碧き舞い花

御島いる

58:開拓士団と護衛

「いやぁ、思わぬ友人ができたね」
「そうだね。少しユフォンに似てたし二人ともいい友達になれるよ」
 ニオザをコロシアムに送り届けたセラとユフォンは、大通りから各々の目的地へと散り始めたマグリアの人々に混じって、ヒュエリのいる魔導書館を目指していた。
 通りは開拓士団の帰還の余韻に浸り、人々の話題は開拓士団とその護衛たちの話しで持ちきりだった。


「海底遺跡の調査してきたんだってよ」
「フェズルシィが海の魔物を一瞬で蹴散らしたって聞いたぞ」
「え、それブレグさんの娘さんじゃねえのか?」
「いやいや、噂の『紅蓮騎士』だろ?」
「そういや、『紅蓮騎士』って言う割に若ぇ兄ちゃんだったぞ。てっきりブレグ隊長みたいなやつかと思ってたぜ」
「ああ、分かるわ。それよりよ。やっぱジュメニは綺麗だな。警邏隊長の娘じゃなかったら絶対手ぇ出してる」
「そうか? 俺はリャーミア副団長様の方がタイプだ」
「ありゃ、無理だろ。ヴェフモガ団長に惚れてんだからよ」
「なっ!? そうなんか!?」
「ほら、あんたたち、仕事しな。今週は大変なんだから」


「あたし、フェズ君と目合ったよ」
「え、それわたしよ」
「ウチ、『紅蓮騎士』様に一目惚れぇ~。チラって見えた顔の傷とか超かっこいい~」
「え~、フェズ君でしょ」
「そうよ。ね、あんたはどうなの?」
「ボクは……ジュメニさんと目が合った。リャーミアさんとも……」
「ああ……百合っ子だったね、あんたは」
「でも、あれだね。ジュメニさんなら、女も惚れる女って感じだから分かるかも、わたし」
「ほんと? ボク、分かってくれる人がいてうれしい」
「キャー、二人とも何見つめ合ってるのぉ? キスしちゃう?」
「ちょっと、仲間内でそうゆうの、あたしヤダよ」


「ねえねえ、ママ! ぼく、ゼッタイにマトウシになって、で、で、カイタクシダンに入るんだ!」
「あらあら、この前は警邏隊に入るって言ってなかったかしらね?」
「あー! そうだったぁ! どうしよう、ママぁ。ぼくどっちもやりたいよぉ!」
「あらあら、じゃあ、ブレグ隊長よりずっとずっと強くならないとね」
「うん! ぼく、がんばるよ! ドルンシャテイだってたおしちゃうもんね!」
「うふふ、あらあら……」


「それにしても、すごい盛り上がりだよね。そもそも、開拓士団ってなんなの?」
 セラは通り過ぎる人々の話し声から意識を反らして、ユフォンに訊く。
「いまさらだね」ユフォンは少し呆れ気味に笑う。「そういえば話してなかったなぁ……」
 ユフォンはまだ半分程ある魔導書館への道すがらセラに説明する。
 ホワッグマーラという世界はとても広大で、そのほとんどが未開の地なのだ。マグリアやその他の都市のように栄えた都や都に付随する小さな町などの人が暮らす場所は、点在するという表現がふさわしい。そこを調査・開拓していくのが開拓士団の目的だ。そして、未開の地には魔素に当てられた生き物たちが生息していて、踏み入る者を全力で排除しようとする。
 ほとんどの都市の開拓士団の団員は普通にマカを使うことはできるが、彼らは戦いに生きる魔闘士ではない。そこで彼らを護衛する魔闘士が必要になるというわけだ。正確には護衛の魔闘士は開拓士団の一員ではないのだが、今では開拓士団と同じ紋章が刺繍されたローブを纏っていることが多く、人々も彼らを含めて開拓士団だと認識していることが多い。
 そんな、危険と隣り合わせの冒険をする開拓士団はその都市にとって内側を守る警邏隊と同じくらい人気があるのだ。だからこそ、彼らの帰還は盛り上がる。そしてそれだけ人気がある二つの職業だ、魔闘士を目指す子供達にとって警邏隊員や開拓士団の護衛は憧れであり、目指すべき夢だということは言うまでもない。
「そうだったんだ」セラはユフォンの説明を聞き終えるとふむと頷いた。そして思いついたような顔をする。「わたし、今度別の都市にも行ってみたいな」
「いいね。一緒に行こう。実は僕もマグリアを出たことがない」
「え、そうなの!?」セラはとても驚いた顔で訊き返した。
「もちろんさ。言ったろ、都市の外は危ないんだ。それに、基本的にはマグリアにいれば不自由なことはないからね。なんたって、ここは都市の中でも最大級だから。あ、そういえば、フェズルシィが警邏隊じゃなくて開拓士団の護衛になったのも外の世界を見てみたいからだった気がするよ。それくらい、門の外には出ないんだ、マグリアの人は」
「へぇ」彼女は頷き、感慨深く言う。「小さいころから外の世界に跳ぶ人を見てたから、外に出ることをそんなに強く望むことなんてわたしには想像できないなぁ。他の世界に行くことは当たり前なことだと思ってたし」
「へぇ、世界が変われば考え方も違うわけか。早いところ、君から詳しい話を聞きたいよ。セラ」
「もうちょっと待ってて。あの男に復讐するまで」
「赤褐色の髪の男か……。でも、そいつより上がいるんだろ? 親玉がさ。そいつはいいのかい? 君の故郷を焼いたのだって元を辿ればそいつのせいだろ?」
「『白昼に訪れし闇夜』……確かに倒したいよ。『夜霧』のやってることも止めたいし」セラは一度強く拳を握って、すぐに力を抜いた。「でも、まずはあいつ。それに、あの男を従わせる存在だよ? 簡単にいくわけない。だから、今は赤褐色の男を倒すことだけに集中する。そのために力を付ける。そして、それが終わったら……ようやくうなされずに眠れる気がするの」
 その言葉を口にするセラの瞳は屋根の上でユフォンと見つめ合ったときとは違った潤みを持っていた。
「セラ……」ユフォンは何と言っていいか分からないといったふうに彼女の名前を呼んだ。
「だから、少し休憩するの。ほんとに少しね。体とか感覚とか鈍らない程度に。その時に、休憩がてらお話し聞かせてあげる。だから待ってて」
 瞳の潤いを隠し、溌剌とした笑顔をユフォンに向ける。
 ユフォンはそれに微笑んで応える。「休憩がてらって…………待ってるよ」

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