No title_君なら何とタイトルをつけるか

天ノ

雲砅①

雲砅という作家の屋敷へと辿り着いたヴェルザは少し緊張気味に門を開けると庭には木や向日葵がたくさん生きており夏風が通ると緑の葉が落ちていくのだった。小さな庭道を抜けると玄関の扉を叩いた。静かな様子を察したヴェルザは一時経ってからもう一度叩こうとした。その時、背後から歳を疑うほどの綺麗な女性が現れた。顔に少し皺が出ているがその顔立ちは美しく清楚感溢れていた。
「あのぉ、何か御用ですか?」
「あ、えっとぉ。雲砅さん…?え…」 
50近くほど女性が指揮官とは考えられないヴェルザは混乱していた。
「…雲砅さんに御用でしょうか?」
「え、あ…はい!」
「あら、そうですか。ではご案内致します」
「…指揮官、じゃなくて。サラ・グレイさんはここに?」
「えぇ。雲砅さんは確かにここにいますよ。どうかいたしましたか?」
「いえ…」
屋敷の中へ入るとビルの部屋とは真逆で水槽や照葉野茨を飾った花瓶。そしてヴェルザは足を止めた。壁に掛けられた額縁の中の写真には3年前にハイネが開いたお茶会時に撮った物があった。
「…この写真」
「あら、貴方は雲砅さんと同じ団だったの?」
「はい…」
「たまに雲砅さんから他に写っている方のお話を聞いていたのだけど、貴方のお話は少なかったのです」
「自分は新兵でして…付き合いが浅かったからだと思います」
「そうなんですか」
中心にハイネ左にイグニス右にアイ。アイの後にメコ。イグニスの後にグレイ。ハイネの後にはヴェルザがいた。

「団長!写真撮ろ?」
グレイがスマホを取り出し机に立てた。
「それはいいですね…撮りましょうか」
ハイネが微笑むと皆 ハイネを囲むように集まった。
「綺麗に撮れるかな?」
「綺麗な人が多いから大丈夫だよ」
「あら、団長上手い事言うのね」
アイは笑いハイネの腕を嬉しそうに掴んだ。
メコはアイの肩に手を置き悪戯顔そうに笑った。
「写真を撮る直前に私が魔法をかけてやろうか?」
「や、やめてよぉ」
「メコ、それいいね。私も魔法かけたい!?ねぇ、イグ…」
「やめてくださいね。せっかく撮るんですから」
「つまらないなぁ。じゃぁ、ヴェルちゃんにだけでも魔法を…」
「やめてください。自分は嫌です」
「なんだと!?」
驚き、残念そうに肩を縮めた。
「ちょっとメコ、魔法とか言いながら押さないでよぉ!」
「对不起对不起。大丈夫だよ」
「ほら、あと5秒しかないですよ。皆さん 動かないで…」
ハイネが困ったように言った。
タイマーの音声だけが静かになった部屋で響いた。「5…4…3…2…1…」

「雲砅さん、客人が見えています」
「…客?」
部屋の奥からだろうか、小さな声が聞こえた。
足音が近付いてきて、扉がゆっくり開いた。
「……ヴェルザ…?」
「お久しぶりです。指揮官…」
3年前よりグレイの髪は伸び、下ろされていた髪は雑にお団子で纏められていた。真夏なのに首が隠れる長袖の肌着を下に紺が主色の浴衣を着ていた。
「あ、暑くないんですか…?」
「…え?あ、えっと…暑い?のかな」
更に浴衣から白い羽織を羽織っていながらも汗ひとつグレイは流していなかった。
「じゃなくて!え、ヴェルちゃん?だよね…」
「そうです」
「どうして此処が…?」
「一か八かで雲砅という作家が指揮官だと考えて訪ねたんです」
「…無茶苦茶な事をしたね」
「済みません…急に」
「いや、構わないよ。此処に訪れる事は予想はしていた…が、本当に訪れるとは…とりあえずお茶でも準備しようか」
「あ、有難う御座います」
グレイは微笑み部屋から離れた所へヴェルザを連れて行った。
「京子さん、お茶を用意してくれ」
「分かりました」
京子と言われた先程の女性は部屋を出て行った。客間らしきこの部屋は涼しく 風鈴が心地よく鳴った。
「さて、何の用だい?」
「…単刀直入に言わせて頂きます。団長の居所をご存知ですか?」
「ヴェルちゃんさ…私が団長の居所を知っているとでも?」
「知っているんじゃないか。と思って来たんです…」
「…団長の事なら少しだけ知ってる」
「…!?団長はどこに…?」
「…けど居所なんて知らない」
何もかも振り切ったようなグレイの言葉にヴェルザは俯いた。
「じゃぁ…団長が生きているかどうかも…?」
「わからない…」
グレイの声は酷く冷静で部屋が寒くなるのを感じた。
「そんな…指揮官なら団長の事を知っていると思って……いや、指揮官 どうしてそんなに冷静でいられるんですか?団長が…居ないんですよ?」
「団長からの教えで、冷静でいる事は自分の本心を失わないために必要な事だ。と言われた…」
「…指揮官の本心?」
「…」
「話してください!」
「…君に話して何になる?」
「指揮官の本心に相応しい…いや、もしかしたら皆の本心を………」
何かを言おうとしたヴェルザはある事に勘づいた。どうして、指揮官は団長に対する本心を言わない?自分の事を話すのが嫌なのか?いや…そんな事は……なんで…?あの目は嫌なくらい見た事がある。人が何かを恐れている目…本心を聞きたいだけなのに指揮官はどうして、恐れているの?
「指揮官、指揮官はどうして…」
「五月蝿い。もういい話すから…」
「…」
「はぁ……私は…団長が居ない事が怖い。何処かに行ってしまうあの瞬間 如何して無理矢理にでも引っ張って行かせない様に出来なかったのか…如何して それよりも前の段階で戦争から団長を隠す事が出来なかったのか…如何して…気付けなかったのか…」
グレイは悲しそうに話した。
「自分もです…あの時 団長を行かせないために抗った…けど力が出なかったんです。指揮官…団長の事で知っている事全て話してください 」
「……知ってどうする?私は私の知っている団長しか話せない…それしか分からない!他の事は手に取るように分かってしまうのに…彼の人の事だけはどうしても分からないんだ…」
「それでも…自分は団長の事を少しでも知って、納得いくまで団長を探します」
「はぁ…本当に君は…無茶苦茶だよ。私の知っている事を君に全て話そう」
か細い震えた声でもグレイの目は確かにヴェルザを信じた様に見ていた。



