ドラゴンフライ

ノベルバユーザー299213

第六十六話 竜司、初徹夜を体験する。

「やあ、こんばんは。今日も始めて行くね」


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名古屋に蓮が来る。
その事を考えると顔がにやけてしまう。
早く会いたいな。
そんな事を考えている内にキリコさんの仕事場に到着。


「おはようございます」


僕は平静を装っていたつもりだったが、
会うなり遥が。


「おはよう……あれ? 何か良い事あったの……?」


「えっ!?」


僕は思わず顔をさすった。
やはりにやけていたのだろうか。


「え!? どうしてですか?」


「何となくね……」


遥は大分疲れている様子だ。


「遥さん……もしかして徹夜ですか?」


「……うん」


「大変ですね……」


「まぁね……さあ、早く作業に入って……」


僕はさっそく作業に入った。
と言ってもベタとホワイトを延々と塗るだけだが。
ベタ、ベタ、ベタ、ベタ、ホワイト、ベタ。


延々とこの作業を繰り返し、気が付いたら午後八時。


「竜司君。
ベタ塗りはこれで完了。
トーン貼りに移って」


トーンと言われても。


「はーい、竜司君~……。
トーンは簡単よ~。
貼りたい所にトーンを合わせてカッターで切っていくだけよ~……」


この名前も知らないアシスタントの人も大分疲れている。
スクリーントーンって言うのがあるというのは知っていたが
まさかカッターを使うなんて原稿は切らないのだろうか。


「竜司君~……
まずは私のやり方を見ててね~……
まず貼りたい所に対して少し大きめに切ります……
台紙ごとね~……
そして貼りたい所に軽く圧着します……
ここで強く圧着しないでね……
いらない所を剥がす時物凄く面倒だから~……
そしていらない部分をカッターで切っていく……
軽くね……
強くやると原稿ごと切っちゃうから……
んで最後定規とかで圧着させて完成……
どう~? わかった~?」


このアシスタントさんは説明しながらトーンを張っていく。


「はい、何となく解りました」


僕はトーン貼りを始めた。
最初は慣れなかったがすぐにコツを掴みどんどん貼っていく僕。
何時間か経ってキリコさんが声を上げる。


「さあ、後九時間だ!
みんなもうひと踏ん張りよ。
それと竜司君」


「はい」


「悪いけど買い出し行ってくれない?」


「わかりました」


そこにいるメンバーが欲しいものを書きだしてそのメモを僕に渡す。


「竜司君も欲しいものがあったら買っていいわよ。
あと領収書もらってきてね。
宛名は富樫プロで」


「はい、行ってきます」


僕は隣の部屋に戻る。
ガレアは寝ていた。


「一人で行くか……」


僕は外に出た。
十月ともなるとそろそろ風も肌寒くなっている。
僕は最寄りのコンビニに出向き言いつけられた商品を揃える。
そしてお会計。


「あ、領収書下さい。
宛名は富樫プロで」


何か自分で言っててカッコいいと思ってしまった。


大袋を手に持ち僕は外に出た。
するとまた朝に感じた視線を感じた。
まとわりつくような視線だ。
蛇のように絡みつく。
すると後ろから声が聞こえた。


「……竜司……?」


僕は観念して振り向いた。


「や……やあ、名児耶みょうじやさん、こんばんは……」


「何してるの……?」


「何って……
スタッフさんの買い出しだよ」


僕は手に提げていた大袋を杏奈に見せる。


「そう……
その様子だとまだ作業は続きそうね……」


「そうだね……
多分徹夜になるんじゃないかな?」


「そう思ってこんなの作って来たの……」


杏奈が手に提げていた紙袋を見せる。
中には三段重ねのお重が入っていた。


「これって……」


「フフフ……
BDBEで見ていたら漫画を書いているのね……
なら今日が徹夜になるのは肯けるわ……
だから精をつけてもらおうと思ってお弁当を作って来たの……」


紙袋ごと差し出す杏奈。


「……ありがとう……」


お弁当を作った動機については一抹の不安を感じるが、
作って持ってきてくれた杏奈の気持ちは普通に嬉しかった。


「じゃあ、遅くなると皆が心配するから……」


「わかったわ……
あとこのお弁当竜司以外の人にはあげないでね……」


「う、うん、わかった」


僕は杏奈と別れた。
去り際の一言が気になる。
僕は右手に杏奈のお重、左手にコンビニの大袋を持ってキリコさんの仕事場へ帰って来た。


「ただいまです」


「……おかえり竜司君。
いやに遅かったわね」


「ええ……ちょっとした知り合いに会いまして……」


僕はキリコさんに紙袋に入ったお重を見せる。


「……まあ、何かよくわかんないけどご苦労さん。
休憩入れて最後の踏ん張りよ」


「はい」


隣のリビングはガレアが寝ている為、それとは別の部屋に移動する僕ら。
丸テーブルの上にコンビニの袋を置き注文した品を配っていく。
配り終わり、紙袋からお重を出す。
お重の中身は凄かった。


