ドラゴンフライ

ノベルバユーザー299213

第六十二話 竜司、ライブハウスでヤンデレに出会う

「やあ、こんばんは。今日も始めて行こうかな?」


###


中に入ると真っ暗で照明はステージのみ照らしていた。


(イェーーー)


若手ロックバンドみたいなのが演奏していた。
お世辞にもあまり歌は上手くない。
しかしライブハウスと言う所に初めて入ったが、物凄い音だ。身体の奥の奥まで届くようなそんな重低音が身体全体に染みていく。
その音で若手ロックバンドの下手さをカバーしているようだった。
曲が終わり、ボーカルのMCが始まった。


(えー、僕ら「始まりの終わり」ですが、この度メジャーデビューが決まりました)


何でもこの若手ロックバンドはベイネックスからデビューするそうだ。
ベイネックスというのは売れている歌手を何人も抱えている有名なレコード会社だ。


(これからも応援よろしくお願いします!
それでは「始まりの終わり」でした!
ありがとう!)


そのロックバンドは舞台袖へ消えて行った。
すると薄明るい照明が灯り、会場を照らした。
なるほど演者が交代する時間は一応少し明るくなるのか。
ようやく周りが把握できる。
お客さんは二十人から二十五人。
そこで目立ったのがピンクの羽織を羽織り、頭に同色の鉢巻をしている一番前の集団だ。
その背中には夢野遥応援騎士団と書いてある。
同じ所に興味が行ったのかガレアが聞いて来た。


【なあなあ竜司。
前のアレ何だ? 何て書いてあるんだ?】


「ああ、あれはね“ゆめのはるかおうえんきしだん”って書いてあるんだよ」


【騎士?
騎士ってあれだろ?
剣持ってオリャーってやつだろ?
あいつら戦いに来たのか?】


「うーん……何だろ?
ある種戦いとも言えなくはないけど、多分血生臭いのではなくて応援しに来たんじゃない?」


【ふうん、よくわかんね】


前方の集団はいわゆるアイドルオタと言う人種だろう。
右から左まで大柄や物凄く痩せていたり体型が極端だ。
全員を見たわけではないがおおよそ僕より年上だろう。
というより中年もいる。
仕事はどうした。


「ねえスミス……だったっけ?
遥の出番はいつなの?」


【今から二番目だと思われ。
というかサラッと我らがはるはるを呼び捨てにしましたな竜司氏】


あ、まずい。
僕はそう思った。
たまらずフォローを入れる。


「は……はるはる頑張ってくれるといいね……」


【当然だろ常考】


そんなやり取りをしていると辺りが暗くなる。
次の演者が出てくるのだろう。
出てきた。
女性ソロシンガーだ。
しかも黒と灰色の斑模様の竜を連れている。
そしてその女性は正面のキーボードの前に座る。
初めて女性の正面を見て絶句した。
白いロングワンピースを着ているのだが胸元が真っ赤だった。


「皆さんこんにちは。
これは私の血ですけど気にしないで下さい」


か細い声でその女性がそう言うがそれは無理だろ。
黒いロングヘア―で先がウィービングしている。
もの凄くスレンダーな体型で、氷織なんか比べ物ならないぐらい薄幸そうだ。


「おや?
竜河岸の方もおられるようで初めまして。
わたし名児耶杏奈みょうじやあんなと言います。
できれば覚えて帰ってください……
では一曲目……呪殺」


え? 何て? 今呪殺って言ったか!?


「私がー♪
乱暴されたのはー
十四歳の春だったー♪」


暗い。
何だこれ?
物凄く暗い歌だ!
この一曲目は要するに乱暴された女性が呪いを覚えて相手を呪い殺し腸を月夜に掲げるという歌だった。
物凄くテンションが下がる僕。


「……はいありがとうございました。
続いての曲は……聞いて下さい……
藁で紡ぐ人形……シスお願い」


また暗そうな曲だ。
すると黒と灰色の斑竜が立てかけてあった大きい木の板に藁人形を押さえつけ、五寸釘を打ち出した。


コォーン コォーン


「あのー人はー♪
逝ってしまったー♪」


また暗い曲だ。
この曲は別の女と浮気していた男に毎夜藁人形に呪いを込めて殺すという曲だった。
後ろの斑竜はずっと藁人形を打ち付けていた。
さっきといいこの曲と言い呪いがよく出てくるなあ。
この人の曲は需要があるのだろうか?
不思議に思えてくる。
またテンションが下がる。


「ありがとうございました……
続いて最後の曲……
新曲です。ハッピーカースバレンタイン」


おや?
最後の曲は少し明るい曲かな?
と思ったら大間違いだった。
要するにバレンタインチョコに惚れ薬を入れようとするが間違って猛毒を盛ってしまい意中の人を殺し、腸を月夜に掲げるという曲だった。
後で調べてみるとカースと言うのは英語で呪いと言う意味だったよ。


「ではありがとうございました……
名児耶杏奈みょうじやあんなとシスがお送りしました」


杏奈とその竜が舞台袖に消えて行った。
また薄明るい照明が灯る。


「はぁ……ガレア?」


たまらずガレアの方を見る。


【はぁ……何だこの歌。
わからん言葉ばっかりだったけど何かスッゲー暗いのは解った】


ガレアも同じ反応で良かった。
また照明が徐々に暗くなる。


【さあ、竜司氏。
いよいよはるはるの出番ですぞ!】


「あぁそうだね……え?」


スミスを見たら前方の集団と同じ羽織と鉢巻をしていた。


「何それ?」


【何って……
そりゃ僕は遥応援騎士団団長だからに決まってるだろ常考】


スミスはあっけらかんと答える。
だんだんスミスのちょくちょく使う常考って言葉に少しイラッとし始める僕。
僕を押しのけて前に出るスミス。
前方の集団が口々に声を上げる。


(団長!)