日本社会の6代名家の1つである雲砅家だが、代が受け継がれた15年前から突然 影に隠れた。ニュースや新聞にも載る事が無くなり、そんな中生まれた私(桜来)がいた。お父様は陸上団の団長、お母様は国立SLS育成胡蝶ヶ丘学園の学園長だった。家は大きな館の様な作りで家も会社も代々、受け継がれていたが会社は優秀な社員へと渡され、一族が受け継いできた能力が無い会社は以前より活気を無くし人々から忘れ去られていた。
「お、お嬢様!?おやめください!」
私は手に取っていたカッターで白いカーテンを引き裂き、上等なベッドやソファ 机までも傷付けながらモノクロの世界の中で使用人の男を睨み付けた。男は私の目を怖がり小さな悲鳴をあげた。
「と、止めてください!」
使用人がそう叫ぶと数人の使用人が私からカッターを取り上げ 暴れないように取り押さえた。私は床に強く額をぶつけ血が出始めていたが意識はハッキリとしていた。あぁ…目障りだ。こいつらもこの部屋全ての物も…。
「お嬢様 額をお見せ下さい。治療致します」
使用人達が立ち去ると今度は別の女の使用人が荒れ果てた部屋へ入ってきて私の怪我した額を消毒すると包帯を綺麗に巻いた。
「私はこれで失礼致します…」
壊れたり傷付けられた物、部屋にあった全ての物が回収され、1人静かになった部屋は私にとって心地が良かった。そんな何も無い真っ白な空間に、赤のワンピースドレスに中の白いシャツの丸襟、髪は高く2つに結ばれ両方とも丸襟と同じリボンが飾られ 濃い色の私だけが唯一の色だった。私はいつもの様に床に座り込み彼の人から借りた本を読んでいた。
「…吾輩わがはいは猫である。名前はまだ無い。
 どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪な種族であったそうだ。…」
大きな家に生まれたからといって私は特別厳しい教育は受けさせられなかった。何故なら全て達成したからである。ただ、勉学については普通であったのだが、何も言われなかった。きっと私が教師に五月蝿く質問したのだからだろう。

「どうして数学は、人の行動時間を求める必要があるのですか?そんな事 私には分かる。態々 求めるなんて…人はそれ程 阿呆なのか…」
教師は私が毎度この質問をすると機嫌を悪くしていた。
「他の事は出来る貴方がどうして勉学だけは普通なんでしょうか?」
「知っている事を求めさせるという事が分からない。教えてください。どうして私には勉学が必要なのでしょうか?」
これで5人目の教師が自ら私の教師を降りたのだ。何故だかは分かる。大方 私の言葉に返す事が出来ないからだろう…。

