碧き舞い花

御島いる

82:童心

 セラがファントムを追って辿り着いたのは、現代のマグリアでは見ることはないであろう、オレンジ色の光がしっかりと届いていない薄暗い路地だった。街灯は少し離れたところに一本だけ立っている。
 そこにはすでに多くのファントムたちが団子になっていた。誰かを囲んでいるようだ。
「だぁあ!」
 掛け声共に団子が弾け飛び、幻想的な泡のシャワーとなった。
 そのシャワーの中から出てきたのはズィプだ。
「ズィー」
 セラは追ってきた一体のファントムを泡と消し去り、彼の名を呼んだ。
「おう、セラじゃん!」
 ズィーも彼女に気付いて、手を上げて応えた。スヴァニを手にしたままセラに駆け寄ってくる。
「どうした? 迷ったのか?」悪戯っぽく笑うズィー。
 セラは眉をひそめて口を尖らせた。「あのときとは違う。むしろ、ズィーが迷てたんじゃない?」
「ばっ! んなわけ……」ズィプガルは言いつつもルビーを泳がせる。「なくはー……ないかもな」
「ほんとに迷ったの? ふふっ」
「笑うなよ。だいたいさ、別に迷おうが関係ないだろ。白いヤツ一杯倒せばいいんだから」
「どれくらい倒したの、ズィーは」
「さぁ?」彼は首を傾げ、今さっき泡となって消えたファントムたちが残した跡を見た。「さっきの、どれくらいいた?」
「数えてないの?」
「数えたって意味ないからな。ようは倒しまくればいい」
「まぁ、そうだけど……」
「ほら、話してる暇ないぜ」
 言うズィーの視線の先、セラの背後、ぽつんと立った街灯を励ますようにファントムが数体、湧いて出てきた。
「セラがどれくらい戦えるか、見てやるよ」言いながらもスヴァニを構えて駆け出すズィー。
「あっ! 戦う気満々じゃん!」セラもオーウィンを構えて彼を追う。
 そして、追い越した。
「はやっ!?」
 セラは駿馬を使いズィーを追い越すと、建物の壁や寂しく一本だけ立った街灯を上手く使いながらファントムたちを一掃してみせた。
「どう?」セラはしたり顔で振り返り、首を傾げた。「ズィーよりも戦えてるんじゃない?」
 ズィーは鼻を鳴らした。「俺、まだ本気じゃないから」
「ほんとぉ?」
 サファイアがルビーを覗く。
「見てろよ。絶対優勝すっから」
「その前に予選通過しないとね」
「当たり前!」
 ズィーは揚々と駆け出して行った。
「ちょっと、ズィー! 迷ってるんでしょ!」
「ああ! でも進む! ほら! セラも来いよ!!」
「もうっ!」
 セラは呆れながらも、楽しげにズィーを追いかけるのだった。


 その後二人は協力しながら幻影霊たちを水泡へと帰していった。
 途中からセラもファントムの討伐数を数えるのをやめていた。とにかく、楽しかったのだ。再会を果たしたズィーと一緒に、大会という娯楽とはいえ、戦いの場を共有できることが嬉しくてたまらない。
 時に背中を合わせ、時に手を取り合う。
 まるで子供の頃に戻ったように幻想のマグリアを駆け回った二人。辿り着いたのは魔導書館だった。
「俺、ここ気になってたんだ。すげぇ、高いよな」ズィーは物珍し気に時計の付いた塔を見上げる。「中にも出るんかな?」
「さぁ?」セラは彼の横で首を傾げる。「でも、ここ図書館だよ。ズィーが入ってもすることないんじゃない?」
「なっ、バカにすんなよ。ピャストロン家は代々識字力が高いんだ。読めない文字なんてないね」
「それと本を読むかは別でしょ」
「い、いいから行くぞ」
 逃げる様に魔導書館に入っていくズィー。セラは肩を竦めてからそんな彼に黙って追従する。


 魔導書館の中にも当然のようにファントムくんたちはいた。
 むしろ外よりも多いように感じられる。元々の数も多いながら、さらに湧き出てくる量も多いのだ。
「稼ぎどころってか」
「ヒュエリさんの個人的な思い入れじゃないかな」
 意識してか、無意識か、ヒュエリは自らのホームである魔導書館に多くの幻影霊が出るようにしたのではないかとセラは考えた。
「まあ、わたしたちにとっては稼ぎどころで違いないけど」
 二人は会話ができるほどの余裕を保ちながら、討伐数を稼いでいく。
 絨毯の敷かれた室内は「ブァンドォムグン!」という声と戦いの音で溢れ、普段では味わえない様相を呈していた。二人が通ったあと、特にズィプの通ったあとには書棚から落ちた本たちが散乱する。
「ちょっと、ズィー! いくら現実の世界じゃないからって、もうちょっと考えたら?」
「いやいや、俺なんてかわいいもんだろ。街じゃ建物吹き飛ばしてたぞ」
 セラが聞いていた爆発音のことだろう。まさか、建物を吹き飛ばしているほどだったとは。娯楽だと割り切ってのことだろうか。「どんな人?」
「あー……人? っていうか、機械? 機械仕掛け人間? よくわかんね」ズィーは頭を捻った。「とにかく、遠目だったけど、腕が金属でできてたみたいぜ。そんな世界の人間知ってるか?」
「ううん」セラは首を横に振った。ナトラード・リューラ漂流地ですら、そのような人間を見た覚えはなかった。「知らない」

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