碧き舞い花
62:空は澄み、想い渦巻く。
訓練室を訪ねてきたジュメニにパレィジが経緯を話した。
「そういうことか」ジュメニはうんうんと頷きセラに手を伸ばした。「よろしくセラちゃん。トーナメント、お互い頑張ろう」
「はい。すいません、こんな状態で」セラは床にへたり込んだままだったが、ジュメニの握手ににこやかに応じた。
「それとユフォンくん。君の同期にはいつも驚かされるよ」
「ははっ、フェズはすごいですからね」
ユフォンも握手を交わす。
「それにしても、父さんは仕事か……」ユフォンと手を離すとジュメニは顎に手を当てる。「パレィジさん。父さんはどこへ? 帰ってくるのを待つのもいいのだが、開拓士団の集まりがあるからなるべく早く会っておきたいんだ。まったく、帰ってやっと解放されたと思ったら夜にはまた集まるなんて、大会の参加受付もまだなのにな」
「隊長は学生街にいるはずですよ。異世界人と学院生がもめたようで」
「分かった。ありがとう。探してみるよ」
そう言うとジュメニは訓練室を出て行った。
ジュメニが訓練室を出てから数十分。
セラの体の感覚は元に戻り、彼女は確かめるように体を動かしていた。
「うん。戻った。パレィジさん、もう一度組手してもらえますか?」
戦いの感覚をもう少しで以前のように取り戻せるという確信と、負けたままでは終われないという負けず嫌いが発揮され、彼女はどうしてももう一度パレィジと戦いたかったのだ。
しかし、そんな彼女とは裏腹に警邏隊副隊長は首を横に振る。「大会で当たるかもしれません。手の内を全てばらすわけにはいかないので勘弁してください。それに地力でいえばセラさんの方が上ですから、さっきと同じように戦えばあなたが勝ちますよ」
「そうですよね……」
大会で戦うことになったらまた勝つ、彼からそんな意思が伝わってきた。だからこそ、彼や他の出場者たちに負けないように、彼女はちゃんと戦いの感覚を取り戻したくなった。大会で感覚を取り戻そうと考えていたが、それでは戦う相手に失礼だ、大会前に元通り、いや、それ以上に。すぐにでも戦いたい。しかしホワッグマーラでは無理そうだ。
「イソラ……」組手のことを考えていた彼女の頭に突拍子もなく浮かんだのは共に闘技修行に励み、再会と再戦を約束した溌剌とした少女の顔だった。「予選、一週間後だったよね?」
小麦色に焼け、前髪を束ね上げて額を出したヒィズルの娘を思い起こした彼女はいてもたってもいられなそうにユフォンに訊いた。
「あ、ああ。そうだけど……どうしたんだい?」
「ちょっと、組手してくる。前日には戻ってくよ」
「え、ちょ、どうゆ――」
セラはユフォンの言葉を最後まで聞くことなくヒィズルへと跳んだのだった。
久しぶりに訪れたヒィズルにはのほほんとした雰囲気が全く感じられなかった。だからといって喧騒も感じられない。
彼女が姿を現したのは『闘技の師範』ケン・セイの屋敷の庭だったのだが、庭と外とを隔てる壁はボロボロに崩れ、庭はぐちゃぐちゃに荒らされていた。庭に残る足跡にはヒィズルの人々が履く靴とは違った跡が混じっている。
「どういうこと……?」セラが辺りを観察していると、背後から矢が飛んでくる気配がした。「!」
彼女はオーウィンを引き抜き、矢を弾く。
「ええい! かかれぇ!!」
誰かの掛け声が聞こえたかと思うと、至る所からヒィズルの剣士たちが姿を現してセラに襲い掛かってきた。彼女は剣士たちに仕方なく応戦する。ひとまずはこの場を収めなければ話もできそうになかった。
戦いの感覚が充分戻ったとはいえなかったセラだったが、超感覚や闘技、遊歩やマカ、戦いに使える技術を試すように、確かめるように使い、その場を圧倒して収めた。そして、剣士の一人に問う。
「ヒィズルはどうなったの?」
「っけ!」問われた剣士は憎々しげにセラを睨み付けた。「お前が言うか? 攻めてきたのはお前らだろうによ!」
「攻めてきた?」
「しらばっくれんなっ!」別の剣士が声を上げる。「仲間はどこに現れんだ! 一人じゃねえんだろ!」
「……」セラは黙って考えを巡らせた。どうやらヒィズルは外の世界の住人に攻め込まれたのだ。だとしたら、彼女の考えが辿り着くものがある。「黒い霧の奴ら?」
「あん? その口ぶり……お前、本当に彼奴らの仲間じゃねえのか?」一人の剣士が語気を弱め、確かめるようにセラに訊く。
「じゃあ、黒い霧の奴らに攻め込まれたの?」セラはその剣士に訊き返す。
「そうさ」
「おい、騙されんな! 俺たちを騙そうとしてるんだ」
