碧き舞い花

御島いる

70:不気味な戦い

 その動きはただ腕を上げただけだというのに、魅惑的な雰囲気を醸し出す。
 ルルフォーラは夕空に向かって手を伸ばす。その手の中指には黒光りする指輪がはめられている。
鋭月刀えいげつとう
 彼女が呟くと指輪が青白い光を小さく放ち、その光の消失と共にルルフォーラの手に大鎌が現れる。それもただの大鎌ではない。通常の鎌ならば柄の片側に刃が付いているのだろうが、この鋭月刀、三日月型の刃の中心に柄が付いているのだ。まるで二本の大鎌を背中合わせでくっつけたように。
「ほんと、便利ね。こんな重たいの持ち歩くの疲れちゃうもの」ルルフォーラは指輪を見つめ、その視線をセラたちに向ける。「さ、始めま――」
 ルルフォーラの背後、大鎌の柄がセラの剣を受け止めた。「ふふっ、焦っちゃって」
 微笑むルルフォーラ。ふと、彼女の手にかかっていた力が抜けた。
 セラはすでに彼女の横に跳んでいた。剣を突き刺しにかかる。
「あら」ルルフォーラはセラの一突きを鎌の刃に引っ掛けて逸らす。
 その流れのまま、セラの肋骨を鋭月刀の柄が叩いた。あまりの強打に顔を歪めるセラだったが、開いている手でその柄をしっかりと握った。「イソラ! テム!」
「はっ!」
「てっぁ!」
 今まで手を出さなかったヒィズルの若き剣士二人がそれぞれ頭と体を狙う。
 だがイソラもテムも刀を止めた。セラまでも大鎌から手を放す。
 セラはナパードで離れ、イソラとテムは駿馬を使った。
 だが、テムが大きく吹き飛ばされた。「ぶっふ……!」
 恐らくこの中で一番超感覚が鈍いテムの動き出しが少しばかり遅く、ルルフォーラの蹴りを受けたその身体は瓦礫を弾き飛ばして掃除することっとなった。
「テム!」セラが叫ぶ。
「っぺ……やっぱ俺か」
 口が切れたのか血を吐き捨てて土煙の中立ち上がるテム。
「そうね、あなたが一番最初」
 ルルフォーラの速さも駿馬並だ。すでにテムの首に背後から三日月が迫っていた。
 ズザザザザザザッ――――!
 振るわれる鋭月刀と反対の弧を描きながら、駿馬と水馬の合わせ技を使うのはイソラだ。すでにルルフォーラの懐に入り込んでいる。
 刀を順手のまま振り上げるイソラ。
 大鎌と刀では後者の方が早く振れる。ルルフォーラはふんわりとした動作で空高く跳んで躱した。
 まるで重力が弱まったのではないかと思うようにゆったりと宙を舞う。桃色と朱色が優雅に漂う。
 だが、燃えるような瞳は早急に見開かれた。
 イソラの追撃だった。
 天高く二人が橙色に照らされる。
「もらった」鋭い声で呟くイソラ。
「どうかしら?」優雅に微笑むルルフォーラ。その手からは鋭月刀が消えていた。「細月刀さいげつとう
 途端、現れた細剣レイピアがイソラの左肩を貫いた。
「あら、避けられちゃった」
 イソラの超感覚でなければ心臓を一突きだった。早く正確な一突き。
 二人の影は離れ、イソラが先に地面に着いた。少しばかり遅れてルルフォーラが悠然と降り立った。
 セラはすかさず駿馬を使い斬りかかった。
 さっきまでの悠然が嘘のようにルルフォーラは素早く細月刀で応戦する。そこにテムとイソラが加わる。
 セラたちがルルフォーラを押し始める。
 ルルフォーラは強い。それでもテムの見立て通りベグラオに比べたら戦力としては指揮官のそれではない。今もその端正な顔を固く締め、三人の攻撃を防ぐのがやっとだというのに、何か特異な技を使うわけでも、驚異的に身体能力を上げるわけでもない。三人を相手にしようとしていた余裕はどこへ行ったのだろうか。セラはそんなことを思い始めていた。
 押しているのはセラたちなのに、どこか不気味な雰囲気が三人に纏わりつく。
「やっぱダメね。汚れないで終われるならその方がよかったのに」
 ルルフォーラは三人の剣を受けながら不機嫌そうに口を開いた。そして、レイピアをだらりと下げた。
「っ!」
 セラたちは驚きながらも、ルルフォーラの柔肌を斬り裂いた。橙色の空気に真紅が飛び散った。
「はぁ……汚れちゃった」自らの血で頬を汚しながらも、口角を上げるルルフォーラ。その瞳は燃え盛るかのように揺らめきを増す。「早く帰ってお風呂に入らなきゃ」

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