碧き舞い花

御島いる

15:毒と熱と渇き

「俺はこの青年をアズで弔い、『夜霧』について調べる。カッパはどこにいる? 直接話を聞きたい」
 ゼィロスは青年の遺体を抱えながら、テングに訊く。
「カッパなら、雨雲のところだろう。一人で行けるか?」
「ああ、雨雲なら問題ないだろ」
「さいか」
「セラ、すまないが、俺はここまでだ。変態術を会得できるまでいてやりたかったが、『夜霧』の動向を探らなくては。奴らの活動が予想以上に早い」
「大丈夫。伯父さんがあいつらのこと調べるのも重要なことだしね」
「ここでの修行が終わったら一度アズに来てくれ」
 師匠は弟子に力強く頷き、弟子はそれに応える。
 ゼィロスはもう一度頷いて、
「じゃあな」
 赤紫の閃光と共に消えた。
「では、さっそく行こうとしようかのぉ」
 ゼィロスの赤紫の煌めきがまだ消えぬうちに、三つの目でセラを見つめてテングは言った。
「あ、待って」セラは思い出したように口を開いた。「その前に訊きたいことがあるの」
「はて?」テングは首を傾げる。
「さっきの人、キノコの胞子を吸って死んだんだと思うんだけど、あのキノコはどういうキノコなの? 黄色い花がいっぱい咲いてる下のやつ」
「ほう? 渡りの民の少女は毒に興味が?」
「うーん、正確には薬だけど」
「さいか。しかし、『黄金の精園』に辿り着いたとはのぉ。偶然辿り着ける場所ではないが。渡界術を使って行ったのか? 否、それではあの渡りの民の青年のようについた刹那に命を――」
「黄色い光の球を追ったの。正確には感じた何かを追ってたんだけど」
「なんと! よかよかぁ!」テングは三つの目を見開いてまるで自分のことのように喜んだ。「それが本当だとすれば、五年という記録は打ち破れるかもしれんな! よかよかぁ!!」
「……で、あのキノコは?」
「ほう、さいだったな。あれはオウゴンシタテングタケといってな。そのものは美味なのだが、胞子に毒がある。普通の人間が二吸いすれば体中に回って死に至るという強力な毒だ。あの毒に耐えるには高度な変態が必要だ」
「じゃあ、採りに行くのはあとね……」
「さいだな。だが案ずるな、渡りの民の少女よ。そなたなら幾年もかからず行けるだろうさ」


 セラがテングに連れて行かれたのは渇きに渇いた砂漠だった。灼熱の太陽もさることながら、砂の粒子そのものが熱を持ち、その熱を発散するかのように細かく震えて常に乾いた音を鳴らしている。
「言った通り、口は水を飲むとき以外開くな。慣れるまで目も薄めでいるのだぞ」
 テングの言葉に無言で頷くセラの額には汗は全く浮かんでいない。汗はかいたそばから干上がり、体温を下げるという機能は全く作用していない。
 セラはあまりの暑さに提げていた荷物の中から青味がかった緑色の粉末を取り出し、それを水と一緒に飲んだ。
「はて、何を飲んだ?」
「……」
「はて、なぜ答えぬのだ」
「……」
 彼女は仙人の教えを実行しているに過ぎないのだが、この仙人は自分が言ったことを忘れてしまったかのように首を傾げる。そして「はてはて……」と考えを巡らすと手を打った。
「さいか! 我の教えか。よかよかぁ! 兄に似て真面目よのぉ。口を開いていいぞ、目もな」
「……。体温を下げる薬。エレ・ナパスのスクァの葉を乾燥させて粉末にしたものよ。生だと体温を奪うんだけど……ぁっ!」
 セラは突然砂の上に膝をついた。
 テングはそんな彼女を黙って見下ろす。その顔は何かを期待するような笑みを浮かべていた。
「……ぁ……ぁ……ぁ……」声にならない音を喉から出す彼女。「……ぅぅ」
 水を求め、木彫りの筒を呷るがそこには一滴も水分は残っていない。
 彼女のサファイアの瞳は血走った赤に囲まれ始め、麗しかった唇はしわしわに渇き、割れ、血が滲みだしていた。
「……!」
 セラはすでに喉を鳴らすことすらできないでいた。水を求めてか、日射熱から逃れるためか、猛然と砂漠を掘り始めたが、軽い砂は掘っては埋まり、掘っては埋まりを繰り返すばかりだ。しかもグローブから出た彼女の指先は砂の熱に灼け、赤々と腫れる。
 そして、ついに。
 彼女は砂のベッドに伏した。
 薄れゆく視界と意識の中、体が指先のように灼けていく感覚だけが彼女を支配する。
「……っ!」
 彼女の視界が完全に闇に飲み込まれたとき、彼女の目の先、砂の中から何かがゆっくりと出てくる気配がした。灼ける熱さも、痛々しい渇きも忘れ、彼女の意識はその何かに奪われた。
 徐々に砂を上ってくる何か。
 ついに、何かは彼女の目の前にその全容を表す。
 赤い、淡い、丸い、輝き。
 視界を失った彼女がそこまで鮮明に感じたそれは、彼女が黄色い園で見た光の球と同じ、何か。
 暗くなった視界にその光だけが映る。
 光はゆらゆらと彼女の周りを回ったかと思うと、彼女の中に、これは比喩ではなくそのままの意味で、彼女の中に入っていった。
「っぶっ……はっ……ごほっ、ごほっ……!」
 光が彼女の中に完全に消えたかと思うと、彼女は勢いよく咳き込みながら起き上った。
 唇の血はまだ出ていたものの、瞳の充血は収まり始め、さっきまでの苦しみが全部嘘だったかと思うくらい、セラは普通だった。至って普通に灼熱の砂漠に存在できていた。もちろん、体中は火傷だらけだったが……。
「今のは……?」
「まさか一度でこの暑さと渇きに慣れるとは思わんかったが、我の思った通り、やはり、そなたは精霊を感じる力を持っておるのだな。よかよかぁ! そなたなら三年と言わずこの地に生きる者と同等の変態をものにできるやもしれん。もしやそなた、この地の生まれではないだろうな?」
「いや、エレ・ナパス生まれだけど……」
「よかよかぁ!」
 テングは独り、口が裂けんばかりに大きく笑った。
 セラはそんな仙人を見ながら、裂けて血が出た唇を触った。
「痛たぁ……」

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