ドラゴンフライ

ノベルバユーザー299213

第六十話 竜司、夢で兄と相対す

「こんばんは、今日も始めて行こうか」


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夢を見ていた。
空気そらきのスキル幻惑夢ベウィッチングドリームの影響だろうか。
周りは暗く、僕は空を飛んでいるような浮遊感に包まれていた。
そして前のぼんやりとした光の中に祖父がいる。
僕は祖父と向かい合っていた。


「何だよ……また出て来て何か言いたい事でもあるの?」


祖父はいつもの冷たい目をして僕を見る。
特に何も言わない。
あの横浜事件からずっと僕に向けていた目だ。


「何なんだよ! 何か言えよ!」


祖父が横を向く。
すると同じようなぼんやりとした光がもう一つ。
その中には見慣れた男が立っていた。


「ご……豪輝ごうき兄さん……」


茶色い髪で横はツーブロック。
前髪はアシンメトリーカット。
短い眉に少し垂れた大きな眼。少し黒いその肌。
間違いない豪気兄さんだ。


皇豪輝すめらぎごうき 二十四歳
警視庁特別竜機動隊本部長。
警視庁の花形役職に就く。


現れた豪輝兄さんはいつもの警察の制服で現れた。
すると祖父の顔がさっきとはうって変わってほころんだ。


「おお、豪輝。お前は素晴らしい。これからも精進せいよ」


「はっ! ありがとうございます!」


豪輝ごうき兄さんは祖父に向かって敬礼をする。
そして僕の方を見る。


「竜司……何で家出なんかしたんだ?」


豪輝ごうき兄さんにはわからないよっ!
スポーツも勉強も出来ていつもトップを走って来た兄さんにはねっ!」


吐き捨てるように言った僕を見て豪輝ごうき兄さんは少し悲しそうな顔をした。
豪輝ごうき兄さんは完璧過ぎるのだ。
昔から何をやっても失敗するのは僕で豪輝ごうき兄さんだけが成功する。
そんな兄さんが本当に憧れで眩しかった。
横浜事件を起こして落ちこぼれ逃げるように家を出た僕とは雲梯の差だ。


「竜司……お前は期待されていたんだぞ……
名前に竜の文字を入れてもらう程にっ……」


そう言うと豪輝ごうき兄さんはブルブル震え出し、拳を振り上げる。


「ご……豪輝ごうき兄さん……?」


「それに引き換え! 何だ俺の名前は!?
何だ豪輝ごうきって!
たかが名前と笑うなら笑えばいい!
だがな!?
親の期待値がそのまま反映される名前ってのは俺にとっちゃあ重要なんだよぉぉ!」


「で、でも豪輝ごうき兄さんは何でもできたじゃない?
それに引き換え僕は失敗ばかりで……」


僕はたまらずフォローを入れる。


「あぁっ!?
俺が何でも出来てたって?
そりゃそうだ!
竜司が失敗するように俺が細工したからなぁっ!
何でかって!?
そりゃ俺を引き立たせるために決まってるだろうがぁっ!」


「へ……」


僕は絶句した。


「でもそんな事をしても意味ねぇんだよっ!
名前はずっとついてまわるしなっ!
正直お前が落ちこぼれて一番嬉しかったのは誰だと思う!?
この俺だ!
ハァーッハッハッハッハ!」


「嘘だ――――――――!」


ここで僕は目が覚めた。
僕は大きなベッドに寝ていた。
見慣れた天井、駆流の家だ。
僕は半身を起こし少し考えてみた。
頭がぼんやりする。魔力注入インジェクトの影響だろうか。
こういう時は一から認識していくのが良い。
僕は誰だ? 皇竜司すめらぎりゅうじだ。
ここはどこだ? 三重県で僕の弟分の中院駆流なかのいんかけるの家だ。
よし大丈夫だ。
そしてさっきの悪夢を思い出していた。


豪輝ごうき兄さん……」


本当に豪輝ごうき兄さんはあんな事を考えていたのだろうか?
実際に会って聞いてみないと駄目なのかも知れない。
僕は兄さんに今いる場所だけ淡々とメールは送っていた。
返信はあったのかも知れないが家族の着信関連はすべて拒否にしているためわからない。
ただ金の振り込みは定期的にされているみたいだった。


