ドラゴンフライ

ノベルバユーザー299213

第三十一話 天才美少女竜河岸

「やあ、こんばんは。昨日は……
そうそう氷織ひおりと出会った所までだったね」


「ねえねえパパ? 王って事は高位ハイドラゴンでしょ?
人型だったの?」


「そうだね。でもそれには理由があるんだ」


「ふうん」


###


ヒビキと名乗るその中年の女性はTシャツにGパンでどこにでも居る家庭の主婦って感じの人だ。


氷織ひおりは子供用の半袖の白いブラウスに青いワンピース。
首に紺のリボンをしていた。


【おや、あんた達も竜河岸たつがしかい?】


「はい、そうです」


【珍しいよ。
奈良県には竜河岸たつがしが少ないからねっ】


「らしいですね」


【しかしアンタ地元の人間じゃないね。
どこから来たんだい?】


「加古川です」


【あの兵庫県のかい?
それはまた遠くから……
しかもこんな竜河岸たつがしが居ない所へ】


「その事は知らなかったので……」


氷織ひおりがガレアをずっと見つめている。


【……何だよチビ。俺の顔に何かついてるか?】


このチビという言葉にムッとしたのか言い返す氷織ひおり


「竜からしたらどんな人間でもチビです……
それに私はチビじゃありません。
氷織ひおりって名前があります」


【そうかそれは悪かったな。
じゃあ改めて氷織ひおりよ。
俺の顔に何かついているか?】


「いえ、そういう訳ではありません。
竜が珍しいので見つめていただけです」


【そうか? 竜なんてそこらにたくさん居るだろ?】


「いえ、ちゃんとした竜はあなたで二人目です」


僕はヒビキの方を見た。


【アタシはちょっとした理由でずっと人型だからねえ。
だから会った事があるのは天涯てんがいさんとこのケイダだけ】


天涯てんがいさん?」


【知らないかい? 天涯教】


天涯教と言えば宗吾学会そうごがっかいと並ぶ新興宗教の名前だ。
正直そんなに良い噂は聞かない。
僕の思惑を察したのかヒビキは話を続けた。
顔に感情が出てたんだろうね。


【わかるよ。
ニュースとかでもあんまし良い噂は聞かないよ。
ホント氷織ひおりの教育にもよく無いんじゃないかってね】


少し違和感を感じた僕は黙って話を聞いていた。


【アタシの稼ぎで食べさせてやれないからね。
情けない話だよ。
あんな十一歳の子に頼らないといけないなんてね……】


「どうゆうことですか?」


氷織ひおりはね……
天涯教の大天人だいてんじんとして働いてるんだよ。
アタシがもう少し稼ぎが良ければねえ。
十一歳の子に働かせるなんて事にならずに済むんだけどねえ】