三段重ねで一番下がお重いっぱいに詰め込まれた炊き込みご飯。
二段目は野菜の煮物やきんぴらなど野菜中心。
最上段はローストビーフに始まり海老や揚げ物など肉中心だ。
気力の尽き果てていたアシスタント二人と遥も驚いている。


「すげ……」


「……竜司お兄たん……
凄いねコレ……」


年のせいか疲れを隠し切れない遥が力なく聞いてくる。


「あぁ僕もびっくりしたよ」


「でも竜司お兄たん……
地元の人じゃないのにこっちに知り合いでもいるの?」


「ああ、これ持ってきたの名児耶みょうじやさんだよ」


バシッ


僕が言い終わるか終わらないかの内に遥が急に素早く動いた。
お重のおかずを食べようとしていた二人のアシスタントの箸を手で弾き飛ばしたんだ。
急の出来事で驚いた。


「き、急にどうしたの?」


「二人とも食べてないっ!?
食べてたらすぐに吐き出してっ!」


遥の目が今まで見た事無い鋭さを出していた。


「だからどうしたんだよ」


「このお重……杏奈が持ってきたって言ったわね……」


「うん……もしかして!?」


嫌な予感がした。


「ええ……
このお弁当……多分……」


僕にトーンを教えてくれたアシスタントは口に入れる寸前だったらしく大丈夫だった。
だが大さんと呼ばれていたアシスタントは遅かった。
落ちていた箸の近くに噛み千切られた海老が転がっている。
おそらく大さんが食べたんだろう。


「何……?
大丈夫だけど……」


良かった。
大さんは何ともない様だ。
そりゃそうだ。
いくら杏奈が不気味だからって言って手製の弁当に一服盛るなんて事は。
そんな事を考えていた矢先、大さんに異変が起きた。


「ふぐっ……!」


隣で大さんの嗚咽が聞こえた。
僕は隣を見た。
大さんの顔の穴と言う穴から汁やら水やらが垂れている。
涙、涎、鼻水。
身体の水分が全て抜けるのではないかという量だ。
じきに大さんは両手を広げて仰向けに倒れてしまった。


