碧き舞い花
52:約束
ギュリはあの出来事の後もまともに戻ることはなかった。セラの荷物を持ってきたクァスティアが治療をしてどうにか命は助かったものの、その精神は完全に壊れてしまっているということだった。もう、ギュリから情報を聞き出すことは望めない。
結局セラはグゥエンダヴィードがナトラード・リューラ・レトプンクァスと同じ流界者達の漂流地だったことと、『夜霧』の統率者が『白昼に訪れし闇夜』と呼ばれていることしか知ることができなかった。『夜霧』の人間から情報を得られる状況だったにしては収穫は少ない。
「この分じゃ、ここは大丈夫ね」
「お姉ちゃーん!」
荷物の整理を終えたセラが牢屋で廃人と化したギュリを憐れんだ瞳で見ていると、牢屋の部屋にズィードが入ってきた。
「どうしたの?」
「うん。僕ね、お姉ちゃんみたいに強くなるよ。また悪い奴が流れてきても、お姉ちゃんみたいに戦えるように。それなら、お姉ちゃんも安心してここを出て行けるでしょ?」
少年は輝く瞳でセラを見上げる。セラはそんな少年と目の高さを合わせて、しっかりとその瞳を見つめる。
「お姉ちゃんみたいになるの、大変だよ? それに、わたしだってまだまだ強くない」
「そうなの?」
「うん。ここじゃない他の世界にはもっともっと強い人がたくさんいるの……あっ、そうだ。勇気ある少年ズィードくんと、お姉ちゃんは約束したいことがあります」
セラは何かを思いついたようにして、どこか芝居がかった言い方をする。
「なに?」
セラは口角をキリッと上げて微笑む。「さっき言ったこと忘れないで。わたしも強くなるから。君も強くなって。この街の人達を守れるくらいに。そして、いつか、わたしがここに戻って来たとき、わたしと勝負しよう。これが約束」
「……」ズィードは少し間を置いた。何かを考えているようだ。「強くなるよ。お姉ちゃんがびっくりするくらい、すっごく強くなる。……でも」
「でも?」
訝しむセラに向かってズィードは意を決したように言う。「お姉ちゃん、ここに戻ってくるの?」
「……え?」
ズィードの言葉にセラは呆然だ。彼女はそこまで考えていなかったのだ。師匠面して目の前の戦士を目指す少年に気の利いた言葉を贈ったつもりだったのだろうけど、彼女はまだそういったことに慣れていなかった。こういうところが抜けてるのも彼女の魅力だろうけどね。
「あ、はは。うーん、じゃ、じゃあ、ズィードがわたしのところに来て、強くなったらさ」
「うーん、お姉ちゃん、それじゃ、ここを守れなくなっちゃあない?」
「あっ、そっか……」セラはサファイアをあっちへこっちへと巡らせてあたふたとし出す。
そんな彼女を見て、ズィードはクスクスと短く笑った。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。僕がお姉ちゃんのところに行くから。僕だけじゃないんだ、お姉ちゃんみたいになりたいって思ったの」
「え?」
「だから、僕がお姉ちゃんより強くなったら、その時は、みんなに任せて僕がお姉ちゃんのところに行くよ」
セラはあっちへこっちへとあてもなく走っていた瞳でズィードの笑顔をしっかりと見つめる。もしかしたら強敵になるかもしれない存在だ。プライや各世界の賢者たち、それからゼィロス。彼らがセラに対して抱いた未来への期待や可能性、それと同じかどうかセラ本人には分からなかったが、彼女は目の前の少年の未来を楽しみに思っていた。
「うん、そうだね」
牢屋のある部屋を出てズィードに別れを告げたセラは灯台の階段をのぼっていく。目指すのは光を灯し、回している最上階。階段を一歩一歩踏み締める彼女の背にはしっかりとフクロウの意匠が施された剣が背負われている。そして、その腰にはクァスティアから貰った薬カバンの姿も見て取れる。
彼女の頭に巡るのはこの先のこと。
まずはどこに行くべきか。
始まりの地であるアズ。再会の約束をした地であるホワッグマーラ。小休止を打つことになった地であるビュソノータス。はたまた、力をつけるため賢者を巡り、見知らぬ地へ行くべきか。
しかし、彼女の行先は考えるまでもなく決まっていた。
ホワッグマーラだ。
アズの地に跳んで一度ゼィロスと話した方がいいかもしれない。回帰軍の安否の確認と荷物の回収のためにビュソノータスに跳んだ方がいいかもしれない。賢者巡りで力をつけた方がいいかもしれない。でも、それ以前に、彼女は戦いの感覚を取り戻すためには魔導・闘技トーナメントがうってつけだろうと考えたのだ。
ギュリがあまりにも弱かったから勝てたものの、彼女は長い間戦いから離れていた。離れ過ぎていた。だから、感覚を取り戻す必要があると感じたのだ。取り戻さなければゼィロスに合わせる顔もないし、ビュソノータスの命懸けの戦場でも足手まといになるだろう。賢者巡りなんてもってのほかだ。それに、時間的にもちょうどいい頃だった。実を言うと彼女はかなり長い時間、異空間を漂っていたのだ。使命を忘れた彼女は気にしていなかったようだけどね。
彼女の足取りは重くない。そして、灯台の最上階に辿り着く。
「セラ」
