気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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 呉先生は深く頷いている。他人の病変部に目が行くのが自分たち外科医で、そもそも精神科の場合はーーまあ、脳の一部に欠陥のあるような精神病もあるがーー人の心という目に見えないものに興味を抱いた人間が志望することが多い。
 まあ、呉先生の場合は血を見るのが生理的に無理という個人的な事情も抱えていたのは知っていたが。
 だから自分の拙い(?)語彙力とか表現力と、そして表情である程度は読み取っているのだろう。
 その程度の優秀さがなければ、真殿教授の逆鱗に触れた人間を斎藤病院長が大学病院に留まることを許すわけもない。
 だから自分の表情とかをプロとして診た上で、どうすれば良いかをアドバイスしてくれるような気がした。
「明るい場所でなくても『恋人としての行為』が出来るという確信が芽生えたというわけですよね?」
 確認するように聞かれて、頬が上気するのを誤魔化すために香り立つコーヒーの湯気を当てた。
「そうです。もうフラッシュバックは起こらないと思います。99%程度の確率ですが。
 そして、祐樹も『深淵を覗き込むような昏い目』をすることがなくなりました。なので『もう大丈夫だ』と伝えたいのですが……」
 言葉にすればたった二単語なのに、どうしてそんなに伝えるのが難しいのだろう、自分だけかもしれないが。
「そうですね。もうすぐクリスマスですよね?
 キリスト教徒でもない日本人は『恋人・家族と過ごす日』というイベントに勝手に変えてしまっていますよね。
 まあ、そういう宗教に対して大らかな点が日本人の良いところだと思ってはいますが。
 大阪の例のホテルに行かれるんですか?田中先生と」
 イベントの日などにはどのホテルを使うとかなどの話は呉先生にだけは教えてあった。
「いえ、自宅の方が落ち着くかと思っていまして……。ホテルではなくて自宅で寛ぐクリスマスにしようと祐樹には伝えてあります。
 その際にでも『もう大丈夫』だと伝えたいのですが、それがなかなか困難なような気がします。
 ですからお知恵を拝借しに参ったのですが」
 呉先生は上段にあったトリュフを物凄く幸せそうに食べているので、自分もお相伴に与かることにした。
 下段にはカレと呼ばれる正方形のチョコが入っているハズなので、最も苦いのを祐樹へのお土産にしようと密かに目論んでいたが。
 多分。
 
 

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