碧き舞い花

御島いる

77:振り子

「王城でビズと一緒に跳ぶところを見たんだ。だから、俺もとりあえず跳んだ。セラとビズを探しながら、あいつら倒すための力付けようってさ。色んな世界を回ったよ。ここは無我夢中で最初に跳んだ場所なんだ」
 盛大なディル・ミャクナ
 マグリアの大衆集酒場からズィーのナパードで跳んで来たその世界。ミャクナス湖を彷彿とさせる波一つない巨大な湖が広がりその場所で、満天の星を映す湖に浮かぶ小舟でセラとズィーは向き合っていた。
 主にヴォフモガとジュメニの提案でどこか静かな場所で話して来たらということになり、今に至っている。
「そういえば、ビズは? 一緒にホワッグマーラに?」
 その質問にセラは俯き、重い口でエレ・ナパス侵攻から今までのことを話した。
 風のない湖面に彼女の言葉だけが流れる。訥々と滔々とを行き来しながら。
 彼女の話をズィーは静かに聞いた。時に驚き、時に微笑みながらも真剣に。
「俺にも色々あったもんな。セラにもあって当然だよな」
 それからはズィーの話しが始まった。
 彼はセラ以上に多くの世界を巡っていた。行く先々でセラとビズを探し、力をつけるために師と仰げる者を見つけては教えを受けたのだという。そしてホワッグマーラに辿り着き、フェズたち開拓士団に出会い、異世界人が多く訪れる大会があることを知ると、そこで二人の情報を得ようとした。そんな矢先にセラと再会したのだという。
「ほんと、びっくりした。まさか、あそこでセラに会えるなんて」
「わたしも。死んだと思ってたもん」
「勝手に殺すな」ズィーが笑い交じりに言う。
「うん」セラも涙を浮かべながら、口角を上げて頷く。
 それから数刻、二人の間に言葉はなかった。いや、いらなかった。
 静かなる湖面に漂い、見つめ合い、手を重ねる。それだけ。


「あ、流れ星」
 他に何も動くものが無かったからか、セラが遥か空高くに流れる星を感じて空を見上げた。それにつられてズィーも空を見上げた。
「ほんとだ……」彼が呟くと直後には光の尾は消えた。「てか、すごいな」
「ほんと、きれいだね」
 二人の見上げる空はペク・キュラ・ウトラの朝の星空よりも控えめだったが、湖面に映るそれと相まってまた違った美しさを演出していた。
「いや、星もそうだけど、セラがさ」
「え?」
「だってずっと見てただろ……俺のこと」星を見上げながら言うズィーの頬は、蛍星の庭の朝より暗いディル・ミャクナの夜でも赤くなっているのが分かる。
「……そ、そうだね……ありがと」そんな彼を横目で一瞥すると、セラもまた頬を染め、また空を見上げる。「でも、わたしよりすごい感覚を持ってる子もいるんだよ」
「へぇー、やっぱ世界は広いな。そうだ、マグリアの大会が終わったら、セラはどうするんだ? もしよかったら、俺も『異空の賢者』のいるアズってとこ、連れてってくれよ。ビズにも、会いたいし……」
「そうだね、兄様も喜ぶよ。弟子が強くなって会いに来たら。……あ、でも、フェズルシィさんと何か約束してるんじゃなかった。連れてくとか……」
「ああ。フェズは異世界に興味があるみたいでさ。セラを見つけたら異世界を巡る旅をさせろって」
「ユフォンが言ってた、外の世界を見たいから開拓士団に入ったって」
「ま、でも、少しぐらい待たせてもばち・・は当たらねえよ。フェズのやつ自分勝手過ぎるからそれくらいがちょうどいい。……で、ユフォンって人とは、どんな仲なわけ?」
 ズィーはずっと気になっていたが触れられなかった箇所に触れる。意を決したような表情でセラを伺う。
「えっ!?」セラは動揺する。その揺れで小舟から波紋が広がる。「えっと、ははっ……」
 セラはまるでユフォンの真似をするように苦笑う。
 現にこの時の彼女はズィーとの再会で愛する人に対する想いが大きく揺れ動いていた。それは振り子時計のように行ったり来たり、どちらに留まることもなく、だからといって真ん中で止まることも出来ないといった感じだった。


 僕としては彼女の心が揺れていたことは何よりもうれしいことだ。
 だってそうだろ、予期せぬ感動の再会で振り子が振り切っていた可能性だってあったわけだからね。


 結局セラは答えをはぐらかして、ホワッグマーラ、マグリアの大衆酒場に戻った。しかも一人でだ。
 夜は深まり始めている。少し人数が減ったようだがまだまだ賑やかな酒場は、明日大会に出場する人たちが多くいるとはとても思えない。
「あ、セラ。話はできたかい? あれ、一人?」
 酒場にはユフォンも戻っていた。
 セラはマカを会得するとき、痛みの中で感じたユフォンの温もりを思い出す。最初は旅の話を聞きたいだけの青年だと思っていた彼だが、今では彼女を支える大切な人だ。ゼィロスやケン・セイ、ブレグ隊長やジュランやプライといった強者つわものたちの包み込み、守り、引っ張ってくれる、そういった師やそれに準ずる者の支えとは違う。隣に寄り添い、一緒に歩いてくれるパートナーとしての支えだ。
「おい、セラ、一人で帰るなよ」
 ズィーが紅い閃光と共に戻って来た。
 幼き頃から知る彼とは一度距離を置いて、距離を詰めた。もう二度と会えないと思っていた、けど、会えた。一番近くて、志を共にする存在。思い出よりも逞しくなった彼の存在は彼女にとって、今、一番の支えで間違いない。
「あ」
「お」
 セラを挟んでユフォンとズィーの目が合った。
「改めて。僕はユフォン・ホイコントロ。この世界では一番セラのことを知ってる男だよ」
 年上の余裕からか、ニオザとの友情の賜物か、ユフォンが先に堂々と口を開いた。
「ズィプガル・ピャストロン。…………たぶん、幼い頃のセラのことを、唯一知ってる」
 ズィーは少しばかり考えてユフォンに対抗した。
「むぅ……」ユフォンは唸った。かと思うと微笑んでズィーに歩み寄って手を出した。「昔のことを言われると何にも言えないなぁ、ははっ。よろしく、ユフォンでいいよ」
「じゃあ、ズィプで。よろしく」ユフォンの手を取るズィー。
 ズィーがユフォンに対して「ズィプ」と呼ぶよう言ったのには訳がある。セラにだけ「ズィー」と呼ばれたいという無意味な専有感ではなく、ナパスの民以外の人間には発音しづらいということからの配慮だ。
「ところで、ズィプ」ユフォンは握手の流れからズィーと肩を組んだ。「昔のセラはどんなだった? あとで聞かせてくれるかい」
「どうしよっかな。なんかユフォンには教えたくない」
「ははっ、言ってくれるね」
「ふっ、まあね」
 二人は笑い合う。
 そんな二人を後ろから見ていたセラは、安堵の表情を浮かべた。しかし、いつか選択をしなければならない日が来るのだろうと思うと、それだけで胸を締め付けられるのだった。
 その後、パーティーは徐々にその賑わいを失っていった。


 そして、翌日。
 多くの人々が昼食を食べ終え、他世界をも巻き込む一大イベントの開幕に備えていた。出場者も、観客も、商人も、主催者も――。
 魔導・闘技トーナメント予選まであと、二時間。

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