一人の剣士がそんな声を上げたが、セラの頭はすでに『夜霧』のことでいっぱいだった。まさかヒィズルにまで奴らの侵攻の手が伸びるとは。ビュソノータスで見た大型のロープスで一気に来たのだろうか。ヌロゥ・ォキャや赤褐色の男のような部隊の指揮官もいるのだろうか。だとしたら、自分は勝てるのだろうか。そもそもイソラとケン・セイは? ケン・セイは賢者の一人だ。そう簡単に負けることはないはずだが。
「この屋敷にいたケン・セイとイソラはどうしたの?」
「何? お前、あの二人を知ってるのか?」
「おい、話すなよ! それらしいこと言って騙そうとしてんだ!」
「あなた! ちょっと黙ってて!」セラはさっきから騙されるなとうるさい剣士を一喝した。そして、一番友好的な剣士に先を促せる。「わたしはケン・セイのところで修業したことがある。で、二人は?」
「安心しな二人とも生きてる。あの二人とテム・シグラ。ケン・セイの一派がいなければとっくにこの世界は無くなってたさ」
「テム・シグラ……道場破りの。で、ふた、三人はどこに?」
セラは町の通りで自分が負け、道場でイソラが勝った坊主頭の少年を思い出したが、彼がケン・セイの一派だと言われたことには得心いかなかった。だから、二人と言おうとして三人と言い直したのだ。
「俺たちのように町を見回ってるはずだ。奴らは攻め込んできては帰りを繰り返すからな」剣士はケン・セイの屋敷を見つめる。「ここがこれだからな。組合の集会所に帰ってくるはずだ」
「組合? 集会所?」
「道場組合の集会所だ。今はヒィズル防衛の拠点となってる。会いたいなら一人で行け。申し訳ないが見回り中なのでな」
「っけ、昔はケン・セイの一派が足を踏み入れることなど許されなかったのにな、今じゃみんな大歓迎さ。俺は今でも認めねえがな、あんな邪道な剣術」
「口を慎めっ! 俺たちは、もう、言える立場ではないのだぞ!」
「っく、分かってんだよ、んなことぁよぉ!」
セラは彼らの言い合いを耳に入れながら、どこを見るわけでもなくヒィズルの澄んだ空を見上げた。
ただイソラと組手をするために来たヒィズル。だが、そこで思わぬ出来事と遭遇してしまった。一週間でホワッグマーラに戻れるだろうか。今の自分がケン・セイやイソラ、ヒィズルの役に立てるだろうか。
彼女の胸中は様々な想いで渦巻いていた。
「そういうことか」ジュメニはうんうんと頷きセラに手を伸ばした。「よろしくセラちゃん。トーナメント、お互い頑張ろう」
「はい。すいません、こんな状態で」セラは床にへたり込んだままだったが、ジュメニの握手ににこやかに応じた。
「それとユフォンくん。君の同期にはいつも驚かされるよ」
「ははっ、フェズはすごいですからね」
ユフォンも握手を交わす。
「それにしても、父さんは仕事か……」ユフォンと手を離すとジュメニは顎に手を当てる。「パレィジさん。父さんはどこへ? 帰ってくるのを待つのもいいのだが、開拓士団の集まりがあるからなるべく早く会っておきたいんだ。まったく、帰ってやっと解放されたと思ったら夜にはまた集まるなんて、大会の参加受付もまだなのにな」
「隊長は学生街にいるはずですよ。異世界人と学院生がもめたようで」
「分かった。ありがとう。探してみるよ」
そう言うとジュメニは訓練室を出て行った。
ジュメニが訓練室を出てから数十分。
セラの体の感覚は元に戻り、彼女は確かめるように体を動かしていた。
「うん。戻った。パレィジさん、もう一度組手してもらえますか?」
戦いの感覚をもう少しで以前のように取り戻せるという確信と、負けたままでは終われないという負けず嫌いが発揮され、彼女はどうしてももう一度パレィジと戦いたかったのだ。
しかし、そんな彼女とは裏腹に警邏隊副隊長は首を横に振る。「大会で当たるかもしれません。手の内を全てばらすわけにはいかないので勘弁してください。それに地力でいえばセラさんの方が上ですから、さっきと同じように戦えばあなたが勝ちますよ」
「そうですよね……」
大会で戦うことになったらまた勝つ、彼からそんな意思が伝わってきた。だからこそ、彼や他の出場者たちに負けないように、彼女はちゃんと戦いの感覚を取り戻したくなった。大会で感覚を取り戻そうと考えていたが、それでは戦う相手に失礼だ、大会前に元通り、いや、それ以上に。すぐにでも戦いたい。しかしホワッグマーラでは無理そうだ。
「イソラ……」組手のことを考えていた彼女の頭に突拍子もなく浮かんだのは共に闘技修行に励み、再会と再戦を約束した溌剌とした少女の顔だった。「予選、一週間後だったよね?」
