ミコト様の眷属

二郎マコト

千歳さんに感じる恩と

  この学校で大切な人達は誰か、と問われたのなら、俺はクラスで仲のいい人、陸上部のメンバーを上げるだろう。でも、その中でも特にその想いが強い人は、大殿弥勒と千歳一八さんだ。

  この二人は、俺が高校に入りたての頃、友達の作り方や身体の鍛え方で試行錯誤して空回りしている俺に、手助けをしてくれたのだ。

  本当にあの時は助かったんだ。

   クラスの人に廊下で話しかけたはいいけど上手く話題を繋げなかった時、千歳さんは会話にそっと入ってきて手助けをしてくれた。

  弥勒はどうしたら効率的にしなやかな筋肉をつけることができるかなどを教えてくれたし、俺と他の陸上部員との橋渡し役も務めてくれた。

  もしこの二人が声を掛けてくれなかったら、俺はずっとクラスに、部活に、馴染めなかっただろう。ずっと変わりたい、という願いだけが先行して、でも実際はなにも現状を改善など出来なかっただろう。

   だから、俺はこの二人に、大きな借りがある。

  千歳さんが妖に憑かれている、と聞いた時、俺には信じられなかったし、そして、ある衝動が、湧き上がった。

  それは、助けなくちゃ、という衝動。

  借りを返したい。それもあるけれど、ただ単純に、俺に手を差し伸べてくれた人に、悪どいことに、手を染めて欲しくなかった。

  ミコト様はさっき、過去にも妖に憑かれた人間が大災害を引き起こしたと、そのようなことを言っていた。
  千歳さんは優しい。もし、自分がそんなことをしてしまったら、きっとすごく後悔すると思うから。
   千歳さんにそんなことはして欲しくない。それが、俺の願いだ。

『本当に、千歳さんからその気配がするのか?』

  俺は確認のため、ミコト様に問う。

『あぁ。間違いねぇな。これでもアタシは、妖の気配には敏感な自信があるからな。』

   そうか。まぁ疑ってるわけじゃなかったんだけど。そしたら、俺がやるべきことは1つしかないよな。

『ミコト様、俺は何をすれば良い?てか、これからどうするつもりなんだ?』

  ミコト様は少し黙った後、ふっと柔らかく笑う。心が読まれているのだろうか。
  どうやらミコト様はある程度であれば、俺の心の内がわかるらしい。これはミコト様が俺に対して、テレパシーを使えること、そして今の思わせぶりな表情から推測したんだけど。

  てかミコト様さぁ、こういう時に限って優しそうに、静かに笑うなんて、普段はそんなイメージ全然ないのに。
  少しずるいと思ってしまう。これで彼女が人間だったら、惚れてたかもしれない。

 『とにかくアタシはあいつのことを見張ってるよ。チャンスが来たら、あいつの中にいる妖を引き出すから、その時にお前を呼ぶよ。上手く妖だけを実体化させられれば、あいつを傷つけずに叩けるからな。』

  大まかの内容はわかった。俺も一応、千歳さんの動きには注視しとくか・・・って、ストーカーにならない程度にだけど。人生終わりますし。

『ていうか、そんなに堂々としてて大丈夫なのか?妖に気づかれるなんてことはないのか?』
 『あぁ。それなら大丈夫だ。そんじょそこらの妖には見えないように、神の衣を着てきてるからな。ほら、いつもと服が違うだろ?』

  そう言われて見てみると、確かに来ている着物が違う。いつもは紺色の着物を着ているのに対して、今は、純白。真っ白だ。
  心なしか、少し光を放ってさえいるように見える。

「これを着ている間は、よほどのことがない限り、妖にアタシの姿を見られることはねーよ。」

  なるほど。それならいいんだけど。
  しかし、あの千歳さんが、妖に・・・
  何か悩みとか、どうしようもないようなことを抱えているのだろうか。
  千歳さんの方を見ると、複数の友人と談笑していた。
  見たところ、おかしなところはなさそうだけれど、よく分からない。
  ガラッという音とともに、1限の担当教師が教室へと入ってくる。

『取り敢えず机から降りてくれ。授業が受けられん。』

  俺はミコト様にそう頼むと、ミコト様はあいよー、と言って、机からぴょんと飛び降りる。やけに素直に聞き入れたな。普段だったら少し焦らして来そうなのに。

『そりゃアタシも遊びて来てるわけじゃないからな。ほんの少しくらい緊張感は持ってるさ。』

  さいっすか。
  とにかく今は授業に集中しつつ、これからのことを考えないと。

「起立。」

  号令の合図がかかる。
  俺はこれからのことを考えつつ、号令の合図に従い、立ち上がった。
 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

