碧き舞い花

御島いる

85:十六人

 ゴオォーン、ゴオォーン、ゴオォーン……――――。


 幻想のマグリアに荘厳な鐘の音が響き渡った。
 直後、天からヒュエリの声が降り注ぐ。
『皆さん、お疲れ様です。これを持って、第十八回魔導・闘技トーナメント予選を終了いたします』
「ぉ、終わりか」
「みたいだね」
 見上げたからといってそこにヒュエリの姿が見えるわけではないのだが、セラはズィーにつられて空を仰いだ。
『このあと、皆様には地下闘技場に戻っていただき、そこで予選の結果の発表を待ってもらいます。お時間はとらせません、予選の最中から集計をしておりましたので、数分で結果発表です。発表の後、予選通過者の十六名の方には本戦開会式に参加していただき、本日の催しは終了です。明日からのトーナメントのために準備をしておいてください。そして、残念がら敗退してしまった方々には参加者観覧席をご用意しておりますので、よろしければ、大会をお客さんとして楽しんでください。それでは、皆様にはこちらに帰って来てもらいましょう』
 ヒュエリの言葉の後に少しの間。物音一つしない。
 すると、幻想のマグリアに朝日を思わせる光りが差した。
 光りは橙色を打ち消し、侵食していく。
 セラも、隣にいるズィーも、光に食われ、溶けて消えた。


 セラが気付くと、そこは地下闘技場ではなかった。
 闘技場とは比べ物にならない程小さな部屋だ。造りは地下通路や闘技場と同じで、地下だというのに陽光がどこからか入り込んでいるところを見ると、ここも地下の様だった。
 そこにはセラ以外にズィーもいた。他にも知っている顔が数人。ブレグとジュメニ親子にフェズルシィ、パレィジ警邏隊副隊長もいる。そして、彼女が名も顔も知らない人物が十人。
 二本の短い刃物を腰に紐でくくり付けたボロ衣の少年。
 鉄仮面を被り、さらにその上から全身を包む長さのローブのフードを被る男。
 首から下げた鍵の束を手で弄ぶ男。
 セラ二人分の身の丈はあるだろう体躯で、ナマズのような顔にこれまたナマズのような髭の生やした白衣の男。
 セラとジュメニの他に唯一の女性参加者、黒みを帯びた赤紫色の短髪の女。
 黄色く縁取られた瞳孔の瞳で辺りをおろおろと気にしている乳白色の髪の少年。
 マグリアの警邏隊のものと似た紋章を胸に付けた男。
 ブレグに負けず劣らずな鍛えられた肉体を持ち、開拓士団の紋章に似たものが刺繍されたマントを羽織っている男。
 水色の髪を持つ、どこか気の抜けた表情の男。
 ズィーが言っていた腕が明らかに金属でできた男もいる。腕以外もどこか生身ではないようだった。
 全部で十六人。
 部屋にいる人数を見て彼女には察しがついた。ここに集められたのは予選通過者で間違いなさそうだ。
 彼女の考察通り、コロシアムの地下二層目にあるその部屋には予選通過者が本戦開会式前に集められる前室だった。現に何度も大会に出場しているマ・ダレ親子やパレィジ副隊長らは、特に辺りを気にする様子を見せなった。
 この状況を知る者が少ないからか部屋は静かだ。誰も口を開こうとしなかった。状況を理解したとしても、声を発しないことがこの場でのルールだと言わんばかり。
 でも、彼は違った。フェズルシィ・クロガテラー。
「予選通過か。当然だな。なあ、ズィプ、お前どうだった?」
「あ、おう……バッチリだけど、よ。今、喋る雰囲気じゃねえだろ、フェズ」ズィプが半ば面倒そうに応えた。
「? そうか? 問題ないだろ。てか、司書様嘘つきだなぁ。戻ってから発表とか言ってたよな、なぁ、ズィプ」
「あ、ああ……」
「毎回こうなんだよ、フェズくん」口を開いたのはジュメニだ。「ヒュエリがってわけじゃない」
「そう、毎回、予選が終わって通過者はこの部屋に連れて来られる。ま、今までは一瞬で来たことはなかったが」
 ブレグが娘に続く。
 フェズが端を発したおかげで場の雰囲気が変わったようだった。セラたちとは別のところでも、小声だが参加者たちが会話を始めていた。
 そんな折だった。部屋の扉が開かれ、三人の人間が入って来た。三人ともセラの見たことのある人物たちだ。
 久々に会うヒュエリ。つい一時間程前に会ったニオザ。そして、初めて会う禿げあがった頭の老人、クラッツ・ナ・ゲルソウ。
「皆さん」ヒュエリが声を発する。「予選、お疲れさまでした。そして、おめでとうございます! 皆さまが予選通過者となります!!」
「毎回の恒例として、予選終了と共に通過者と敗退者の選別をさせてもらいました」ヒュエリに続いてニオザが説明をする。「今回は幻想世界からの帰還と兼ねてしまいましたことをお詫び申し上げます。普段ならば、集合場所よりお呼び出しを――」
「ニオザ。そんな説明はいらん! そもそも、お前はまだ名乗っておらんだろうに。ささっと名乗って、今後のことを話さんか。ったく、これだから若い奴は」
 コロシアムで一番偉い老人はやれやれと首を振った。
「すいません」とほほとでも言わんばかりの苦笑いを浮かべ、ニオザは改める。「えーでは。私はニオザ・フェルーシナと申します。今大会でメインで実況、進行をさせていただくこととなりました。さて、これから本戦開会式が行われるのですが、これも恒例となっております、下位の方からコロシアムにご登場いただき、ご紹介させていただきます。そこで順位発表というわけでございます。つきましては、ご紹介をするにあたって皆様のお名前を確認させていただきたく思います。では」
 ニオザは上質紙を懐から出すと、近場にいた参加者から順に名前を聞いて回り始めた。
 そしてセラの番だ。「セラフィ・ヴィザ・ジルェアスです」
「おめでとう、セラちゃん」セラのフルネームを書き終えると、小声で言ってウィンクをするニオザ。
 ありがと、とこちらも小声で返すセラ。
 その後も順調に選手たちの名前を聞いていったニオザだったが、最後に名前を聞いた鉄仮面を被った男で思わぬ戸惑いを見せた。
「えー……申し訳ありません。『マスクマン』という方は参加者にいなかったと存じております。同意書には全て目を通しておりますので。失礼ですが、ご本名をお願いします」
「マスクマンだ」鉄仮面フードはくぐもった声で返す。

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