碧き舞い花
83:ガラスの狙撃手
二人の足は上へと向かっていた。
ズィーが塔を昇りたいと言ったことが始まりだったが、爆発で壊れた街を見ておこうとセラも考えていた。その破壊の規模で、爆破を起こした者の力量の片鱗を見ることができるだろう。
それに彼女たちの場合、移動というものに時間がかからない。昇りはファントムを倒すために足を使っているが、降りるときは街に跳べばいいだけのことだ。ファントムの数が減った魔導書館内を戻るという無駄なことをしなくても済む。
「長かったぁ……」長い長い階段を昇り切ったズィーが一息吐く。「ま、リョスカ山に比べりゃ楽勝だな」
そこは司書室のある最上階のさらに上。大時計を動かす大小様々な歯車たちが忙しなく働く場所だった。ちょうど大時計の裏側だ。
「まだ上があるみたいだよ、英雄様」
辺りを見渡したセラはさらに上へと続く梯子を見つけた。そして、ゲッとした表情のナパスの英雄を置いて一人で昇り始める。
「まだまだいけるさ」
セラに続いてズィプも梯子に足を掛けた。
ズィーが下から続いてくるのを超感覚抜きで感じながら、セラは梯子を昇り終える。
歯車たちの職場の上には天を刺すように伸びる尖塔の屋根と、それを囲むように人が二人並んで歩ける幅の通路があった。
「うわー! 高ぇ!」セラに次いでズィーもそこに到達する。
「気を付けてよ、ズィー」
通路に欄干はなく、ズィーは真下を覗き込む。
地上では感じられなかった風が、プラチナとルビーをゆっくりと揺らす。司書室よりも高い位置から見るマグリアの街並は相も変わらず規則正しい。ただ、ちょっと古めかしい。
「落ちても問題ないだろ、俺たち」
「だからって……」
セラは空を見上げる。紫ピンクが近い。「ん?」
「どうした、セラ?」
「誰かいる」
セラはこのマグリア一高い場所に二人以外に誰かがいるのを感じていた。
「ファントムか?」
それはファントムではなかった。彼女は尋ねたズィーに静かに首を振る。
そして視線を水平に戻すと、少し間を置いてからゆっくりと通路を歩き出した。それにズィーも続く。
セラは一点を見つめたまま、視線を動かさない。
「うへ~、本当にばれてるのか」セラたちが進む先から、男の声が聞こえてきた。「術式解放」
ガラスが砕け散るように輝きが放たれ、今まで誰も立っていなかったそこに、頭巾を被った黒装束の男が立っていた。男はビュソノータスでセラが見たピストルを長く、大きくしたような黒い武器を携えている。
「すごい感覚を持ってるみたいだな、君」
「それはピストル?」セラは男の黒い武器を見つめて訊いた。
「ピストル? まあ、間違ってはないけど。これは術式狙撃施条銃。ここからファントムたちを撃ってるんだ」
「こっから!?」大きく驚いたのはズィーだ。
「見せたげる。俺を見つけたご褒美だ」男は言って施条銃を地上に向けて構えた。「術式展開」
男が静かに言うと男の片目の前にステンドグラスのように美しい、幾何学的な紋様が浮かび出てきた。
「照準……索敵……刻印」紋様が重なって層を作っていく。「……装填」
施条銃から小さくカチャっと音が鳴る。すると、男が引き金に手を掛け、引く。
「シュート」
黒い筒からプシュっと小さな音がしてビュソノータスのピストルとは比べ物にならない速さで弾丸が飛び出した。
その行方をセラは全く追えなかった。
「術式解放」紋様の層が砕けるように消えて、男は銃を降ろす。そして二人に向かってにっこりと笑った。「どう? こんな感じさ」
「いや……どうって言われても……」弾の行先が見えなかったのはズィーも一緒の様だった。
「本当にファントムを撃ったのか、見えない……」
二人の反応に男は言葉を失った。あんぐりと口を開けている。
三人の間に沈黙が佇んだ。
「………………だよなぁ」
ようやく男が言葉を発したが、その後も少しの間沈黙は居座った。
「ま、簡単だが俺の世界はそうゆうところだ。でだ、セラ。もしよければでいいんだけど、『ガラス散る都市』に一度来てくれないか? 君の感覚が必要なんだ」