  1限が始まってから、放課後まで来たが、幸いというべきなのかどうなのか、千歳さんに今のところ異常は見られない。
  普通に授業を受け、当てられたら答え、体育も、笑いながらクラスの女子とソフトボールを楽しんでいた。
  その後も、友達たちと笑い合ったり、普通に昼飯を食べたり、特段変わった様子は見られない。

  本当に妖が憑いているのか、と疑問になるくらい何もなかった。

  まぁ人がたくさんいる中で暴れるほど、妖もバカじゃないってことなのかな。
  もちろん千歳さんが授業間の10分の休憩時間の時や昼休みの時など、学校内で人目につかないところに行く時はあったが、そこはミコト様が付いて見張っていたので問題はなかった。
  流石に俺はそこまでついていくことはできなかった。当たり前でしょうが。怪しまれるし。

  まあつつがなく時間が過ぎて放課後、今は部活の時間だ。ミコト様も当然だがついてくる。千歳さんと俺が同じ部活に所属していることはもちろん事前に話しておいてあるから。
  俺は部室棟の陸上部の部室へと向かい、ドアの前まで来て、ドアを開けようと、ドアノブに手をかける。
  流石にミコト様も男子用の部室に入ろうとは思わなかったらしい。「外で待ってる」と言ってどかっとドアの横にある椅子に座った。

    背もたれに寄っかかって足と腕組んでるってあなた、座り方が女性らしくないんですが。

  まぁ今更か。
  というか今更だけど、当たり前だけど、ミコト様がこうして俺の学校にいること自体、違和感を感じる。
  そして余談だけど、この場において違和感のカタマリでしかないミコト様は、数学や生物の授業とかにわざわざ黒板の前まで来て、
 「ほー。今の若者はこんな勉強してんのかー。全然わかんね。」と学校の授業内容に興味を示していた。

   まぁそれはいいんだ。別にいい。

     んだけど、先生たちにちょっかい出すのはやめて欲しかったなぁ。数学の先生の頭に光を反射させるな。眩しい。てかその鏡どこから持って来た。

    とにかく気が散ってしょうがなかった。

  回想はこの辺にして、
    俺はドアノブを回してドアを開ける。

「こんちわー。」
「おお、ちーっす。」
「あ、羅一。」

  部屋を見ると、部員のみんなはちらほらと来てる程度だった。弥勒も来ている。

  取り敢えず、とっとと着替えますか。

  俺はバッグからランニングウェアとパンツを取り出し着替える。その時、弥勒が思い出したように「そういえば」と言った。

「今日そこで千歳さんがさぁ、今日部活休むって言ってたんだけど・・・。」
 「 え?そんなまさか。だって今日普通に体育出てたし、その後も具合悪そうにはみえなかったぞ?」
「そーなんだよな。俺も今日昼休みに少し話したんだけど、元気そうだったからさ。今まで何の理由もなく千歳さんが休むことなんてないから、少し気になってよ」

  もちろんそれも気になるけれど、
  何で、そのことを同じクラスの俺に言わなかったんだろう。
  わざわざ別のクラスにいる弥勒に言うなんてそんな回りくどいことせずに、同じクラスの俺に伝えれば簡単だったんじゃーーー

  その刹那、
  俺の頭の中に1つの考えが浮かぶ
  まさか、まさか、

  妖か!!

  妖がミコト様の存在に気づいていて、俺たちの監視から逃れるために、あえてそんな方法をとったとしたら・・・!
  おいおいミコト様、妖には見えてないんじゃなかったのかよ!
  でもそれほど、神の衣を着てもなお分かってしまうほど、その妖の察知能力が良かったということなのだろうか。

 「スマン、教室に忘れ物した。取りに行ってくる。」
「え?でももう部活始まる・・・」
「すぐ戻る!!」
「おい!! ・・・って行っちまったわ」
  居ても立っても居られず、俺は素早く着替えて、部室を飛び出した。

『ミコト様!!』
『分かってる。』

  どうやらドア越しに会話を聞いていたらしい。
  考えてることもほぼ一緒のようだ。

『ミコト様、千歳さんがどこにいるか大方の検討はつくか?』
『あぁ、あの妖の気配を辿れば・・・よし、居たな。こっからそんなに遠くねぇ。案内する。付いてこれるな?』
『当然!』
 『よし、じゃあ行くぞ。』

  ミコト様は学校を出て、近くの路地裏まで行くと、ぐっとスピードを上げた。俺もそれに合わせて、スピードを上げる。

  どうか、何か悪いことが起こる前に間に合いますように。
  そう願わずにはいられなかった。

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