「大さん!?
ねぇっ!?
大さんしっかりしてっ!」


遥が必死に揺り動かすも完全に目を回してしまっている。


「……まいったわね。ゆりちゃん、あと大さんのカットいくつ残ってる?」


キリコさんが頭を掻いている。


「……えっと……後二カットです」


「……よし、何とかなる。
大さんのカット私がやるわ」


何となく僕が責任を感じてしまった。
あの最後の杏奈の一言をもっと気にしておけば。
深い後悔が僕を襲う。


「僕のせいですいません……」


「まったく……」


「竜司お兄たんは悪くないよっ。
悪いのは全部杏奈だからっ」


遥がフォローを入れてくれる。


「竜司君、この責任は作業で返して。
ここからトーン貼りは全部竜司君に任せるから」


「わかりました」


ここから怒涛の作業の嵐だった。


「竜司君!
四十九ページのトーン貼れた!?」


「はい!
今終わりました!」


「こっちよこして!」


「はい!」


こんな感じで作業が終わったのは午前七時半だった。


「……出来た……終わった……」


「ようやく終わった……」


すると自分の携帯からキリコさんがどこかへ電話している。


「キリコ先生……どこへ?」


「知り合いのバイク便……
いつもこの時期には人を確保してもらってるの……」


午前八時


ピンポーン


玄関の呼び鈴が来客を告げる。
おそらくバイク便だろう。
分厚くなった三つの封筒を持ってキリコさんが玄関に向かう。


「ええ……はい……
この三つ……お願いします……」


キリコさんが三つの封筒を渡して戻って来た。


「三人ともご苦労様」


「はい……ありがとうございます」


「でもまだ仕事は残ってるわよ」


そう言うキリコさん。


「どういう事ですか?」


「竜司君には売り子もやってもらうから」


「はい?」


「ホントなら大さんに任せてるんだけどね。
多分大さん体調戻らないだろうから」


キリコさんはあっけらかんと告げる。
そこをつかれると弱い。


「……わかりました。
明日何時にどこへ行けば?」


「竜司君違うわよ。
日程は明後日の一日だけよ」


「じゃあ締め切りって明日なんじゃ?」


「土曜は印刷屋休みなのよ」


納得。


「じゃあ明後日何時からどこへ?」


「場所はポートメッセ名古屋よ。
開場は十一時からだけど売り手は九時から入れるわ。
だから九時に会場まで来て」


「わかりました」


「竜司お兄たん……
明後日は私と一緒に行こっ……」


「わかった」


遥と駅で待ち合わせる約束をした。


「ガレア……帰るよ……」


【竜司おす。ハラヘッタ】


そう言えばガレアに何も食べさせてなかったな。
ここで僕は閃いた。


「ガレア……こっちにきて」


「竜司お兄たん……どこへ行くの?」


徹夜明けでフラフラの遥が僕に話しかける。


名児耶みょうじやさんのお重がある部屋です……
ガレアに食べさせようと思って……」


「待って……私も行くわ……ほらスミス」


【はるはるおはよう。
おおっ! 徹夜明けのアンニュイなはるはるもまた萌える……】


スミスの戯言は置いといて、僕ら四人は休憩を取った部屋に戻って来た。
テーブルもお重もそのままだ。
遥が叩き落した箸もそのままだ。


【おー、何か凄いのがあるな。
竜司これか?】


テーブルにあるお重を指差すガレア。


「そうだよガレア……
これ全部食べていいよ……」


【マジで!? いいの!?】


「でもちょっと待って……
一つ何でもいいから一度試しに食べてみてから……」


杏奈が一服盛ったのだろうがおそらく地球上の薬品を使っているのだろう。
それなら竜のガレアには効かないはずだと考えた。


【何だそれ。まあいいか。
じゃあこれ】


ガレアはローストビーフを一つ掴み口に入れる。


モグモグ


固唾を呑んで見守る僕。


「どう……ガレア……?」


【どうって……普通に美味いよ。
けど何か舌がピリピリするなあ】


「身体は大丈夫……?」


【身体? いや別に】


さすが竜。
人間界の薬物なんて効かないんだなあ。


「そう……
大丈夫なら良かった……
じゃあ食べていいよ……」


【いいの?
じゃあいっただきまぁす】


ガレアがムシャムシャ食べだした。
それを見ていたスミスが。


【ガレア氏ガレア氏、何やら美味そうですな。
一つ僕も御相伴に預かろうと思うのですが如何かな?
が、しかし僕の食事シーンをはるはるに見せるというのは……】


スミスが何か言っている。
ガレアは無視して食べている。
それを見越した遥が。


「スミスいいわよ……食べても」


【いいのでありますか? それでは……】


スミスも食べだした。


【あぁっ!
ガレア氏っ!
最後の海老を食べてしまわれたのですかっ!?】


【何言ってんだ早い者勝ちだろ】


そんな事を言いながら食べる手を休めないガレア。
直に二人とも食べ終わる。
僕はお重を片付け、また紙袋に戻す。


「それじゃあ明後日に……」


「あぁ、待ってるわよ」


外に出た僕はまず宿を探す事にした。
外は晴れている。
そりゃそうだ、まだ時間は九時なんだから。
朝に宿を探すというのも変な感じだなあ。
昨日も思ったが名古屋は竜河岸には寛容らしくすぐに宿は見つかった。
すぐに部屋に入った僕は風呂の準備をした。


【何だ竜司。
こんな朝から風呂か?】


「そうだよ。
僕は昨日から寝てないんだからね。
風呂に入ってとっとと寝かせてくれ」


【えー何だよー。
つまんねぇなあ】


そんな事を言ってるガレアを尻目に僕はとっとと一人で風呂に入ってしまった。
風呂から出るとまだブーたれているガレアがいる。


【なーなー竜司―。
どっかいこーよー】


「ごめんガレア……勘弁して……」


僕はベッドに俯せで倒れこんだ。
どんどん意識が遠のくのが解る。
ガレアの声も遠くなる。


【おいっ! 竜司!
じゃあ一人で行くからなっ!】


薄れゆく意識の中最後に言った言葉を吟味する余裕は僕には無くそのまま死んだように眠ってしまった。
さあ起きたらコミケだ。


###


「さあ、今日はここまで」


「ねえねえパパ?
何でアシスタントの人倒れちゃったの?」


たつにはわからないのか。
僕も歪んだ人間の考えている事なんてわからないが。


「さあ、何でだろ?
僕にも解らないなあ」


僕は言葉を濁した。


「さあ、今日はもうおやすみ……」


バタン

          

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