ドラゴンフライ

ノベルバユーザー299213

第六十五話 竜司、名古屋で蓮に会う事になる。

「やあ、こんばんは。今日も始めて行こうか」


###


どのくらい経っただろうか。僕はまだ喫茶店にいた。


「へぇ……スキルで僕の居場所をね……」


これはスキルについて聞かなければ。


「そのスキルってどんなの?」


「知りたい……? 竜司……」


「教えてくれたら嬉しいな」


「フフフ……竜司には特別……。私のスキルは背後からの熱い視線バックドアボットアイ……
対象者の背後に見えないカメラを設置するの……
映像を見るためにはシスの手助けが必要だけどね……」


凄い出歯亀スキル。
もう少し詳しく聞かないと。


「へぇ……どうやったら見れるようになるの?」


「簡単よ……対象者に触れるだけでいいの……」


しまった。
僕は昨日握手してしまった事を物凄く後悔した。


「へぇ……その凄いスキル僕も見てみたいな」


「いいわ……竜司には特別見せてあげる……シス……」


杏奈が呼びつけると後ろにいた黒と灰色の斑竜がのそりと側に来る。
今気づいたがこの竜ずっと目を瞑っている。


「見ててね……竜司」


シスの背中に両手を開きかざす杏奈。
眼は閉じている。


「呪呪呪呪呪呪……キェイッ!」


急に眼をカッと見開き奇声を上げる杏奈。
何かこの人言う事やる事全て不気味だ。


ブン


古いテレビのブラウン管がつくような音がする。
するとシスの背中に紫の渦が現れる。


「ホラ……竜司、こっちへ来て……」


僕は杏奈の方に回りシスの背中を確認。
紫の渦の中に映像が映っている。
どこかで見たような……
あぁコレ僕の後頭部だ。
大よその位置を予想し頭の後ろを両手で探る。
が、何もぶつからない。


「フフフ……竜司ったらカワイイ……
そんな事してもBDBEは取れないわよ」


「BDBE?」


「BackDoorBotEyeの略よ。
このカメラは取れないわよ」


「このカメラって固定?」


「ある程度なら動かせるわよ……ヌェイッ!」


杏奈がまた奇声を上げながら勢いよく右手を上にあげる。
このスキル絡みだと奇声を上げないといけないらしい。
その奇声と動きに呼応するように映像が上に動く。


「へ、へえ……
凄いね……
これで遥の本名とか見たの?」


「フフフ……そうよ……
あのビッチがクレジットカードを作る時に出した運転免許証でね……
見た時は私も驚いたわ」


「今遥の映像は見れるの?」


「見れないわ……
もうあのビッチを監視する必要はないし……」


「何で見れないの?」


「保持できるのは三人までなの……
保持してる人間は古い方から消えていくわ……」


僕は頭の中で杏奈のスキルをまとめてみた。


名前・背後からの熱い視線バックドアボットアイ
能力・触れた対象の背後にカメラを設置。
特徴・背後のカメラはある程度の移動可能。
おそらくズームも可能と思われる。
保持できるカメラは三台。
三台保持した状態で新しい対象に触れると一番古い保持したカメラは消える。


こんな所か。
スキルの事はこんなもので良いだろう。


「さっき気付いたけどシス……だっけ?
何で目を瞑っているの?」


「これはね……
シスの呪いの力が強すぎるのよ……」


「え……それって……」


「つまりね竜司……
シスの目は映るもの全てを呪い殺すと言われているわ……
それこそ無機物、有機物問わずね……
木々を腐らせ、大地をひび割れさせ、人間は心臓麻痺で死に至ると言われているわ……」