男はアスロン・ピータスと名乗り、自らの世界について軽く話した。一分もかからなかった。
「実をゆうと、俺は大会そのものが目的でこの世界に来たわけじゃないんだ。協力者のスカウトが真の目的。敵対勢力にも凄腕のスナイパーがいてね。俺より術式の使い方がうまい。術式で隠れてた俺を見つけた君の感覚なら彼女すら見つけられるかもしれない。だから――」
セラはそこまで聞いて、申し訳なさそうにアスロンを止めた。「ごめんなさい。わたしたちもやらなきゃいけないことがあって……」
「そう、だよな。でもこれを渡しとく」アスロンは言って懐から厚手の紙を出した。異空の行商人ラィラィが持っていた『異空図』と同じものだ。だが、少しばかり小さく、切れ端の様だった。「すぐにじゃなくても構わない。いつか、来てくれればいい」
「分かった」セラは渋らずに『異空図』を受け取った。
「じゃ、俺はこれで」
「え、ここからファントム撃ってたんだろ?」ズィーが不思議そうに訊いた。
「隠密近衛として、ばれた狙撃点に留まることはまずいからな」とウィンクをするアスロン。「俺は本戦には恐らく出られない。メィリアで会えることを祈ってるよ、セラ。ついでにズィプも」
「ついでって……」小さく笑うズィー。だが、その目は見開かれる。「おいっ!」
「あぁっ!」セラも声を上げた。
アスロンが飛び降りたのだ。マグリア一高い、その場所から。
二人して通路のギリギリのところから下を覗いた。
そして安堵の息を吐いく。
そこには歩調に合わせて足元に紋様ガラスを出しながら下降していくアスロンの姿。悠々と彼が振り返る。
「じゃあな、二人とも」
最後にそう言うと、アスロンの姿が消えた。もちろん、セラの研ぎ澄ました超感覚では捉えられている。最初に隠れていたときと同じ、術式というものを使ったようだ。
「さて、俺たちも降りるか。もっと白いヤツ倒さねえと」
「うん、そうだね。そうだけど、ちょっと待って」
セラはそう言って振り返って、空高くを見つめた。
その視線の先は尖塔の先端だ。
「もう一人いるの」
ズィーが塔を昇りたいと言ったことが始まりだったが、爆発で壊れた街を見ておこうとセラも考えていた。その破壊の規模で、爆破を起こした者の力量の片鱗を見ることができるだろう。
それに彼女たちの場合、移動というものに時間がかからない。昇りはファントムを倒すために足を使っているが、降りるときは街に跳べばいいだけのことだ。ファントムの数が減った魔導書館内を戻るという無駄なことをしなくても済む。
「長かったぁ……」長い長い階段を昇り切ったズィーが一息吐く。「ま、リョスカ山に比べりゃ楽勝だな」
そこは司書室のある最上階のさらに上。大時計を動かす大小様々な歯車たちが忙しなく働く場所だった。ちょうど大時計の裏側だ。
「まだ上があるみたいだよ、英雄様」
辺りを見渡したセラはさらに上へと続く梯子を見つけた。そして、ゲッとした表情のナパスの英雄を置いて一人で昇り始める。
「まだまだいけるさ」
セラに続いてズィプも梯子に足を掛けた。
ズィーが下から続いてくるのを超感覚抜きで感じながら、セラは梯子を昇り終える。
歯車たちの職場の上には天を刺すように伸びる尖塔の屋根と、それを囲むように人が二人並んで歩ける幅の通路があった。
「うわー! 高ぇ!」セラに次いでズィーもそこに到達する。
「気を付けてよ、ズィー」
通路に欄干はなく、ズィーは真下を覗き込む。
地上では感じられなかった風が、プラチナとルビーをゆっくりと揺らす。司書室よりも高い位置から見るマグリアの街並は相も変わらず規則正しい。ただ、ちょっと古めかしい。
「落ちても問題ないだろ、俺たち」
「だからって……」
セラは空を見上げる。紫ピンクが近い。「ん?」
「どうした、セラ?」
「誰かいる」
セラはこのマグリア一高い場所に二人以外に誰かがいるのを感じていた。
「ファントムか?」
それはファントムではなかった。彼女は尋ねたズィーに静かに首を振る。
そして視線を水平に戻すと、少し間を置いてからゆっくりと通路を歩き出した。それにズィーも続く。
セラは一点を見つめたまま、視線を動かさない。
