田舎娘、マヤ・パラディール! 深淵を覗きこむ!

島倉大大主

第二章:その十五 ソドム:一撃

 ジャンはメニューを開くと、『箸の持ち方』なる項目の絵を必死に真似していた。が、いざ、料理を挟もうとすると、ぽろりと片方が落ちてしまう。
「うーむ、奥が深い……」
 マヤは箸に見向きもせず、一緒に並べられたフォークを取ると、天麩羅を突き刺し、つゆにつけた。恐る恐る噛んでみる。さくり、という音が室内に響いた。
「ひゃあ! これ! テンプラ美味しい! フリッターより好きだなあ!」
「うむ! これは美味だ。素材の味が生きている」
「ふふふ、ジャンさん、料理の本みたいな感想ですこと!」
「マヤ、このエビを食べてみろって」
 マヤはどれどれとエビを齧ってみた。途端にエビの香りと、肉汁が口内で爆発する!
「ふはあ!? こ、これは口の中が天国! ……素材の味が生きてる!」
「ほらみろ。よし、俺はすき焼きの生卵に挑戦してみるか」
「ジャンさん、この……蓮の根っこ? これ、凄い美味い!」
 ジャンは卵につけた肉をじゅるりとすすり、頭を振った。
「これまた美味いな! あ、それはレンコンだ。蓮の親戚だったかな」
 マヤは続けて四角いぶよぶよしたものにフォークを刺して小さく切り取った。、予想外の柔らかさに慎重になりながら、小鉢に移す。
「それはトーフだ。知ってるか?」
 ジャンの言葉にマヤは驚いた。
「た、確か、中国人が作っている、ええと、豆を発酵させたもんだよね!? はぁ~……牛乳がチーズになるのは判るけど、豆がこんな……」
 マヤはふるふると震えるそれを、口に流し込む。濃厚な豆の味が襲ってきた。
「うほほほ! 豆! 本当に豆!」
 ジャンは吹き出した。
「やー、そうだな! 豆だな!」

 その時、どこからかドンドンと打ち鳴らされる太鼓の音が聞こえた。
 失礼いたします、と声があり、先程の女性が襖を開け一礼して入ってきた。女性はマヤの背中側の障子をすらりと開ける。
 窓の向こうは庭園だった。それを囲むように窓が並び、下には白い細かい石が敷き詰められている。マヤから向かって右奥に木でできた扉があり、反対側にも同じ扉がある。そこからまっすぐに足跡が中央まで伸び、そこに着物の袖を端折った男二人が向かい合って立っていた。
 庭を囲む窓はすべて開き、マヤ達と同じように、様々な人種の客達が二人の男を見守っている。その手には長い棒のような物が握られていた。
「ねえ、あの持ってるの何?」
 ジャンがマヤの横に来る。
「竹刀だ。竹でできてる。確か刀の練習に使うものだったかな。前に触ったことがあるが威力はありそうだったな」
「へぇ~、竹かぁ……」
 ドンと太鼓が鳴った。男達がさっと背筋を伸ばすと、深々と一礼した。
 すっと、竹刀が構えられる。二人はほぼ動かないように見えた。
 だが、足元を見たマヤは息を飲む。小さな石がうねるような小さな文様を描いているのだ。ジャンがマヤに囁く。
「本式の剣道とは違うが、二人の腕は本物だぞ」
 男達はジリジリと近づきつつあった。見ればうっすらと汗をかいている。庭の一角にある――後でマヤは知ったが――獅子脅しの音が、こんっと髙く鳴った。
 じゃっと石を蹴る音よりも早く、男達は交差していた。遅れてばしっと音がする。
 マヤは、ほぅっと息を吐いた。片方の男が竹刀を落す。
 交差する瞬間手首を打たれ、頭を軽く打たれた――ように見えた。まばらに起こった拍手の中、男達は互いに礼をすると、一言も発さず、しずしずと木戸をあけて退場していった。マヤとジャンも拍手をすると障子を閉めた。
「いやあ、凄かったなあ……本物の剣だったらと思うと……なあ」
 マヤの感想にジャンは片眉を上げた。
「少なくとも食事中に見るものじゃなくなるな」

 食事を終え、二人は満ち足りた顔で外に出た。人混みと喧騒が更に大きくなっていた。そろそろ宵の口だからか、酔って騒ぐ連中が多くなっていた。どこからかクラシックの生演奏が聞こえてきていた。笑い声や歓声、遠くから花火らしき音が響いてくる。
「……ガンマさん、どっか行っちゃったね」
「うーむ……招き猫は元の場所にあったから、また何か用ができたんだろう」
 マヤは忙しい人だな、と呟くと周囲を見回した。
「ねえ、普通に食事が終わったよね? あたし達って本当に付け回されてるのかな?」
「ああ。ハインツにちょっかい出されたろう? まあ、連中が非合法集団で『ないなら』動くのに言い訳が必要ってことなんだろう」
「ああ、逮捕令状とか、そういうもの? それにしても凄い人混みだなあ!」
「ソドムの治安が一気に悪くなる時間だ。見てみろ、階層警察が……あん?」
 ジャンの視線をマヤは追った。二人の少し先を階層警察の一団がごった返す人を掻き分けて走っていった。先頭を行く男には見覚えがあった。
「アホンツ……」
「バカンツじゃなかったのかよ。ん? 俺達の宿泊棟に入って行くぞ」

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