「よしお前ら今日も行くぞ!
気合い入れろやぁぁぁ!」


(おぉぉ! 行くぞぉ!)


何か前方で叫んでいる。
あれ? スミス日本語話してなかったか?
まあいいや。
ガレアの反応が移ったのか何となく僕もスミスに関して淡泊になりがちだ。
程なくして舞台袖から遥が出てきた。同時に前方の集団が騒ぎ出した。


(うぉぉぉっ! はるはるーっ!)


【はるはるーっ!
ホッ!
ホァーッ!
ホァァァァーッ!】


スミスどうした?


遥はフリフリのピンクのミニスカートに不思議の国のアリスのような青い衣装を着ていた。


「みんなーっ! 元気してるーっ!?」


遥がマイクに叫ぶ。


(元気―っ!)


「さぁっ! さっそく行ってみよーっ! FUNNY SUNSHINEっ!」


(FUNNY SUNSHINEキターッ!)


さっきの杏奈さんとはうって変わってポジティブな曲だった。
夢に向かって行く女の子がいつも太陽のように輝きたいって内容の曲だった。
一曲目終了。
少し気分が軽くなった。
ガレアを見ると何かよくわからなそうな顔をしていた。
前方の集団の集団のみ物凄い盛り上がりを見せているが、他の客は割と冷めていた。


「やっぱり一曲目はこれだよねっ!
さあ二曲目はこれっ!
FALL SUNSETっ!」


英訳すると秋の夕焼け。
二曲目はミディアムテンポの曲。
みんな黙って聞いている。
と思ったら違った。
中心にいるスミスを皮切りに何か動き始めた。
右上、左下。手を叩きながら動いている。
もしかして踊っているのだろうか?
しかし聞いているがそれ程歌は上手くない。
が、遥自身の持っているオーラと言うかキャラと言うかそれでそこそこ見れる仕上がりになっている。
二曲目終了。


「続いて最後の曲っ! 爆裂太陽神っ!」


変なタイトルの曲だなあ。
が、この曲の時のスミスを初め応援騎士団の動きが半端無かった。
何がって動きが速いんだ。
左、右と素早い動き。
しかも全員が一糸乱れぬ動きだ。
何か怖い。
この曲は一番アップテンポな曲だ。
これがオタ芸と言うものか。
初めて見たが凄い世界だ。
三曲目終了。


「はいっ!
今日のライブはこれまでだけど、皆さんに嬉しい告知がありまーすっ。
今年のコミカライブ私もコスプレイヤーとして参加しまーすっ!
って毎年じゃんってツッコミは無しでねっ!
みんな来てねーっ!」


舞台袖に消えていく遥。


(ブー 今日の公演は終了しました)


ようやく終わったか。


(団長! 乙です!)


「乙―。今日もはるはる良かったな」


(モチロンっすよ団長。
それじゃあ僕らはこれで)


応援騎士団はそそくさと日常に戻って行った。
さて僕らも出よう。
外に出ると遥がステージ衣装でスタッフと話している。


「あっ竜司お兄たんっ! どうだった?」


遥は笑いながらこちらに寄って来た。


「あぁアイドルって本当だったんだね。
凄かったよ色々な意味で」


僕は正直な感想を述べた。


「でしょっ?
もっともっと有名になっていつかは武道館で単独ライブやってやるんだからっ!」


確かに歌はそんなに上手くない。
が、この子のライブでのオーラならもしかしたらもしかするかも。


「じゃあ、私着替えてくるねっ!」


【ハアハア。はるはるの着替えシーン……ハァハァ】


スミスが何か言ってる。
とりあえず着替えが終わるまで待つことに。
すると二番目に歌った人が竜を従えて出てきた。


「あら……?」


僕とガレアに気付いたらしく僕らの方に来た。
ステージでは血の衣装に気を取られて気がつかなかったが結構整った顔立ちをしている。
可愛いというか美人の部類に入る。
深窓の麗人そんなイメージだ。
毛先がウィービングしている長い黒髪がよく似あっている。


「……さっきはごめんね……」


声が小さくてよく聞き取れなかったが今僕に謝ったのか?


