碧き舞い花
79:地下闘技場
「怒鳴ってごめんなさい」
少しの間を置いて『記憶の羅針盤』から手を離したセラはラィラィに軽く頭を下げた。
ラィラィはにこやかに手を振る。
「いいネ、いいネ。気にしないヨ。オジョサンにも事情あるネ。どこか他の世界で会ったら、そのときはよろしくネ。ワタシもオジョサンのためになる情報手に入れたら、教えてあげるネ」
「ありがとうございます。ラィラィさん」
セラが優しく微笑んで言う。ユフォンも「どうも」と言って、二人でラィラィの屋台をあとにした。
ラィラィから購入したものを片手に、セラは人ごみを行く。
出場者入口を目指す道すがら、彼女はビュソノータスのことを考える。ナパスの民についてはアズに戻ったとき、ゼィロスを交えて考えるのが妥当だと、同胞の証を強く握りながら気持ちと思考を落ち着かせていた。
ビュソノータスに争いはなかったと異空の商人は言っていた。戦争がないどころか、最近他の世界と繋がり始めた上に、いい世界だという。異世界と繋がり始めたというのは恐らくロープスの技術を得たからだ。だが、戦争の方は? 三部族と回帰軍の戦いは終結したのだろうか。ジュランやプライはともかく、キテェアやエリンは無事だろうか。そもそも、あの後『夜霧』は攻めてこなかったのだろうか。何かしらを得た黒の軍団はその世界を滅ぼすとは限らないのだろうか。
「ここだよ。セラ……って、セラ! ここだよ! どこ行くのさ」
考えるのに夢中になっていた彼女はユフォンに手を掴まれて引き止められる。いつの間にか入口に着いていた。彼女は自分がどこを歩いてきたのかさえ覚えていない。
「ごめん、考えごとしてた……」
「ナパスの人たちのこと? 気持ちは分かるけど、大会に集中しなきゃ」ユフォンは真剣な眼差しでセラを見た。「戦いに関して僕は素人だけど、散漫な状態で戦うのはよくないってことくらいは分かる」
「うん」セラはユフォンに笑顔を返す。「まさかユフォンにそんなこと言われるなんてねっ」
ビュソノータスには行ってみればわかることだ。大会が終わったら、アズの前に寄って行こうと彼女は考えた。ズィーも断ることはないだろう。
「おお! ユフォン! セラちゃん!」
出場者入口から二人の知った顔が出てきた。ニオザだ。
「おっと、失礼、セラ選手」
二人の前までやってくるとセラに恭しく、紳士的に言うニオザ。
セラは「こんにちは」とニオザに挨拶するとユフォンに再び目を向けた。
「じゃ、行ってくるね」
「うん、頑張って。応援してるよ」
「俺も、一個人として応援してる。……さ、こちらへどうぞ、セラフィさん」
「う、うん……」
入口を丁寧に示すニオザに、セラは苦笑いだ。若干引いている。
「じゃ、僕は客席に行くよ」
「感謝しろよ、ユフォン」
「分かってるよ」
セラは二人がなんのことを話しているのか気になったが、「じゃ、行きましょう」とニオザに促されて訊くタイミングを逃してしまった。
「ははは! ユフォンの奴酔った俺の話し真に受けたのかよ、馬鹿だなぁ」
コロシアムの闘技場の外周は巨大な通路になっていて、地下二層と地上一層のその上に客席が二層に重なっているのだという。セラはニオザに連れられて地下一階の層を歩いていた。
地下だというのに陽光に照らされていて明るい。その構造はセラには分からなかったが、その明るさは外にいるのかと錯覚してしまうほどのものだった。
「変なこと教えないでくださいよ」セラが言う。
「悪かった。でも、二人はもう、そういうのいらないんじゃないか?」
「な……そんなことは……」ニオザから顔を背けて言いよどむセラ。
「なんだ、セラちゃん。別の男でもできたのか? たぶん、大丈夫って言ってたのに、そりゃ、一大事じゃないか。ユフォン、勝ち目なしか? あははは!」
「……」
「おっと、この話題はここまでだな」
黙り込んだセラに、ニオザは優しい笑みを浮かべて話を切り止めた。
「じゃあ、これから行くところについて説明いたします」ニオザは友人としてではなく大会関係者として話し始める。「これから向かうのは地下闘技場。名前だけ聞くと危険な感じがいたしますが、地上にある闘技場に対しての地下闘技場ですので安心してください」
「そこで予選をするんですね」セラも気を取り直して応える。
「そうです。内容はその時まで伏せられていますが、予選はその一回で終わり、十六人の選手が本大会に出場できます。予選の様子はコロシアム内及び、外の仮設スクリーンにて中継されます。そしてその盛り上がりが冷めないまま、十六人の選手が地上のコロシアムに上がり開会式が行われます。一日目の一番の盛り上がりです」
