気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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 呉先生はふと思い立ったようにまだたくさん残っている二段重ねのチョコの箱の下の部分を引き出している。
「田中先生はこの一番苦いのがお好きでしたよね?ま、ウチの同居人にも分けないと、バレた時に物凄くねるので半分しか差し上げられませんが」
 半分も貰えるのかという喜びとーー多分、祐樹の快気祝いという意味も含まれているのだろう。ただ、祐樹の場合は本人が必死に隠しているという事情もあったので、普段接する患者さんとは異なって大々的な快気祝いは出来ないという事情は呉先生が一番良く分かっているハズだーーそして、森技官が拗ねているところなどが想像できないので、つい笑ってしまった。声を立てて。
 すると、呉先生も陽光を浴びたスミレの花のような笑みを浮かべている。
 ただ「カレ」(正方形という意味のフランス語だ)の小さな包みを、ゴディバの紙に包むという作業は自分が見ても危なっかしいし、その上その包み方だと絶対に綺麗に収まらないだろうなとハラハラしてしまった。
「あのう、宜しければお包みしましょうか?多分、そのままでは包装紙が足りないと思われますので」
 呉先生の手先の不器用さーーまあ、これが外科医なら致命的な感じだが、精神科の場合手作業は知る限りないーーも知っていたし、自分でした方が早いだろうな……と思ってしまった。
「え?ああ、お願いします。
 ただ、田中先生が包みを見た時に教授が包装したと直ぐに察すると思われますが、大丈夫ですか?」
 呉先生の心配そうな表情と声に笑みで返した。
「大丈夫です。どうせこの包みは祐樹に見せませんので。帰宅して寛いだ時間を過ごす時にはお皿に盛って出しますから。
 それはさておき、森技官が拗ねるとどうなるのですか?」
 何だかいつも余裕綽綽しゃくしゃくというか、ポーカーフェイスが地顔のように張り付いている森技官に「拗ねる」という単語は不似合いなように思う。
 まあ、彼も人間なのでそういう部分を恋人には見せるのだろうが。
「拗ねると口数が普段よりも多くなります。
 そして同じ意味のことを違った語彙を駆使して言い募りますね。『そんなに無駄に語彙力があるなら、もっと別のことに使えば良い』とか言い返すのですが『仕事でもいっぱい使っていますが何か?』みたいに言い返されます。
 一回拗ねると同じ意味のことを最低30分は『異なった』単語で延々と話していますよ。グタグタと」
 そして。

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