僕は絶句した。
知っているという事はそういう局面に遭遇したことがあるという事だ。


「……今まで開いたのは何回……?」


僕は生唾を呑みこみ聞いてみた。


「シスが私の家に来てからは一度も無いわ……」


「え……じゃあ、何で知ってるの?」


「シスを連れてきた竜から教わったわ……」


「へぇ……それはなにより……」


何か色々疑問が生まれそうだがあまり深入りするのも怖いのでスルーした。


「でも目を瞑っててよくぶつからないね」


「……シスは生まれてから目を開けた事が無いから感覚が鋭敏になっているわ……
更に魔力も使ってるからぶつかる事なんてないわよ……」


そこまで聞いた所でハッとした。
時間。
僕は時計を見た。


午前九時。


そろそろ約束の時間だ。
いや、まだ余裕はあるが早くこの場所から立ち去りたい。


名児耶みょうじやさん、そろそろ僕行かないと……」


「どこへ行くの? 竜司……」


僕は言いにくい所を頑張って言ってみた。


「遥の所……」


何か空気がピシッと張り詰めた。
杏奈がプルプル震えている。


「……何、竜司……
今私と楽しく話してるじゃない!
私を放ってあの年増の所へ行こうって言うの!?
もしかして竜司って熟女好き!?
いいえそんな事無いわ!?
未来の旦那が奥さんを放って出て行く訳ないわよねぇっ!?」