そこには回る光を背にしたクァスティアの姿があった。
「クァスティアさん」
結局セラはグゥエンダヴィードがナトラード・リューラ・レトプンクァスと同じ流界者達の漂流地だったことと、『夜霧』の統率者が『白昼に訪れし闇夜』と呼ばれていることしか知ることができなかった。『夜霧』の人間から情報を得られる状況だったにしては収穫は少ない。
「この分じゃ、ここは大丈夫ね」
「お姉ちゃーん!」
荷物の整理を終えたセラが牢屋で廃人と化したギュリを憐れんだ瞳で見ていると、牢屋の部屋にズィードが入ってきた。
「どうしたの?」
「うん。僕ね、お姉ちゃんみたいに強くなるよ。また悪い奴が流れてきても、お姉ちゃんみたいに戦えるように。それなら、お姉ちゃんも安心してここを出て行けるでしょ?」
少年は輝く瞳でセラを見上げる。セラはそんな少年と目の高さを合わせて、しっかりとその瞳を見つめる。
「お姉ちゃんみたいになるの、大変だよ? それに、わたしだってまだまだ強くない」
「そうなの?」
「うん。ここじゃない他の世界にはもっともっと強い人がたくさんいるの……あっ、そうだ。勇気ある少年ズィードくんと、お姉ちゃんは約束したいことがあります」
セラは何かを思いついたようにして、どこか芝居がかった言い方をする。
「なに?」
セラは口角をキリッと上げて微笑む。「さっき言ったこと忘れないで。わたしも強くなるから。君も強くなって。この街の人達を守れるくらいに。そして、いつか、わたしがここに戻って来たとき、わたしと勝負しよう。これが約束」
「……」ズィードは少し間を置いた。何かを考えているようだ。「強くなるよ。お姉ちゃんがびっくりするくらい、すっごく強くなる。……でも」
「でも?」
訝しむセラに向かってズィードは意を決したように言う。「お姉ちゃん、ここに戻ってくるの?」
「……え?」
ズィードの言葉にセラは呆然だ。彼女はそこまで考えていなかったのだ。師匠面して目の前の戦士を目指す少年に気の利いた言葉を贈ったつもりだったのだろうけど、彼女はまだそういったことに慣れていなかった。こういうところが抜けてるのも彼女の魅力だろうけどね。
「あ、はは。うーん、じゃ、じゃあ、ズィードがわたしのところに来て、強くなったらさ」
「うーん、お姉ちゃん、それじゃ、ここを守れなくなっちゃあない?」
「あっ、そっか……」セラはサファイアをあっちへこっちへと巡らせてあたふたとし出す。
そんな彼女を見て、ズィードはクスクスと短く笑った。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。僕がお姉ちゃんのところに行くから。僕だけじゃないんだ、お姉ちゃんみたいになりたいって思ったの」
「え?」
「だから、僕がお姉ちゃんより強くなったら、その時は、みんなに任せて僕がお姉ちゃんのところに行くよ」
セラはあっちへこっちへとあてもなく走っていた瞳でズィードの笑顔をしっかりと見つめる。もしかしたら強敵になるかもしれない存在だ。プライや各世界の賢者たち、それからゼィロス。彼らがセラに対して抱いた未来への期待や可能性、それと同じかどうかセラ本人には分からなかったが、彼女は目の前の少年の未来を楽しみに思っていた。
「うん、そうだね」
牢屋のある部屋を出てズィードに別れを告げたセラは灯台の階段をのぼっていく。目指すのは光を灯し、回している最上階。階段を一歩一歩踏み締める彼女の背にはしっかりとフクロウの意匠が施された剣が背負われている。そして、その腰にはクァスティアから貰った薬カバンの姿も見て取れる。
彼女の頭に巡るのはこの先のこと。
まずはどこに行くべきか。
始まりの地であるアズ。再会の約束をした地であるホワッグマーラ。小休止を打つことになった地であるビュソノータス。はたまた、力をつけるため賢者を巡り、見知らぬ地へ行くべきか。
しかし、彼女の行先は考えるまでもなく決まっていた。
ホワッグマーラだ。
アズの地に跳んで一度ゼィロスと話した方がいいかもしれない。回帰軍の安否の確認と荷物の回収のためにビュソノータスに跳んだ方がいいかもしれない。賢者巡りで力をつけた方がいいかもしれない。でも、それ以前に、彼女は戦いの感覚を取り戻すためには魔導・闘技トーナメントがうってつけだろうと考えたのだ。
ギュリがあまりにも弱かったから勝てたものの、彼女は長い間戦いから離れていた。離れ過ぎていた。だから、感覚を取り戻す必要があると感じたのだ。取り戻さなければゼィロスに合わせる顔もないし、ビュソノータスの命懸けの戦場でも足手まといになるだろう。賢者巡りなんてもってのほかだ。それに、時間的にもちょうどいい頃だった。実を言うと彼女はかなり長い時間、異空間を漂っていたのだ。使命を忘れた彼女は気にしていなかったようだけどね。
彼女の足取りは重くない。そして、灯台の最上階に辿り着く。
「セラ」
そこには回る光を背にしたクァスティアの姿があった。
「クァスティアさん」
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