氷織ひおりちゃんの両親は……?」


【二人とも事故で亡くなったよ。
自動車に乗ってて即死。
氷織ひおりが九歳の時だったよ】


「施設に預けるとか、親戚に頼るとかはしなかったんですか?」


ヒビキは首を横に振った。


【祖父祖母とも他界済み。
親戚も居なくて、文字通り天涯孤独なんだよあの子は】


僕は少し合点がいった。


「それが貴女が人型を続けている理由ですか?」


ヒビキは首を縦に振った。


【病院で亡骸を見た時もあの子は立派だったよ。
「私が泣いたらパパとママも安心できない」ってね。
泣くのを我慢してたんだろうね】


僕は黙って聞いていた。


自分が恥ずかしくなったよ。
こんな小さな子が両親を失っても頑張ってるっていうのに僕は引き籠もってカッコ悪いなって思ったよ。


【そして、そんな気丈なあの子を見てアタシは決心したんだよ。
この子はアタシが育てるってね。
そしてアタシは竜の形を捨てて人の形になった】


「竜儀の式はもう行ったんですか?」


僕が疑問を投げかけると膝を叩いて笑い出した。


【アッハッハ。
竜儀の式ね、もちろんもうやったよ。
知り合いのツテで神社に行ってね。
人型になった後だったから、アタシが氷織ひおりをオンブする形でね】


中年の女性が陣の真ん中に立って幼女をオンブする。
確かに妙な光景だ。


氷織ひおりは恥ずかしがったけど何とか説得してね。
二人で生活していかないといけないからってね】


「少し早すぎませんか?」


【元々竜儀の式が思春期に行われる理由ってのが人格がほぼほぼ形成されるのがその時期だからってだけで、別に年齢制限なんかありゃしないよ】


ヒビキが豪快に笑う。


「大した理由は無かったんですね」


【でもそのせいで、天涯教では天才の竜河岸たつがしって事でもてはやされちまってねえ。
本人はその肩書気に入ってるようだからいいんだけどね】


「そうなんですか?」


【試しに呼んでみな? 天才竜河岸ってね】


ヒビキが笑いながらそう言う。


「じゃあ……天才竜河岸の氷織ひおりちゃーーん!」


僕の声にぴくっとなった氷織ひおりは僕に向かってポーズを決めて


「違います。私は天才美少女竜河岸です」


氷織ひおりはフフンとしたり顔だ。
僕はどう反応して良いか判らなかった。
するとこちらに小走りで来て


「何ですか? その反応は。
もしかして私が可愛くないとでも?」


「あ……いや」


僕は困った顔をしてヒビキに目線を向けた。
そしたら笑っていたよ。


「……ヒビキ、私はもしかして可愛くなんですか?
もしかして本当はブチャイクなんですか?……」


【いーや、氷織ひおりは抜群に可愛いよ。
日本一と言っていい。
よっ! 氷織ひおりっ! 日本一――!】


そのヒビキの掛け声に呼応するようにちゃっちゃとポーズを取る氷織ひおり
手早くポーズを変えているが顔が無表情なのがヘンな可愛さを誘っている。


氷織ひおりちゃんだっけ?
偉いねその年で働いてるなんて」


「我が家の家計を考えれば当然です」


フンと鼻息荒く僕を見上げる氷織ひおり。


「そういえば、家の事ってどうしてるの?ヒビキ」


【家事はね、大抵アタシがやってるよ。
氷織ひおりは買い物だけ。
アタシ見た目こそ人間だけどまだ日本語が話せなくてねえ。
日本語研修のビデオとか見ているんだけど】


確かに。
見た目は問題なくても、他人とコミュニケーションが取れないと色々と不便だろう。
仕事にも支障が出そうだ。
ん? 仕事?


「そういえばお仕事って何をされているんですか?」


【障がい者枠からの清掃業だよ。
話さなくていいからね】


そこから端を発して色々疑問が生まれてきた。


「光熱費の支払いとかは?」


「亡くなった両親の貯金からさ。
知ってるだろ?
竜河岸たつがしてのは高給取りだって」


納得。
そのお金で暮らしていけなったのかと純粋に思った。


「その貯金で暮らしてはいけないんですか?」


【アタシもこんなにガッツリと人間生活に触れたのって一,二年ぐらいだからねえ。
人間が一人暮らしていくのにどれくらいかかるかなんて解らないさ】


「どれくらいあるんだろう?」


【さあね。
でもそのお蔭で家賃や光熱費、氷織ひおりのケータイ代まで問題無いって事】


ヒビキが見つめる先にはガレアと遊ぶ氷織ひおりの姿。
その目線は母親と言ってもおかしくないものだった。


【でもアタシはこれで良かったと思っているよ。
子供の教育には親が働いてる姿を見せるのいいんだろ?
本で読んだよ。
まあアタシは親じゃないけどね。ははは……】


その顔には少し寂しさがあった。


遊んでいたガレアと氷織ひおりがこちらに来て


「ヒビキー、喉が渇きました。あと甘いものも食べたい」


【竜司―、俺も食べたいー】


【そうかい、じゃあどこかに入ろうか。アンタたちも一緒に来るかい?】


「あ、はい。それじゃあ行こうかガレア」


【うーい】


僕は目的地まで行く途中で考えていた。
氷織ひおりちゃんをこのまま怪しげな新興宗教に働かせてていいのか? とか。
日本語を僕が教えようかとか。
いやいや、普通の人が居ないと駄目じゃないかとか。