杏奈が言葉を捲し立てる。
眼は血走り、歯がガチガチ鳴っている。
これは怖い。
怖いって顔がだ。
だが僕には言い分があった。
恐怖を押し殺し僕は言った。


「ちょ、ちょっと名児耶みょうじやさん落ち着いて。
僕は何も遥が好きで向かうんじゃない。
僕が行く理由は手掛けた作業が中途半端で終わっているからだ」


「え……」


これを聞いた杏奈の震えがぴたりと止まる。


「僕は一度始めた事を中途半端で投げ出す事なんて出来ない。
それとも名児耶みょうじやさんが好きな僕ってのは中途半端で投げ出す男だったって言うのかい?」


「……それは……」


杏奈が言葉を詰まらせた。
もうひと押しだ。


「僕の未来の奥さんなら黙って見送って欲しいなあ」


この言葉を聞いた杏奈の顔がぱあっと明るくなった。


「わかったわ竜司。
そうよね……
中途半端で投げ出すなんて男らしく無いものね……
それに離れていてもBDBEでどこにいるかはわかるんだし……」


「じゃあ?」


「ええ、いってらっしゃい竜司」


僕は素早く本当に素早く手荷物をまとめ喫茶店の外に出た。


「フー……」


「浮気したら許さないわよ竜司」


「わぁっ!」


後ろから杏奈の声が聞こえた。
驚いて振り向くと杏奈が立っていた。


「じ、じゃあっ!」


僕は走って逃げた。


【おい待てよ竜司―。今日は走ってばっかだな】


ようやく杏奈と別れ、ガレアと二人きりになった。


【なあなあ竜司。
お前あの気持ち悪い女とケッコンするのか?】


「するわけないだろガレア」


【え? でも旦那とか奥さんとか言ってたじゃん?
それってケッコンしたらそうなるってTVでやってたぞ】


「ウソだよウソ。
あの場から立ち去りたいから言ったに決まってるじゃん」


【あんな気持ち悪いのぶっ飛ばせば良いじゃん】


さすが竜のガレア。
女とかは関係ないんだな。


「さすがに女の人は殴れないよ」


【何で?】


「竜と違って男は女を殴っちゃダメなの。
女の人はか弱いんだから」


杏奈はか弱いだろうか?
幸薄そうではあるが何となく当てはまらないような気がした。
その考えはガレアも同じだった。


【あの女か弱いか? 裏返しで走れる奴だぞ?】


ガレアはライブハウスでの一件を言っているんだろう。
確かにガレアの仰る通り。
だけど僕は強引に押し通した。


「そうかも知れないけど人間ってそういうものなの!」


【ふぅん】


ガレアは何となく釈然としない感じだ。
そんなこんなで僕らはまたキリコさんの仕事場に辿り着いた。


「おはようございます」


「あぁ竜司君おはよう……」


キリコさんは徹夜なのか声に力が無い。


「あっ! 竜司お兄たんっ! おはようっ!」


既に作業に入ってる遥が元気な声を僕にかける。
ナリは幼女。
だが四十二歳。
どう見ても信じられん。
名前も権藤房代ごんどうふさよ


「何ボーっとしてるのっ!
お兄たんっ!
原稿溜まってるんだから早く作業に入って」


「あ、はい。
じゃあガレアまた隣の部屋で待ってて」


【はいよう】


僕はガレアを隣の部屋に残し作業に入った。
その日もずっとベタを塗っていた。
すぐに夜は更けた。


「はい……OK。
竜司君あがって良いわよ……」


「あの……キリコ先生……」


「……何?」


キリコさんはかなり疲れているようだったが肝心な事を聞いてなかったため聞いてみた。


「締め切りっていつなんですか?」


「明日」


「えっ!? 明日ですか!?」


「そりゃそうよコミカライブ今週の土曜からなんだから……
正確には明後日の九時まで……」


今日は水曜。
なるほど金曜の九時までか。


「ギリギリじゃないですか……」


「いつもこうなのよっ。キリちゃんは」


遥はそんな事を言いながらペンを走らせる。


「遥さんうるさいっ。
いつも締め切りには間に合っているじゃない」


「締め切りは解りました。
明日は何時に来たらいいですか?」


「明日は八時に来て。
あと明日は帰れるかどうかわからないから」


「解りました」


僕はキリコさんの部屋を後にした。
今日もかなり疲れた。
明日はどうなるんだろう。
まさか名古屋で締め切り直前の漫画家の仕事を手伝う事になるなんて。
アニメや漫画でしか見た事が無いが本当に戦場らしい。


僕は適当に近い所で宿を決めた。
名古屋は四日市のような竜河岸排斥は無いらしく宿はすぐに決まった。
その日はすぐに眠ってしまった。


翌日


その日の朝ホテルから出ると今日はアンナは居なかった。
やはり早朝だからだろうか。
と、思ったら来た。
またまとわりつくような視線。
絡みつく蛇のような視線。


「竜司おはよう……」


今回はきちんと対応する事に決めた。


「や、やあ……
おはよう名児耶みょうじやさん……
この時間に僕が出るってよく解ったね……」


「昨日BDBEで見てたら竜司ホテルに着いたらすぐに寝てしまったから……
明日は早いのかなって……」


「へ、へぇ……何時から待ってたの……?」


「朝の五時よ」


二時間も入口で待ってたのか。


「……締め切りは明日って言ってたから今日は多分最後の作業になると思う……
泊まる事になるかも知れない。
だから……」


「わかってるわ……
何も言わないで……
竜司頑張ってね……
締め切りが明日って事は週末のコミカライブに出すのね……
なら竜司コミカライブで会えるわね……
フフフ」


「え……? 何で?」


「コスプレイヤーとして出るの……」


「そ、そう……
あ、そろそろ時間だ。
じゃあ行ってきます……」


「いってらっしゃい竜司……」


僕はなるべく早足でその場から離れた。
ようやくガレアと二人きりになった僕。


PURURURU


僕の電話が着信を告げる。
僕はおもむろに電話のディスプレイを見る。


新崎蓮しんざきれん


僕は焦ってスマホを落としそうになってしまった。
僕は電話に出た。


「も……もしもし……?」


「もしもし……竜司?
久しぶり」


「うん、久しぶり……」


「旅はどう? 順調?」


「何とかね……
でもどうしたの?
急に突然……」


「……電話しちゃ迷惑だった……?」


「いっいやっ!
そんな事無いよっ!
何ていうかタイミングが良すぎてビックリしただけで……」


「タイミング?」


「うん……
今名古屋なんだけど、そこで妙な竜河岸と知り合ってね……
さっきも絡まれてちょっとテンション下がってた所だよ……」


「そうなんだ大変ね」


「そうなんだよ……
旦那さんとか言われて大変だったよ……
だから蓮の電話は……」


僕の発言に蓮が被せてきた。


「その知り合った竜河岸って女の子?」


「女の子……?
まあそういえばそうかな?」


「……私も名古屋に行く……」


「え……?」


「ちょうど母さんが帰国して学会が名古屋であるって言ってたからそれについてく」


「ちょっと待って急にどうしたの?」


「何よっ
竜司は私が名古屋に行くの迷惑だっていうの?」


「そうじゃないけど」


「べべっ……
別に勘違いしないでよネッ!
別に竜司に新しい女の子の気配がするから気になるとかじゃないんだからねっ!
たまたま母さんの学会があるから……
ホントたまたまなんだからねっ!」


蓮がツンデレている。可愛い。


「いや、嬉しいよ。それでお母さんの学会っていつなの?」


「来週の月曜にそっちに行くわ」


「わかった待ってるよ」


「うん、じゃあ……」


僕は電話を切った。
来週蓮が来る。


###


「はい、今日はここまで」


「パパー? 蓮ってあの大阪の?」


「そうだよ、それで名古屋は大変だったんだから……」


「ふうん」


「じゃあ今日はもうお休み……」


バタン

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