「十六人には入れればいいんだ」
「はい。ですが、手は抜かないことです。毎回、予選は順位がつく方法で行われます。お客様は盛り上がりたいので、決勝戦で強い者同士が当たることを楽しみにしています。ですので、予選の順位によってトーナメントは振り分けられます。予選一位の選手は初戦で予選十六位の選手と当たり、二位は十五位、三位は十四位と言った具合になります。低い順位から優勝というのもドラマになりますが、大抵の場合順位が低い選手は噛ませ犬的役割になってしまうのでで気を付けて下さい」
「そっか、いきなり強い人と当たったら優勝どころじゃないってことか」
「さあ、、着きました」ニオザはコロシアムの中心を向いた巨大な扉の前で立ち止まった。「こちらです」
そこには門番のように二人の関係者が立っていて、セラとニオザを確認すると二人で扉を開けた。
扉の先に広がっていたのはだだっ広い空間。まさに闘技場だ。
通路と同じように、まるで地上のような明るさの地下闘技場には大勢の大会参加者たちが集められていた。そのほとんどが屈強な男たちだったが、中には女性やひょろっとした男性もいる。肌や体型が明らかに異界人の者も見受けられる。
「間もなく予選が始まりますので、中でお待ちください」
そう言ってセラを中へ誘うと、ニオザは頭を下げた。
セラが闘技場に入ると扉は閉められる。ニオザとはここでお別れだ。
彼女は一通り闘技場を眺めた。コロシアムの外に比べたら大したことないが、これだけ人が集まっているというのにどうにも静かで、空気が張り詰めている。
一息して、超感覚を研ぎ澄ますセラ。ズィーやブレグたちを探すためでもあったが、この場に集まった腕に自信のある者たちの力量を測っておくためでもあった。
さすがに全員を細かく感じ取れるわけではないが、大抵の者は麗しき彼女よりも劣る者だ。その中にちらほらと強い力を感じる。ざっと感じ取っただけで、正確性は低い。それに、特異な戦いをする者もいるかもしれない。彼女は感覚を緩めて気を引き締めるのだった。
少しの間を置いて『記憶の羅針盤』から手を離したセラはラィラィに軽く頭を下げた。
ラィラィはにこやかに手を振る。
「いいネ、いいネ。気にしないヨ。オジョサンにも事情あるネ。どこか他の世界で会ったら、そのときはよろしくネ。ワタシもオジョサンのためになる情報手に入れたら、教えてあげるネ」
「ありがとうございます。ラィラィさん」
セラが優しく微笑んで言う。ユフォンも「どうも」と言って、二人でラィラィの屋台をあとにした。
ラィラィから購入したものを片手に、セラは人ごみを行く。
出場者入口を目指す道すがら、彼女はビュソノータスのことを考える。ナパスの民についてはアズに戻ったとき、ゼィロスを交えて考えるのが妥当だと、同胞の証を強く握りながら気持ちと思考を落ち着かせていた。
ビュソノータスに争いはなかったと異空の商人は言っていた。戦争がないどころか、最近他の世界と繋がり始めた上に、いい世界だという。異世界と繋がり始めたというのは恐らくロープスの技術を得たからだ。だが、戦争の方は? 三部族と回帰軍の戦いは終結したのだろうか。ジュランやプライはともかく、キテェアやエリンは無事だろうか。そもそも、あの後『夜霧』は攻めてこなかったのだろうか。何かしらを得た黒の軍団はその世界を滅ぼすとは限らないのだろうか。
「ここだよ。セラ……って、セラ! ここだよ! どこ行くのさ」
考えるのに夢中になっていた彼女はユフォンに手を掴まれて引き止められる。いつの間にか入口に着いていた。彼女は自分がどこを歩いてきたのかさえ覚えていない。
「ごめん、考えごとしてた……」
「ナパスの人たちのこと? 気持ちは分かるけど、大会に集中しなきゃ」ユフォンは真剣な眼差しでセラを見た。「戦いに関して僕は素人だけど、散漫な状態で戦うのはよくないってことくらいは分かる」
「うん」セラはユフォンに笑顔を返す。「まさかユフォンにそんなこと言われるなんてねっ」
ビュソノータスには行ってみればわかることだ。大会が終わったら、アズの前に寄って行こうと彼女は考えた。ズィーも断ることはないだろう。
「おお! ユフォン! セラちゃん!」
出場者入口から二人の知った顔が出てきた。ニオザだ。
「おっと、失礼、セラ選手」