そんな事を考えている内に目的地到着。


東大寺門前 夢風ひろば


奈良の歴史を表すように瓦屋根の店舗が十店舗ほどぐるりと取り囲んでいる区画に来た。


「ここは?」


【ここは夢風ひろば。東大寺の近くにある施設さ。
東大寺に遊びに来た時はいつもここに寄るんだよ】


僕はヒビキと氷織ひおりに連れられてある店の前まで来た。


TIN,TEN,CAFE


歌手の河島英三ファミリーが営むワッフルとアイスクリームのお店だそうだ。
看板にそう書いてあった。


僕は店員に声をかけた。


「すいません……三人と竜一人で」


(はいご来店ありがとうございます。
竜をお連れのお客様はテラス席にお願いします)


席を取った僕らは早々に席を離れる二人についていった。
どうやらオーダーはカウンターでするらしい。
順番は氷織ひおり、僕、ヒビキ、ガレアの順番だ。


まず列に並び、右手でお盆を持つ。
が、しかしカウンターが高い。


氷織ひおりがぴょんぴょん飛ぶがなかなか届かない。
少し見守ってみた。
おっ? 手が届いた。
片手で持っていたおぼんを両手で抱えようやく注文。


「プ……プレミアムワッフルと! マ、マンゴージュース……!」


身体がカウンターにくの字で引っかかり足をバタバタさせている。
何か可愛い。
注文を終えた氷織ひおりが上から降りてきた。


と同時に


(千二百円です)


と上から聞こえてきた。
驚いている氷織ひおり


「あ、お会計は僕がやります。
僕はプレミアムワッフルとロイヤルミルクティー……」


そういえば、あとの二人も竜だった。
僕は振り向いた。


【おっ? 頼んでくれるのかい?
悪いね、じゃあ、かき氷デラックスとゆずソーダを頼めるかい?】


「はい、ガレアは?」


【何があるんだ……竜司! このとろけるオムライスをくれ!】


吉野うどんをあんだけ喰ってまだ飯物を食うのか。


「ガレア、言っとくけど大盛とかはできないからな」


【えー何でだよう】


「こうゆうオシャレな店では無理なの」


【しょうがねえなあ】


ガレアは時々無茶を言うが基本話したら判る奴だ。


僕らはそれぞれのオーダーを持って席に着いた。


【竜司、全員の代金出させて悪かったね。ちゃんと払うから安心してくれよ】


「いえ、別にこれぐらい良いですよ」


【竜司、それはよくないよ。
アタシたちも物乞いやって暮らしているわけじゃ無いんだ。
ちゃんとキッチリそうゆう所は払わせてもらわないと】


僕は少し考えた。
この人たちからお金をもらったらそれで関係が終わってしまう。
僕はこれが試練なんじゃないかと考えた。
そして僕の出した結論は


「わかりました……なら、僕らまだ宿を決めていないんです」


【そうかい】


「ですので夕飯と一泊させてもらうので差し引きチャラっていうのはどうでしょう?」


ヒビキは考えている。


「いやっ! 別に無理にとは言いませんよっ!
よくよく考えたらこんな今日会った素性の知れない奴を泊めるなんて……」


【ハッハッハ、いいねアンタ気に入ったよ。
家は氷織ひおりの両親が購入したマンションだから部屋は空いているし。
いいよ泊まっていきな。
氷織ひおりもいいね?】


「……別に……」


氷織ひおりが打ち解けるにはまだ時間がかかりそうだ。


「あと図々しくもう一つ夕飯についてお願いがありまして……」


僕はせっかくなのでお願いして見る事にした。


「飛鳥鍋って作れます?」


【あの牛乳鍋かい?
作れるけど、アンタも夏の暑い日に鍋なんて変わってるねえ】


「名物だって聞いたんで」


【作ってやるよ。
ヒビキ様特製のやつをねっ!】


ヒビキはウインクしサムズアップを見せた。
こうして見ると威勢のいい食堂か売店のおばちゃんなんだよなあ。


僕らは氷織ひおりの家に向かう事にした。


###


「さあ、今日はここまで」


「パパー? 飛鳥鍋って美味しいの?」


たつは料理の話をするとすぐに食いつく。


「ああ、美味しいよ」


「食べてみたいなあ」


じゃあ、今日はもう眠りなさい……おやすみ……



バタン

          

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