意識の奪い合い

内野あきたけ

second age

幼稚園で先生のお話を聞いている時だった。
 隣に座っていた高志くんが、突然立ち上がった。
「うわああああああああああああああぁぁぁーーーーーーっ!!」
 高志くんは叫んだ。
「どうしたの?落ち着いて!高志くん!」
 青山先生がビックリして高志くんを宥めた。
「先生!ちがうの!怖いから叫んだんじゃない。もの凄い事に気付いたから叫んだんだよ」
「それって幸せ?」
 と、僕は聞いた。
「宏治くん!よく聞いて。幸せも、苦しみも何も無いんだよ」
 僕は、高志くんが今は今しかない事を体験したから叫んだのかなあと思ったけど、体験すると幸せになるから、違う事に気が付いたのかなあと思った。
 体験は、言葉では言い表せないから、多分先生に説明する事も出来ないんだなあと思った。
 今は、今しかない事を体験すると幸せになるって言うのも、多分先生に言っても理解されない。
 でも、それに近い事を言葉で表現する事は出来るのかなあと思った。
「ねえ、高志くん。いちばん近いものを言葉で表現してよ」
 僕がそういったら、麗子ちゃんが
「あっ。宏治くん。その言葉すごく便利だね。ねえ、高志くん。いちばん近いものを言葉で表現してよ」
 と、言った。
 そしたら幼稚園の友達がみんな同じような事を言い始めた。
「いちばん近いものを言葉で表現してよ」
 さくら組みのなかで、それが流行語みたいになった。
「面白いね。その言葉」
 と、いった具合である。、
 それから高志くんは、テーブルの上に上履きのまま乗った。
「高志くん!それはいけません」
 先生が怒った。
「どうして?」
「どうしてもです。降りなさい!」
「なんでなの?」
「じゃあ、皆はテーブルの上に上履きのまま上るって言うのは良いことだと思う?」
 先生が、皆に聞くと、皆が首を横に振った。
 これは良いことじゃない、という意味だ。
「先生。それは僕、もう知っているよ。僕が聞きたいのは、世界中の皆が決めたルールだから、それを破るのは皆にとってルール違反だっていうことだよね。じゃあ世界中の皆がテーブルの上に上履きのまま上る事は良いことだっていうルールを決めたら、それは良い事になるんだよね。じゃあその境界線ってどこ?って聞いているんだよ」
 そう言って高志くんはテーブルの上から降りた。
「僕、皆が決めたルールならちゃんと守るから!だってそれが良い事だから!でも、その境界線はどこなの?」
 僕たちは、本当に何も知らない。だって生まれてから5年しか経っていないから。
 だから、大人に聞くしかない。大人は何十年も生きているから全部知っているんだよね。
 高志くんは目を輝かせながら先生に聞いた。
「そんなルールなんか無いでしょ!ダメだからダメなんだよ!」
 僕に向かって言われたわけじゃないのに、何でだか僕の胸が凄く熱くなってきた。
 そして何でだか喉が痛い。
 目からぽたぽた涙が溢れ出してきた。
「うわぁああん。ああああああああんあああ
あーーーーーーん」
 僕は泣いてしまった。
 でも、高志くんは泣いてなかった。
 高志くんは強いから泣かないのではない。何かに気付いているから、泣かないのだ。
「ねえ……高志クンは……何に…気が付いているの?いちばん……いちばん近いものを言葉で表現してよ!」
 その瞬間。僕は泣き止んだ。
 それから僕は
【この便利な言葉を、最初に作ったのは僕なんだ。それが、さくら組みの流行語となっている。少しうれしい。その「うれしい」にいちばん近いものを言葉で表現すると「誇り」だった。
 泣いている時にいちばん近いものを言葉で表現するなら「悲しい」だ。
 「誇り」と「悲しい」を比べたら「誇り」が勝った。
 だから、僕は泣き止んだ。
 いや、ちょっと違うかもしれない。
 僕は今まで「先生に対する期待を裏切られ逆に怒られてしまう」という事が「悲しい事である」とずっと思っていたから悲しくて泣いたんだ。
 じゃあ「先生に対する期待を裏切られ逆に怒られてしまう」ことが「嬉しい事である」とずっと思っていたらそれは嬉しい事になるだろう。
 その境界線って何なんだ?