小麦色に焼け、前髪を束ね上げて額を出したヒィズルの娘を思い起こした彼女はいてもたってもいられなそうにユフォンに訊いた。
「あ、ああ。そうだけど……どうしたんだい?」
「ちょっと、組手してくる。前日には戻ってくよ」
「え、ちょ、どうゆ――」
セラはユフォンの言葉を最後まで聞くことなくヒィズルへと跳んだのだった。
久しぶりに訪れたヒィズルにはのほほんとした雰囲気が全く感じられなかった。だからといって喧騒も感じられない。
彼女が姿を現したのは『闘技の師範』ケン・セイの屋敷の庭だったのだが、庭と外とを隔てる壁はボロボロに崩れ、庭はぐちゃぐちゃに荒らされていた。庭に残る足跡にはヒィズルの人々が履く靴とは違った跡が混じっている。
「どういうこと……?」セラが辺りを観察していると、背後から矢が飛んでくる気配がした。「!」
彼女はオーウィンを引き抜き、矢を弾く。
「ええい! かかれぇ!!」
誰かの掛け声が聞こえたかと思うと、至る所からヒィズルの剣士たちが姿を現してセラに襲い掛かってきた。彼女は剣士たちに仕方なく応戦する。ひとまずはこの場を収めなければ話もできそうになかった。
戦いの感覚が充分戻ったとはいえなかったセラだったが、超感覚や闘技、遊歩やマカ、戦いに使える技術を試すように、確かめるように使い、その場を圧倒して収めた。そして、剣士の一人に問う。
「ヒィズルはどうなったの?」
「っけ!」問われた剣士は憎々しげにセラを睨み付けた。「お前が言うか? 攻めてきたのはお前らだろうによ!」
「攻めてきた?」
「しらばっくれんなっ!」別の剣士が声を上げる。「仲間はどこに現れんだ! 一人じゃねえんだろ!」
「……」セラは黙って考えを巡らせた。どうやらヒィズルは外の世界の住人に攻め込まれたのだ。だとしたら、彼女の考えが辿り着くものがある。「黒い霧の奴ら?」
「あん? その口ぶり……お前、本当に彼奴らの仲間じゃねえのか?」一人の剣士が語気を弱め、確かめるようにセラに訊く。
「じゃあ、黒い霧の奴らに攻め込まれたの?」セラはその剣士に訊き返す。
「そうさ」
「おい、騙されんな! 俺たちを騙そうとしてるんだ」
一人の剣士がそんな声を上げたが、セラの頭はすでに『夜霧』のことでいっぱいだった。まさかヒィズルにまで奴らの侵攻の手が伸びるとは。ビュソノータスで見た大型のロープスで一気に来たのだろうか。ヌロゥ・ォキャや赤褐色の男のような部隊の指揮官もいるのだろうか。だとしたら、自分は勝てるのだろうか。そもそもイソラとケン・セイは? ケン・セイは賢者の一人だ。そう簡単に負けることはないはずだが。
「この屋敷にいたケン・セイとイソラはどうしたの?」
「何? お前、あの二人を知ってるのか?」
「おい、話すなよ! それらしいこと言って騙そうとしてんだ!」
「あなた! ちょっと黙ってて!」セラはさっきから騙されるなとうるさい剣士を一喝した。そして、一番友好的な剣士に先を促せる。「わたしはケン・セイのところで修業したことがある。で、二人は?」
「安心しな二人とも生きてる。あの二人とテム・シグラ。ケン・セイの一派がいなければとっくにこの世界は無くなってたさ」
「テム・シグラ……道場破りの。で、ふた、三人はどこに?」
セラは町の通りで自分が負け、道場でイソラが勝った坊主頭の少年を思い出したが、彼がケン・セイの一派だと言われたことには得心いかなかった。だから、二人と言おうとして三人と言い直したのだ。
「俺たちのように町を見回ってるはずだ。奴らは攻め込んできては帰りを繰り返すからな」剣士はケン・セイの屋敷を見つめる。「ここがこれだからな。組合の集会所に帰ってくるはずだ」
「組合? 集会所?」
「道場組合の集会所だ。今はヒィズル防衛の拠点となってる。会いたいなら一人で行け。申し訳ないが見回り中なのでな」
「っけ、昔はケン・セイの一派が足を踏み入れることなど許されなかったのにな、今じゃみんな大歓迎さ。俺は今でも認めねえがな、あんな邪道な剣術」
「口を慎めっ! 俺たちは、もう、言える立場ではないのだぞ!」
「っく、分かってんだよ、んなことぁよぉ!」
セラは彼らの言い合いを耳に入れながら、どこを見るわけでもなくヒィズルの澄んだ空を見上げた。
ただイソラと組手をするために来たヒィズル。だが、そこで思わぬ出来事と遭遇してしまった。一週間でホワッグマーラに戻れるだろうか。今の自分がケン・セイやイソラ、ヒィズルの役に立てるだろうか。
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