本を読んでいると時間を忘れ、夜は過ぎ 朝になっていた。つまらない日が今日も来ると思った。が、
「今日はハイネ・スピリト殿が屋敷へ来られます」
「…そうですか」
彼の人は週に3回屋敷へ来て私と遊んでくれるたった一人の知人である。昼過ぎになると部屋の扉が叩かれた。
「グレイ、僕だよ」
「入ってください」
扉が開くとそこには、茶色よりの髪と橙色の瞳を飾る、向日葵みたいな人が居た。
「ハイネ ようこそ!」
ハイネは微笑み手に持っていた本をグレイに差し出した。
「これ、読んでください。面白いですよ」
「ありがどうございます。借りていた本をお返し致します」
「確かに返されました。さて、今日は何をして遊びましょうか?」
「…お話をしましょうか」
「それはいいですね。丁度、話したい事があったんです」
「話してください」
2人は部屋の床に座り込み時間が過ぎるまで話をした。
「最近 お父様の専属使用人の暁の家に招待されたんです。そこには雨鬼殿と妹の餓殿がいるのですが、一昨日 行ったところ妹の方が追放された様子でして…」
「暁家の掟は厳しいと言われていますからね。その妹はハイネが勘づいた通り 追放されたと考えて正解でしょう」
「そうですか…何だか居なくなった事に気付くと寂しいんですよね」
「…寂しい?ハイネは妹と関わりがあったのですか?」
「無い…けど、1度だけ…頬から殴られたと思われる傷から血が出ていたので治療してあげようと話しかけた事があります。ですが逃げられてしまったのです」
「もしかしたら人間不信になってしまったのでしょう。身内から酷い目にあって心や身体がボロボロ…」
私とハイネは長々と世間話を言い合った。
「…グレイ。最近は両親とどうなのですか?」
「部屋に私が引き込もっているのでもう1週間会っていません…」
「それは良かった…まだ怪我治っていないでしょう…?」
「治りかけてきていますよ」
「……この頭の怪我は?」
ハイネは心配そうにグレイの額に手を当てた。
「昨日 使用人に飛びつかれてぶつけた」 
「はぁ…なるほど。だから物が無い訳だ…また壊したのかい?」
「目障りなのよ」
ハイネは呆れたように溜息をつき立ち上がった。
「僕はそろそろ帰るよ」
「え、もうこんな時間…」 
いつの間にか夕方になっていた今日は終わった。
「次はいつ来ますか?」
「んー…明後日くらいかな。また本を持って来ようか?」
「お願いします」
私は屋敷の外までハイネを送り車が見えなくなるまで見ていた。

今日が最後の夜だった。そんな事を私は知るはずも無く屋敷の中へと入った。
「…桜来?使用人から話を聞いたぞ」
玄関にお父様が立っていた。
「御免なさい…」
「はぁ…お前って奴は!後でリビングルームに来なさい」
「…はい」
陰に隠れて使用人達がコソコソと話している事が聞こえた。
「怪我まみれで気持ち悪いな…」
「あと、何を考えているか分からない」
「ここの使用人やめてぇ」
「思考を読まれているみたいだ」
聞こえてくるあいつ等の話はこの前のその間のずっと前も同じような事だった。つまらない。どんな事を言われてもハイネに教わった事が役に立ったのか、何も感じなくなっていた。
「周りの声なんて無意味だ。あいつ等は自分に出来ない事が容易く出来る僕達を憎んでいるんだよ」そんな事を初めてハイネにあった時に教わった。ハイネは正しかった。お手本みたいな人で完璧、だけど完璧な人なんて存在しない事なんて知っている。ハイネのどこが完璧じゃないのだろうか…?人間性?勉学?身体能力?違う。分からない…。
「お前はどうしてそうなんだ?」
「…はぁ?どういう事でしょうか?」
リビングルームにはお父様とお母様 私しか居なかった。
「雲砅家の長女としての自覚はあるのか?」
「ありません」
「お前はこの家の者だ。それを忘れるな。雲砅家の一族らしく、女性らしく、人間らしくいなさい」
「…はい」
雲砅家の者らしく物静かな人になり、嫌でも着ている女性らしい服、人間のような欲まみれな振る舞い。私は出来ていると思った。それをお父様は分かっていなかった。
「お父様」
「なんだ?」
「私は出来ています」
「…」
私はお父様の目を久しぶりに見つめた。だが、視界は謎の衝撃と同時に揺れた。
食台に置かれていたバラを飾った大きな花瓶でお父様は私の頭を殴った。
水が髪にかかりポタポタと落ち、私の視界は倒れ込んだ床だった。水に滲み入る赤色の液体。
お母様は私を見向きもせず、お父様は私を虫を見る目で見ていた。
「…っ生意気な!」
意識はハッキリとあった。腹立たしかった。今にもお父様の首を切り裂いてやりたかった。こんなにも出来ている私の言葉は人間の悪によって毎度 消された。

明後日が来ていた。目覚めたのは朝早くだった。一昨日 殴られている所まではハッキリ記憶が残っていた。が、意識がいつ無くなったのかは覚えていなかった。殴られた頭には包帯が巻かれ、割れた花瓶の欠片で傷付いた四肢には絆創膏が所々貼られていた。
「…借りた本読めなかったなぁ」
本はベッドの上に置かれたままだった。今から読んでも間に合わない。次に借りる本は…きっともう読めないだろう。
私は今まで考えていた計画を実現させる事にした。それはとても綺麗で美しい光景になる物だと考えられた。
「今日は夜にハイネ・スピリト殿が食事会に参加しに来られます」
グレイは暗い目を開き微笑んだ。

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