながらも見せていた参加者への敬意はすでに失せている。扉の方を顎でしゃっくた。
 鉄仮面の男が先に扉を出て行った。
 それを見届けると、ジュメニがヒェエリに訊く。「あの人が参加しないってなったらどうなるんだ、ヒュエリ」
「さあ? わたしはわからないよ」
 ヒュエリが敬語を使わずにジュメニに返す。
 それもそのはず、彼女たちは小さいころからの知り合いなのだ。魔導学院でも同期で、二人とも名を残す程の学生だった。恥ずかしながら、僕は後に師匠となるヒュエリ・ティーの存在を、彼女の弟子になるまで頭の片隅程度にしか知らなかった。もちろん、アルバト・カフのことは知っていたし、彼の司書補佐官がマカの使い方に長けた人だという話は知っていたけどね。
 僕、ユフォンが知らなかったのも無理はない。ヒュエリとジュメニではジュメニの方が目立つのは言うまでもない。マグリアでは魔闘士という職業の方が話題になるからだ。それでも、ヒュエリ司書が予選の説明をしているときに観客が声を上げていたところを見ると、ちゃんと知っている人は知っているのだということがお分かりいただけるだろう。
 では、話を戻して、ヒュエリはニオザに敬語で問う。
「ニオザさん、どうなるんですか?」
「はい。その場合は、繰り上げで十七位の方が本戦に出る形になると……思います。すいません、私もこのようなケースは初めてで。本戦が始まってからの棄権の場合は不戦勝で対戦相手の方が勝ち上がるのですが……」
「そうですか。ゲルソウ氏を待つしか……」
 彼女の言葉の途中で扉が開き、鉄仮面と禿げ頭が入って来た。
「ニオザ! このか……この人はマスクマン様だ。問題ない。出場してもらって大丈夫だ」
 どこか固い表情で偉そうに告げるクラッツ・ナ・ゲルソウ。コロシアムのトップが決定したことに、ニオザは従う他ない。紙にマスクマンの名を記した。
「……それでは、これで全員のお名前の確認が終わりましたので、私はこれで失礼いたします。これから、私の実況がコロシアムに流れますので、名前を呼ばれた方から順に、これから空間移動装置に変わるこの扉から部屋を出てください。すぐに地上の闘技場、お客様たちの前に出ます。では」
 ニオザが扉の横についた水晶に魔素を流し込んだ。水晶が淡く輝き、扉の枠の中、渦を巻く淡い幕が張られた。
 それを確認すると、司会進行は一礼してからその幕の中に消えて行った。
「それでは私も失礼いたします。皆さま、御健闘を」
 クラッツはニオザより深々と頭を下げてその頭部の輝きを披露した。
 他の者には聞こえなかったのか、分かっていて反応しなかったのか。いいや、その場にいた全員に聞こえていたはずだ。彼女の超感覚を持ってしなくても、そのとき、フェズルシィが「何か塗ってるのか? 光り過ぎだぞ」と空気の読めない発言をしたことは。
「……では」
 本人にも聞こえていたようで、クラッツは頬をヒクつかせた笑顔をフェズに向けてから部屋を出て行った。
 彼が去るとすかさずズィプがフェズをどついた。「おい! くくっ……さすがに、今のはねえだろ」
 言葉の割には彼の頬は上がっている。
「ふんっ、ふざけた野郎がいたもんだぜ……ナイスだっ!」
 ズィプとフェズの会話に入ったのは鍵束の男だった。彼は人懐っこい笑顔でズィーとフェズに握手をした。
「俺はポルトーだ。もし対戦するようならよろしくぅっ!」
「ああ、よろしく」とズィー。
「俺が勝つけど、構わないよな」とフェズ。
「おっ、言うねぇ、きみぃ~」

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