僕は周りを見た。
今気づいたが辺りは夜だった。
上の時計を見上げる。
午後八時に差し掛かる所だ。


「そう言えばレースはどうなったんだろう?」


僕は下に向かう事にした。
起き上がる。
物凄く体がだるい。
魔力注入インジェクトの影響か?
もしくは音速を超えたガレアの影響か?
わからないが物凄く体がだるい。
僕はヨタヨタと歩き出す。
扉を開け外へ。


何やら下が明るい。
僕はおぼつかない足で一段一段階段を降りる。
少し声も聞こえる。
かなりの人数がいるようだ。
時間をかけてようやく下に降りる。


「……もしかして……」


こんな事は今までもあった。
僕が倒れて目覚めた時と言うのは決まって……。
僕はF1の置いてある部屋の扉に手をかけ開ける。


【よっほっは】


はい出ましたガレアの宴会芸。
またビール瓶が宙を舞っている。
僕はガレアの順応性の凄さにただただ驚き、手で顔を塞ぐ。


「ガレア……」


「あっ! ひゅーひー(竜兄りゅうにぃ)!」


チキンを頬張りながら駆流がこちらに駆け寄ってくる。


竜兄りゅうにぃ! モグモグ……! ようやく……モグモグ……目覚めたん……モグモグ」


「駆流……落ち着いて。
ゆっくり食べてからでいいよ」


僕がそう言うと駆流の咀嚼が速くなった。
膝を曲げ、屈み、そして一気にチキンを呑みこむ。


「っぷほぅ! あーうめぇ。
竜兄りゅうにぃ目覚めたんだなっ!?」


「あぁ、何とかね。
僕はどれぐらい寝てたんだ?」


「えーと、一週間ぐらいかな?」


僕は絶句した。


「いっ……一週間!? ホントに!?」


「ホントだぜ。
マジでこのまま目覚めねぇんじゃないかって心配したんだぜ竜兄りゅうにぃ


「そうか心配かけたね。それでこれは……?」


僕は辺りを見回して尋ねる。
大リビングにいくつも長机があり綺麗なクロスが上に敷かれている。
机の上には様々な御馳走が並べられている。
出席者も多数いる。華穏、
マッハはもちろんモブやその関連の人だろうか総勢二、三十人と言った所か。


「これか?
父さんがシンガポールGP優勝して帰国したんだよ! その祝賀パーティだよ」


僕はハッと思い出した。


「そうだ!
僕らのレースはどうなったんだ!?
勝敗は!?」


駆流は白い歯を見せてニコッと笑い、親指を立てて上を指す。
高い天井の横断幕にはこう書かれていた。


中院宗次シンガポールGP優勝&駆流D1GP優勝記念祝賀パーティ


「そっか……負けちゃったかー……」


僕は天井を見上げる。


「あ!?
でもな!?
ホント僅差だったんだよ!
まさか竜兄りゅうにぃがスリップストリームを仕掛けてくるとは思わなかったしな!」


おそらく二十五周目の事を言ってるんだろう。
漫画で得た知識なんだけどな。


「僕もあれで駆流を抜いて優勝気分だったからね。
最終コーナーで後ろから駆流の声が聞こえた時はゾッとしたよ」


「へへへ、だって俺もマッハも本気だもんよ!
あのままじゃ終わらねぇよ!」


駆流は嬉しそうだ。
僕はレースの事を思い出していた。


「そういや、茂部三兄弟はどうなったの?」


「三人とも入院中だよ。
三人とも精神と体がやられちゃったんだってさ」


冷静に考えると迷わず魔力閃光アステショット撃ったけど可哀想だったかなと少し反省。


「そう言えば空気はマッハの衝撃波ソニックブームに巻き込まれたんだったね」


衝撃波ソニックブーム
竜兄りゅうにぃ何それ?」


駆流キョトン顔。


「多分マッハは文字通り音速を超えたと思うよ。
乗ってる時急に寒くなったりしなかった?」


「あーあー! あったあった!」


僕はベイパーコーンなどの説明を駆流にしてやった。
駆流はフンフン頷いている。


「じゃあ、僕はそろそろ色々な人に挨拶してこようかな?」


「そうか? じゃあ俺は父さんの所へ行ってくる!
後で竜兄りゅうにぃにも紹介するからな!」


そう言って駆流は走って行った。
いつでも元気だな駆流は。
僕はよろよろ歩いて行った。
とそこに給仕役に大忙しのシバタさんが声をかけてきた。


(あ、竜司さんお目覚めですか?
床ずれとかしてませんか? あ、これどうぞドリンクです)