二人の前までやってくるとセラに恭しく、紳士的に言うニオザ。
セラは「こんにちは」とニオザに挨拶するとユフォンに再び目を向けた。
「じゃ、行ってくるね」
「うん、頑張って。応援してるよ」
「俺も、一個人として応援してる。……さ、こちらへどうぞ、セラフィさん」
「う、うん……」
入口を丁寧に示すニオザに、セラは苦笑いだ。若干引いている。
「じゃ、僕は客席に行くよ」
「感謝しろよ、ユフォン」
「分かってるよ」
セラは二人がなんのことを話しているのか気になったが、「じゃ、行きましょう」とニオザに促されて訊くタイミングを逃してしまった。
「ははは! ユフォンの奴酔った俺の話し真に受けたのかよ、馬鹿だなぁ」
コロシアムの闘技場の外周は巨大な通路になっていて、地下二層と地上一層のその上に客席が二層に重なっているのだという。セラはニオザに連れられて地下一階の層を歩いていた。
地下だというのに陽光に照らされていて明るい。その構造はセラには分からなかったが、その明るさは外にいるのかと錯覚してしまうほどのものだった。
「変なこと教えないでくださいよ」セラが言う。
「悪かった。でも、二人はもう、そういうのいらないんじゃないか?」
「な……そんなことは……」ニオザから顔を背けて言いよどむセラ。
「なんだ、セラちゃん。別の男でもできたのか? たぶん、大丈夫って言ってたのに、そりゃ、一大事じゃないか。ユフォン、勝ち目なしか? あははは!」
「……」
「おっと、この話題はここまでだな」
黙り込んだセラに、ニオザは優しい笑みを浮かべて話を切り止めた。
「じゃあ、これから行くところについて説明いたします」ニオザは友人としてではなく大会関係者として話し始める。「これから向かうのは地下闘技場。名前だけ聞くと危険な感じがいたしますが、地上にある闘技場に対しての地下闘技場ですので安心してください」
「そこで予選をするんですね」セラも気を取り直して応える。
「そうです。内容はその時まで伏せられていますが、予選はその一回で終わり、十六人の選手が本大会に出場できます。予選の様子はコロシアム内及び、外の仮設スクリーンにて中継されます。そしてその盛り上がりが冷めないまま、十六人の選手が地上のコロシアムに上がり開会式が行われます。一日目の一番の盛り上がりです」
「十六人には入れればいいんだ」
「はい。ですが、手は抜かないことです。毎回、予選は順位がつく方法で行われます。お客様は盛り上がりたいので、決勝戦で強い者同士が当たることを楽しみにしています。ですので、予選の順位によってトーナメントは振り分けられます。予選一位の選手は初戦で予選十六位の選手と当たり、二位は十五位、三位は十四位と言った具合になります。低い順位から優勝というのもドラマになりますが、大抵の場合順位が低い選手は噛ませ犬的役割になってしまうのでで気を付けて下さい」
「そっか、いきなり強い人と当たったら優勝どころじゃないってことか」
「さあ、、着きました」ニオザはコロシアムの中心を向いた巨大な扉の前で立ち止まった。「こちらです」
そこには門番のように二人の関係者が立っていて、セラとニオザを確認すると二人で扉を開けた。
扉の先に広がっていたのはだだっ広い空間。まさに闘技場だ。
通路と同じように、まるで地上のような明るさの地下闘技場には大勢の大会参加者たちが集められていた。そのほとんどが屈強な男たちだったが、中には女性やひょろっとした男性もいる。肌や体型が明らかに異界人の者も見受けられる。
「間もなく予選が始まりますので、中でお待ちください」
そう言ってセラを中へ誘うと、ニオザは頭を下げた。
セラが闘技場に入ると扉は閉められる。ニオザとはここでお別れだ。
彼女は一通り闘技場を眺めた。コロシアムの外に比べたら大したことないが、これだけ人が集まっているというのにどうにも静かで、空気が張り詰めている。
一息して、超感覚を研ぎ澄ますセラ。ズィーやブレグたちを探すためでもあったが、この場に集まった腕に自信のある者たちの力量を測っておくためでもあった。
さすがに全員を細かく感じ取れるわけではないが、大抵の者は麗しき彼女よりも劣る者だ。その中にちらほらと強い力を感じる。ざっと感じ取っただけで、正確性は低い。それに、特異な戦いをする者もいるかもしれない。彼女は感覚を緩めて気を引き締めるのだった。
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