碧き舞い花

御島いる

64:イソラとの再会

「ここだよ」
 テムは中央に大きな机が置かれ、その上に地図が広げられた部屋にセラをいざなった。
 そこには刀を差した剣士たちが数人いて、みんなで机を囲んで何やら話し合っている。会議をする場の様だった。
「イソラ、師匠。セラ姉ちゃんが来たぞ」
「セラお姉ちゃん?……ホントだっ!」
 テムが言うと、入り口に背を向ける形で机に向かっていた少女が振り返る。背は別れたときより伸び、相も変わらず前髪は束ね上げられていたが暗い茶色の髪も伸びていた。体は女性的になりつつも無駄な肉付きはなく、その肌は小麦色に焼けている。そして――――。
「ぇ……?」セラは驚きと少しばかりの悲しみのこもった声を漏らした。
 振り向いたイソラの鳶色は光を失っていた。左の目尻から右の目尻まで、真一文字に刀傷。それはここ最近できた新しい傷ではなかった。どう見ても一年近くは経っている。
「……あわわぁ! 驚かせちゃったぁ!? 大丈夫だよ! 大丈夫!!」慌てるイソラはそう言ってセラに向かって駆けてきた。そして、ふわっとセラに抱き付いた。「ほら! ちゃんとセラお姉ちゃんの場所だって分かるんだから!」
「うん……ちょっと驚いただけ…………久しぶり、イソラ」
 セラもイソラの抱擁に応えてその背に腕を回す。
「ニシシっ……久しぶりぃ」
 イソラの声は涙に震えていた。抱擁を解くと、彼女の目の端からはきれいに二筋の涙が流れていた。でも、その顔は面々の笑み。イソラらしい笑顔だった。
「あのね、あのね、あたし、外の世界に行ったよ。景色は見えなかったけど『蛍と星の庭』! お師匠様から聞いたよ、セラお姉ちゃんも行ったことあるんでしょ?」
「うん。あるよ。そうか、超感覚使えるんだね」
 イソラがセラの場所が分かるのもそれが理由だ。彼女はその視力を失った後、ケン・セイと新たに弟子となったテムと共にペク・キュラ・ウトラで超感覚と闘技の修行を重ねたのだ。
「セラフィ」
 イソラが涙を拭いている横から『闘技の師範』が歩み寄ってきた。最初に会った時から大人だった彼は大きな変化はなかった。強いて挙げれば『夜霧』からの防衛戦で忙しいのか顎の下に無精ひげが少し生えていた。
「進歩が小さい。サボったか」
 やはり賢者であるケン・セイにはセラが鈍っていることがはっきりとわかるらしかった。
「……少し、戦いから離れてて。だから、感覚を取り戻したくってここに来た」
「あ、じゃあ、あたしと組手しようよ! 約束したしね! よぉ~し、負けないよぉ!」
 肩をぐるぐると回してやる気満々なイソラ。
 そこにテムが加わる。「そういうことなら俺も手伝ってやるよ。あの時みたいに舐めた戦いするなよな」
「ちょっと、テム! セラお姉ちゃんはアンタの兄弟子なんだよ! 一番下なんだから口の利き方に気をつけなよ!」
「つってもよ、俺の方が弟子の期間少し長いんだぜ? もう、これ、俺の方が兄弟子だろ」
「そんなことないよ! 昔は邪道だ邪道だって言ってたくせにぃ! それに、あたしに全然勝てないしねっ」
「るせぇ! 手加減してやってんだよ! 俺が本気でやったら泣くぞ、イソラ」
「泣かないよ!」
「泣くな!」
「泣かないっ!」
「泣くっ!」
「二人とも。うるさい。黙れ」ケン・セイは静かに二人を諌めた。そして、少しばかり厳しい表情でセラに視線を向ける。「セラフィ。俺と勝負。約束した。楽しめそうにはないが」
 静かだが迫力ある声が部屋を打つ。話し合っていた他の剣士たちは一瞬会話を止めて、またすぐに言葉を交わし始めた。どうやら、イソラとケン・セイがいなくても話は進んでいるようだった。
「楽しめそうにない、か……」
 ケン・セイの言葉はセラに思った以上にのしかかった。『闘技の師範』には彼女自身が思っている以上に彼女のことが弱く見えるようだった。部屋を出て行こうとするケン・セイの表情も厳しい顔のままだ。
「師匠自ら!? ありえない! ずりぃぞ、セラ姉ちゃん!」
「はい! はいっ! お師匠様! 次はあたしっ! あたしと戦ってよね!」
 セラの心情など露知らず、テムとイソラは昂揚する。ケン・セイの見て学べという指導方法は今でも徹底されているようだ。
「来い。道場、ある」
 ケン・セイは左袖と束ねた漆黒の髪を揺らして部屋を出て行った。
 セラをはじめ、イソラとテムが彼に続いた。
「会議はお開きだ」テムがそう、部屋の剣士たちに言い残した。


「真剣勝負。酷ければ、殺す」
 組合の集会所の中には板張りの道場があった。ケン・セイに次いでセラがそこに入ると、ケン・セイは鍔のない刀を抜いた。セラと対峙する位置につく。
「ちょ!? お師匠様っ!?」さらに続いて入ったイソラが驚きの声を上げる。「殺すって、ないよ!!」
「イソラ!……いいの」セラはオーウィンを構えて、イソラを制す。「ケン・セイの判断なら」
「二人。見るなら隅へ。邪魔は許さん」
 ケン・セイの静かなる威圧は有無を言わさない。二人は息を呑んで道場の隅に膝を折り畳んで座る。ヒィズルでいうところの正座というやつだ。
 セラとケン・セイの間には組手とは違う緊張感が漂う。サファイアと漆黒の瞳が睨み合う。すぐに戦いが始まる雰囲気かと思いきや、ケン・セイが口を開く。
「説明。セラフィ、お前、何使ってもいい。とにかく全身全霊。俺は本気出さん」
「……」セラは喉を鳴らして頷く。
「セラお姉ちゃん……」
「本気かよ……!」
「テム、開始の合図を」
「ぁ、はい、師匠。じゃぁ、は、っておぃっ!」
 ケン・セイに言われたテムが戦いの開始の合図をすることはなかった。声を上げたのはテムだけだったが、その場にいたケン・セイ以外の全員が驚く。合図もへったくれもなく、ケン・セイがセラの感じることのできない程とてつもない速さの駿馬で彼女の懐に入り込んだのだ。
「!」
 セラがケン・セイの動きを認識できたのは彼がいつの間にか逆手に持ち替えていた刀が自分の脇腹に入る寸前だった。

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