「ありがとうございます。大丈夫です」


僕はまずモブの所へ行った。


「モブさん」


「OH―! リュージ! 起キタンデースネー。
オ身体ダイジョーブデースカー?」


「何とか……それより鈴鹿サーキットは大丈夫だったんですか?」


僕は竜がめちゃくちゃにしてしまった鈴鹿サーキットを心配した。
それを聞いた途端ズーンと暗くなるモブの顔。


「アァ……ソレネ……修繕費七千億トラレタヨ……」


あまりの額の大きさに僕は黙ってしまった。
ドルか円か怖くて聞けない。


「何か……すみません……」


「ダイジョーブデース!
オカゲで凄イ絵がトレマーシタ!
コノ映像はスゴーイデスヨー!」


ぱぁっと明るくなるモブ。
願わくばその映像を使って収益を上げて頂きたいものだ。


「では次に行ってきます」


「ハーイ」


僕はモブに別れを告げ華穏の所へ向かった。
華穏は黄色いドレスに身を纏いきちんとしていた。
僕に気付きくるっと振り向く華穏。


「あっ!? すめらぎさん!
起きたんですか!?」


「あぁ心配かけたね。
華穏ちゃんこそ大丈夫だった?」


僕は観覧席に居たであろう華穏の身体を心配した。
観覧席と言えばガレアの衝撃波ソニックブームでボロボロになっていたのだから。


「大丈夫です。
始まった直後にモブさんに連れられてコースの外の施設に入ってましたから。
ずっとモニターでレースは見てました。
それより……このドレス変じゃありません……?」


華穏が僕の前でくるんと回る。


「いいや、凄く可愛いと思うよ」


「そうですか!? ありがとうございます!」


そこへガレアが来て


【そきょにいりゅのは竜司じゃないきゃ!?】


「ガレア……ごめんね負けちゃった」


【全くですよ!
竜司がかちゅって言うからね!
俺は頑張って頑張って……】


そう言いながら肩を組んでくるガレア。
何か今日は絡み酒だ。
所々敬語も混ざっている。
ええいうっとおしい。


「だから謝っているだろ」


【竜司君! にゃんですか!?
その態度は!? この一番の功労者に向かって!】


「わかったよ。じゃあ何をしたらいい?」


【ばかうけ買ってくれ】


「わかった。また買ってやるから」


【フー……フー……あっ!?
そきょにいりゅのはマクベス君じゃないきゃ!
あーそーぼー!】


そう言って少し離れたマッハに絡みだした。


【ガレアー、やめてよう】


ガレアはマッハの頭をグリグリする。


竜兄りゅうにぃ!」


後ろで駆流の声がする。
振り向くと中院一家が勢揃いしていた。


竜兄りゅうにぃ! 紹介するぜ! 俺の父さんだ!」


黒いスーツに身を包んだ男性が立っている。
茶色い髪は今日はオールバックにまとめている。
身長は僕より少し背が高いぐらいだ。
色黒の肌はメールで見たまんまだ。


「やぁ! 君が皇竜司すめらぎりゅうじ君かい!?」


宗次さんは通る声で僕に語りかける。


「はいそうです」


僕の返答を聞いた宗次さんは急に僕をハグして来た。


「ハッハッハ! 聞いてるぞ!
竜司君! 駆流のメールで兄貴が出来たってあったからビックリしてな!
あれ? 俺行く前に麗子に仕込んだかな?
とか勘違いしちまった!」


