ひび割れた少女の胸に
まず二人の馴れ初めについて
 都心から少し離れたとある町の片隅に、ひっそりとした中央公園がある。
 その公園は昼間でも少し薄暗くて、木々が生い茂っていて、どことなく鬱蒼とした雰囲気に包まれていた。
 そういった寂しげな雰囲気が好きな人々が、穴場としてやってくるのである。
 公園の中心らへんには針葉樹たちの日陰を掻い潜り、光が差し込むスペースがある。
 顔を見上げると、森の中心部に一筋の光が差し込んでいる。
 深い緑色の樹々たちがざわめく先にポッカリと空いたその間に、日の光が鮮やかに差し込むのだ。
 アキラはこの空間が好きで、休日にはその場所に足を踏み入れる事に決めていた。
 前に彼は、その空間が森林生態学用語で「ギャップダイナミクス」と呼ばれる事実を知ったので、あの心地の良い空間にそんな大仰な名前を付けるなんてご苦労だなあとつくづく感じていたのだった。
「最近日が長くなったなあ」
 彼はつぶやいた。
 季節は六月の中旬、雨の日が続いたのでアキラは少し憂鬱な心持だったが、土曜になって日差しが出てきたため、いつもの中央公園のギャップダイナミクスで自分の人生について振り返ろうと入り口に足を踏み入れた時だった。
「……誰かいる」
アキラは光が差し込むその空間の、一本の木に人が寄りかかるようにして座っているのを発見したのだ。
「まあ、人がいてもいいか」
小さな声でそう自分に言い聞かせてアキラは一歩ずつ進んで行くと、やがてその人は彼と同い年くらいの少女である事に気づく。
そして、その少女の姿を一目見たときアキラは思わず息を飲んだ。
彼が今まで出会ってきたどんな女性よりも美しかったからである。
その瞳や表情に一点の曇りも、寸分の狂いも存在しない。
色白で優しい肌と、黒髪のコントラストはまるで芸術作品のような風格を映し、度々アキラの胸の内に熱いものを込み上げさせた。
綺麗だという表現がありきたりだとも感じえるかの如く、初々しく、清らかで、艶やかで、神が作り出した最高の芸術とも表現できる程、非常に深い、余韻のある美であった。
「この場所にはよく来られるんですか?」
アキラは思い切ってこの美少女に声をかけた。
「えっ………あ、はい。よく来ます」
彼女はいきなり話かけられたので少し驚いたようだった。
アキラは少し気まずくなった。
しかし、この絶世の美少女と少しでも語り合っていたいという焦燥に駆られて再び話を続ける。
「いいところですよね。この光が差し込む場所はギャップダイナミクスって呼ばれているらしいですよ」
「ギャップダイナミクス……」
彼女はその森林生態学用語をオウム返しにつぶやいて、おしゃべりが終わってしまったので、アキラはさらに気まずくなった。
しばらくの間沈黙が流れていた訳であったが、ふいに彼女のほうからその静けさを打ち破った。
「………アナタも、よくこの場所にいらっしゃるんですか?」
アキラは少し嬉しくなった。
よく聞くと彼女の声も透き通るような聞きやすい音色で、まるで声優業でもやっているんじゃないかと思えるほど美しい発声の仕方だった。
「ええ。この場所は僕のお気に入りのスペースです。人も少ないし…………そう、ちょうど今、君が座っているところに腰を掛けて缶コーヒーを飲んだりしていますよ」
「そうなんですね……あっ。じゃあこの場所アナタのお気に入りの場所……」
そういって彼女は立ち上がろうとしたので、アキラは「いやいや、別にいいんですよ」と、それを阻止した。
「すみませんね。邪魔しちゃったみたいで」
アキラはその場所を立ち去ろうとした。
が、しかし彼女に止められる。
「あっ。お気になさらないでください。もし嫌でなければ、もう少し私とお話しませんか?」
「ええっ。いいんですか?あなたみたいな絶世の美少女と、こんな何の取り柄もない僕みたいな人間が対等な立場でお話をするなんて」
すると彼女は一瞬「えっ?」という困惑した表情を見せた。
「そんな謙遜なさらないでください。私も普通の人ですから」
普通の人だと彼女は言ったが、アキラにはそうは思えなかった。
あの常人には出し得ない独特な眼差しと、楽器の音色とも聞こえる美しい彼女の声はとても普通の人間ではない。彼はそう直感した。
「…………もしよければ名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
アキラは思い切って彼女に名前を聞いてみることにした。
「………ユキです。登城由紀」
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