「え? 何の事ですか?」


「……さっきステージであなたの事取り上げて……」


そういえばそうだった。


「あっいえ……」


「フフ……改めてよろしく。
私は名児耶杏奈みようじやあんな 十七歳 竜河岸よ。
こっちは呪竜のシス……。
本名はシルバート・スヴァンシス」


手を差し出す杏奈。
握手に僕も応じた。


「あ……よろしくお願いします。
皇竜司すめらぎりゅうじ 十四歳 竜河岸です。
こっちは翼竜のガレア。本名はガ・レルルー・ア」


「年下なんだ……
それにしては大人びた感じがするわね……」


宗次さんにも言われたがそんなに老けているのかな?


「そうですか?」


僕は顎をさすりながら聞いてみる。
あまり嬉しくなさそうなのを察知したのかすかさずフォローを入れる。


「いやっあのね!
大人びているというのは外見とかそういう意味じゃ無くて。
竜司の放っているオーラが大人の雰囲気なのっ。
最近では草食男子とか言う親離れが出来ない子供な大人が多い中それだけの空気を纏えるという事は濃密な人生を送って来たって証にもなると思うの。
そんな貴方と知り合えた事を物凄く嬉しく思うし、これって運命……うんたらかんたら」


何かすさまじい勢いと量のフォローが来た。
しかもさらっと僕をもう名前で呼んでいる。
深窓の麗人。
前言撤回。この人やはりヤバい人なんじゃないか?


「ちょ、ちょっと待って。
わかりました、わかりましたから。
そんなに気にしてないですし良いですよ」


「フフッ。竜司ったら照れちゃってカワイイ」


特に照れているわけではないのだが。
何かこの勘違いぶりも怖い。


「それで呪竜って言うのは……?」


「……竜司、気になる……?」


もうこの際名前で呼ぶのはスルーしよう。


「はい、聞いた事無いので」


僕は正直に答えた。


「フフフ……竜司には教えてあげる。
呪竜って言うのはね相手を呪い殺す事が出来るのよ」


「え……?」


引いた。
思い切り引いた。
今まで催眠をかける竜や地震を起こす竜とか色々見たが“殺す”という言葉がでてくるのは初めてだったから。
するとまた空気を察知したのかフォローを入れる杏奈。


「違うのよっ竜司!
聞いて!
私は別に大量殺人者なんかじゃ無い。
もちろん愚かな愚民どもはいっぺん死なないとわからないとか思ったりするけど、そんな事をして人生を棒に振るのは愚かな事よ。
普通に暮らしていれば今日未来の旦那様に出会う事も出来るんだから……うんたらかんたら」


もう嫌だこの人。
多分今日出会った旦那様って僕の事だろうか?
確定。
この人はヤバい人だ。


「わ、わかりました。
別にそんな風には思ってませんから安心して、落ち着いて下さい」


「そう……良かった」


杏奈は薄く笑う。
この性格を知らなければ美しくも見えたのだろうが今となってはただ怖い。
しかも話を要約するとおそらくその呪いは複数の人を同時に巻き込めるんだろう。


「その竜の名前もシスって。
二文字は珍しいね。
ガレア知ってる?」


【確かむかーしむかし母ちゃんに聞いたような……
昔からの竜の一族が名前が二つって言ってたような。
んで隠れて暮らしてて普通の竜とは絡まないんだと。
何でも一番古い竜の一族とか】


なるほどそういう事ね。
そんな話をしていると遥が中から出てきた。
遥の姿を見た杏奈の空気が変わった。


「竜司お兄たんっ! おまたせー」


「チッ」


杏奈の舌打ちを僕は聞き逃さなかった。


「杏奈。
アンタの歌、相変わらず暗いのよ」


遥が突っかかる。
止めておいてほしかった。


「遥こそ何あの衣装?
童貞の愚民どもにパンチラ拝ませようと必死ね」


「そんな事言ってもアンタのファンなんか誰も来ていないじゃない」


「チッ」


杏奈舌打ち二回目。


「さっ竜司お兄たん。
そんな奴ほっといて行こっ!」


僕の手を握り遥が歩き出す。
もしかしてこれは……僕は嫌な予感がした。
しかし現実は僕の予想を上回った。


「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!
リュージの手ェェェェェェェェ!」


物凄い金切り声と共に杏奈が遥に飛び掛かった。
遥ともつれて倒れこむ二人。


【はるはるに手を出すなぁっ!】


スミスが杏奈を引きはがし地面に叩きつける。
そこから更に僕の予想を上回る。
仰向けになった杏奈はしばらく動かない。
と思ったら顔を遥の方に向け仰向け状態で起き上がった。
いわゆるブリッジ状態。
その状態でゴキブリの様にカサカサまた遥に向かう。
意外にスピードが速い。
これは怖い。
カサカサ遥に向かいながら叫ぶ杏奈。


「このビッチ年増がァァァァァァァァァッ!」


「竜司お兄たんっ! 早く外へ逃げてっ!」


「わかった!
ガレア行くよ!」


僕らは必死に外へ出た。


###


「さあ今日はここまで」


「パパ……」


たつのテンションが低い。
杏奈の話でちょっと怖がらせすぎたかな?


「この杏奈って人……怖い」


そりゃそうだ。


「もうここにはいないから安心して……じゃあおやすみ……」


バタン


          

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