田舎娘、マヤ・パラディール! 深淵を覗きこむ!

島倉大大主

エピローグ:その三 そして世界は動き出す

 揺れる馬車の中で、ヴィルジニーは窓の外を眺めていた。
「何か面白い物が見えますかな?」
 対面に座った男――教授の質問にヴィルジニーは微笑んだ。
「私は、実際に『自分の目』で外を見るのは初めてなんです。窓から入ってくる色々な匂いが、風景と結びつき――素晴らしい絵画の中にいるような気がするのです」
「ほう……それはよかった。あなたの望んだ自由はもう手に入ったわけだ。
 ……なのに、何故吸血鬼を狩ろうとなさる?」
「……連中は残酷大公の追跡がなくなったのを感知しているはずです。
 だから、何か行動を起こすはずです」
「罪滅ぼし、いや、親の尻拭いというわけで?」
「違います。
 今から私は、自由に絵画のような素晴らしいこの世界を、歩き回って楽しみたいのです。
 ですから――絵についた『余計な汚れ』は落としておかないと」

 教授は肩を竦め、ポケットを探ると、地図を出した。古い羊皮紙の地図だった。右端に大きくバツ印がついていた。
「ここに古城がある。偵察の蛾の報告じゃあ、七人。男が四人に女が三人。全員年寄りだ」
 ヴィルジニーは微笑むと、目を赤く輝かせた。
「その数では、私の相手ではないわね」
 教授が人差し指を振った。
「油断は禁物ですな。危機とは――予測できないから危機なのですぞ」
 ヴィルジニーは教授を見つめ、微笑んだ。
「良いことを仰るわね。危機が訪れた時、私を守ってくださる?」
 教授は、眠そうな目で眠そうな声を出した。
「料金分はお守りしましょう」

 馬車は絶壁にかかる橋を静かに渡っていった。 













 ****ある手紙の抜粋****

 ――いただきました写真により、海中から引き揚げた遺体はハインリヒ・フィーグラーと確認いたしました。
 御指示通りに切断された首を縫合いたしましたところ、傷は五時間で消滅。現在の様子は、まるで眠っているようです。
 ただ、深夜に目が赤く光っているのを目撃した党員が数名。
 また、行方不明になった党員が数名。
 追加指示通り、大至急氷詰めにし、搬送いたします。
 ヒムラー殿におきましては、くれぐれも広い場所で大隊を伴って開封することを進言いたすものであり――



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