「うへ~、本当にばれてるのか」セラたちが進む先から、男の声が聞こえてきた。「術式解放」
ガラスが砕け散るように輝きが放たれ、今まで誰も立っていなかったそこに、頭巾を被った黒装束の男が立っていた。男はビュソノータスでセラが見たピストルを長く、大きくしたような黒い武器を携えている。
「すごい感覚を持ってるみたいだな、君」
「それはピストル?」セラは男の黒い武器を見つめて訊いた。
「ピストル? まあ、間違ってはないけど。これは術式狙撃施条銃。ここからファントムたちを撃ってるんだ」
「こっから!?」大きく驚いたのはズィーだ。
「見せたげる。俺を見つけたご褒美だ」男は言って施条銃を地上に向けて構えた。「術式展開」
男が静かに言うと男の片目の前にステンドグラスのように美しい、幾何学的な紋様が浮かび出てきた。
「照準……索敵……刻印」紋様が重なって層を作っていく。「……装填」
施条銃から小さくカチャっと音が鳴る。すると、男が引き金に手を掛け、引く。
「シュート」
黒い筒からプシュっと小さな音がしてビュソノータスのピストルとは比べ物にならない速さで弾丸が飛び出した。
その行方をセラは全く追えなかった。
「術式解放」紋様の層が砕けるように消えて、男は銃を降ろす。そして二人に向かってにっこりと笑った。「どう? こんな感じさ」
「いや……どうって言われても……」弾の行先が見えなかったのはズィーも一緒の様だった。
「本当にファントムを撃ったのか、見えない……」
二人の反応に男は言葉を失った。あんぐりと口を開けている。
三人の間に沈黙が佇んだ。
「………………だよなぁ」
ようやく男が言葉を発したが、その後も少しの間沈黙は居座った。
「ま、簡単だが俺の世界はそうゆうところだ。でだ、セラ。もしよければでいいんだけど、『ガラス散る都市』に一度来てくれないか? 君の感覚が必要なんだ」
男はアスロン・ピータスと名乗り、自らの世界について軽く話した。一分もかからなかった。
「実をゆうと、俺は大会そのものが目的でこの世界に来たわけじゃないんだ。協力者のスカウトが真の目的。敵対勢力にも凄腕のスナイパーがいてね。俺より術式の使い方がうまい。術式で隠れてた俺を見つけた君の感覚なら彼女すら見つけられるかもしれない。だから――」
セラはそこまで聞いて、申し訳なさそうにアスロンを止めた。「ごめんなさい。わたしたちもやらなきゃいけないことがあって……」
「そう、だよな。でもこれを渡しとく」アスロンは言って懐から厚手の紙を出した。異空の行商人ラィラィが持っていた『異空図』と同じものだ。だが、少しばかり小さく、切れ端の様だった。「すぐにじゃなくても構わない。いつか、来てくれればいい」
「分かった」セラは渋らずに『異空図』を受け取った。
「じゃ、俺はこれで」
「え、ここからファントム撃ってたんだろ?」ズィーが不思議そうに訊いた。
「隠密近衛として、ばれた狙撃点に留まることはまずいからな」とウィンクをするアスロン。「俺は本戦には恐らく出られない。メィリアで会えることを祈ってるよ、セラ。ついでにズィプも」
「ついでって……」小さく笑うズィー。だが、その目は見開かれる。「おいっ!」
「あぁっ!」セラも声を上げた。
アスロンが飛び降りたのだ。マグリア一高い、その場所から。
二人して通路のギリギリのところから下を覗いた。
そして安堵の息を吐いく。
そこには歩調に合わせて足元に紋様ガラスを出しながら下降していくアスロンの姿。悠々と彼が振り返る。
「じゃあな、二人とも」
最後にそう言うと、アスロンの姿が消えた。もちろん、セラの研ぎ澄ました超感覚では捉えられている。最初に隠れていたときと同じ、術式というものを使ったようだ。
「さて、俺たちも降りるか。もっと白いヤツ倒さねえと」
「うん、そうだね。そうだけど、ちょっと待って」
セラはそう言って振り返って、空高くを見つめた。
その視線の先は尖塔の先端だ。
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