 そうか!どっちだって良いんだ!嬉しいことだから嬉しいと思うんだし、悲しいことだから悲しいと思うんだ!】
 と、言うような事をだいたい0.1秒くらい感じながら、僕はその場に泣き止みながら幼稚園という宇宙の中に立ち尽くしていた。
 そしていちばん近いものを言葉で表現しようとする作業を10秒くらい考えてから、僕は高志くんに向かって
「境界線なんて、どっちだって良いんだ!」
 と、言った。そしたら高志くんが
「そうか!どっちだって良いんだ!」
 と言った。
 そしたら、麗子ちゃんが
「あっ。宏治くん。その言葉すごく便利だね。ねえ、高志くん。どっちだっていいんだ」
 と、言った。
 そしたら幼稚園の友達が
「どっちだっていいんだ♪」
「どっちだっていいんだ♪」
 と、リズミカルに言い出した。
 さくら組みという狭い幼稚園の宇宙のなかで、それが流行語みたいになった。
 いちばん近いものを言葉で表現すると「歌の意味を理解した歌」である。
 それから僕は
「そうだ!忘れていた事だけど、君は何に気が付いたの?」
 と改めて聞いてみた。
「ふっふっふ。君には理解する事が出来ない」
 と、高志くんは言った。
 僕は見下されたような気がした。
「そういわれると、嬉しいな」
 僕はそう言った。
 それから僕は
【今までは「見下される事」が「ムカつく事」と捉えて勝手に怒っていたけど、もしも「見下される事」が「嬉しい事」というふうに思っていたら、きっと喜んだであろう。その境界線が「どっちだって良い」のであればどうせなら「嬉しい事」というふうに捉えたい】
 と、言うような事を超越した時間で考えていながら、幼稚園の床という宇宙の上に立ち尽くしていた。
「ええーっ。そんな事言わないで教えてよ」
 と、麗子ちゃんが言った。
「教えても、意味がないんだよ。だって、君たちには意識が無いんだもん」
 僕はまた、嬉しくなった。
「うれしいなあ。僕にだって意識があるよ」
「うそつき」
「ロボットじゃないんだよぉおお」
 と僕は言った。
「人間だって、ロボットだって同じ事さ」
 すると突然、麗子ちゃんが怒り出した。
「意識があるのはこの私よ!本当は高志くんに意識なんて無いんでしょう!だって高志くんの痛みを私は感じる事が出来ない!全世界のなかで意識があるのはこの私一人だけよ!」
「冗談じゃない!麗子ちゃんに意識なんてあるわけないよ!だって本当に意識を持っているのはこの僕なんだから!僕には意識があるから確信を持てるんだよ!本当に意識があるのはこの僕なんだよ!」
「ふざけないで!じゃあ何で私に意識があるの?証明してよ!」
「だから、始めから麗子ちゃんに意識なんてないんだよ!ばか!」
 僕と同じ四頭身がケンカを始めた姿を見て僕は思った。
【どっちだっていいんだ。二人とも、ちゃんと心の中ではケンカをする事を楽しんでいるかなあ?だったらいいなあ】
 と。そう思って、僕は二人に声を掛けた。
「高志くんには高志くんの意識が存在しているし、麗子ちゃんには麗子ちゃんの意識が存在しているんだよ。ちゃんと二人共に意識があるんだ……」
 そういいながら僕は不思議に思った。
【本当に意識があるのは、高志くんでも麗子ちゃんでも、二人共でもない……僕だ。僕に意識があるんだ】
 そうして、僕は言った。
「意識があるのは僕だ!僕以外に意識がある人なんて存在しない!」
「なにを言っているんだよ!宏治のばか!」
 高志くんが言った。
 そしたら、青山先生が言った。
「どうしてケンカをしているの?」
「本当に意識があるのはこの自分だ!」
 三人ともが同時に声を発したので先生は困ってしまった。
 そして、先生はしばらく考えてある事に気付いた。
「いや、本当に意識があるのはこの私だ!全世界のなかで意識を持っているのは、私一人だけだ!だって、何で私に意識があるの?」
 ケンカは、さくら組みの中から、幼稚園中に広がった。
 意思の外から溢れ出る、得体の知れない意識の奪い合いは、留まる事を知らなかった。
 やがて、幼稚園から町内に、町内から日本中へと奪い合いは広がった。







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