「嫌ですわ。宗次さんたら……」


麗子さんは頬を赤らめて照れている。
僕は宗次さんの強烈なハグから身を離し、姿勢を正して挨拶をした。


「では改めて……皇竜司すめらぎりゅうじ 十四歳 竜河岸です。
今は……駆流の家庭教師をやっています」


宗次さんは黒い顎に手をやりながら


「君は十四歳か? それにしては凄く大人びた空気を纏っているなあ。では、俺も……」


宗次さんも姿勢を正す。
眼もキリッとなり、空気がピンとなる。


中院宗次なかのいんそうじ! 三十七歳 元竜河岸だ!
F1レーサーで世界最速の男と呼ばれている」


そう言って手を差し出す。
僕は世界最速の男と握手をした。
手を離した僕と宗次さんは少し話をした。
宗次さんは以前の動画メールで見たまんまの気さくな人物だった。
一週間ほどオフでその後アメリカグランプリに向けて調整に入るそうだ。
やはり一流レーサーは大忙しだなあ。


宴会も進み、ガレアや宗次さん、モブは酔い潰れて寝てしまっていた。
僕は椅子に座ってドリンクを飲んでいると駆流が側に来た。


竜兄りゅうにぃ、俺の父さんどうだった?」


「ああ、メールのまんまで笑いそうになったよ。
でも自己紹介の時のキリッとした感じは流石世界最速の男って感じだったよ」


「父さんも竜兄りゅうにぃを誉めてた。
竜司君はおそらく大人物になるって言ってたぜ」


「ホントに……?」


こんな引き籠もりの落ちこぼれが? って続けようとしたが止めた。
兄貴分の変なプライドと言うのか出来れば駆流には僕の影の部分を知らずにいてほしい。


「そっか……僕が大人物になれたら凄いね。
だって弟分は二代目世界最速の男でその兄貴分が大人物なんて」


これを聞いた駆流はゆるゆるに顔をほころばせた。


竜兄りゅうにぃ……あったりまえじゃん!
俺ら兄弟は最強だぜ!」


白い歯を見せ駆流が満面の笑みでサムズアップ。
ここで僕が決めていた事を駆流に告げる事にした。


「さて……駆流」


「何だ? 竜兄りゅうにぃ


「僕らは明日三重を出発するよ」


「えっ……?」


駆流が驚いている。


「ごめんね。
僕はどうしても横浜に行かないと駄目だから」


僕は真っ直ぐ駆流を見た。
僕の目を見て本気だと察したのか理解してくれた。


「そうか……竜兄りゅうにぃはそういえば旅人だったもんな。
横浜に何か重要な事があるんだろ?」


「重要……そうだね」


「それなら俺は見送るよ。
でもさ竜兄りゅうにぃ横浜の用事が終わったらまた三重にも寄ってくれよ!?」


「あぁ、それは約束する。
何せ駆流は僕の弟分だからね」


僕と駆流は笑い合ってその日は終わった。


翌日


一週間寝て、昨日栄養を取ったせいか起きると普通に歩ける所まで回復していた。
手早く準備を済ませ下に降りる。
下にブレザーを着た駆流が居た。


竜兄りゅうにぃ、寝坊。
もう華穏は外で待ってるぜ」


「麗子さんと宗次さんは?」


「母さんはもう仕事行っちまった。
父さんはまだ寝てるよ」


「そうか……じゃあしょうがないな。
二人によろしく伝えてくれ」


「わかったよ」


外に出ると華穏が待っていた。


すめらぎさん、おはようございます」


「おはよう華穏ちゃん、突然だけど僕は今日三重を発つよ」


「そうなんですか!?
確か横浜って行ってましたよね? お気を付けて。
本当に色々お世話になりました」


華穏がぺこりと頭を下げる。


「僕も色々面倒をかけた。駆流をよろしくね」


「わかりました。任せて下さい」


華穏が張り切る


「何言ってんだよ竜兄りゅうにぃ
こんな奴の世話なんかになるかよ」


「何ですってぇ!?」


この朝のやり取りも見納めと思うと寂しさもある。
だが僕は行かないと。


「フフ、二人とも元気でね」


「あぁ! 竜兄りゅうにい! また会おうぜ!」


すめらぎさん! いってらっしゃい!」


「あぁ! 行ってくる!」


僕とガレアは三重を後にした。


###


「はい、今日はここまで」


「パパー、パパのお兄ちゃんって嫌な人なの?」


「いや、豪輝兄さんは人間的には良い人だったよ……
でもね……
この話はたつがもう少し大人になったらしてあげるよ。
さあ、今日はもうお休み……」


バタン

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