気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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「呉先生は18時以降なら空いているとのことで、不定愁訴外来にいらして下さればとの伝言です」と達筆で書いてあった。
 不定愁訴外来は入院患者が訴える「そこはかとない不安」とか「入院している科の主治医を始めとした医師や看護師には言えない不満とか不安」を聞くのが仕事だ。
 だから、入院患者のタイムスケジュールによっても左右される。入院患者さんの食事の時間が17時からだ。
 ちなみにその時間にベッドに居ないと看護師が怒ったりするが、不定愁訴外来に行っています!と言えばある程度は見逃して貰えるので、割とその辺は融通が利くらしい。
 というのも、祐樹は呉先生に直接聞いた話として教えてくれたのだが、入院患者さんの不平不満は多々あるが、明らかに医師や看護師が悪い場合と患者さんがクレイマー気質だったり長い入院生活に精神的に疲れ果ててしまったことで逆に攻撃的になる場合もある。病気が治らないのを医師や看護師のせいにするとか。
 そういう不平不満を吸い上げて明らかに病院側が悪いと呉先生が判断した場合は斉藤病院長だけに報告を上げているらしい。
 祐樹はその一覧表を見せて貰ったらしいが、病院内でも噂の種子がタンポポの綿毛のように飛んでいて、不定愁訴外来は斉藤病院長直属の秘密警察ゲシュタボとも言われているらしい。
 だから病棟看護師も――病院を抜け出してタバコを吸いに行くとかだったら絶対に雷を落とすのが普通だが――不定愁訴外来に行くというだけで恐れているので、それほど煩いことは言わないと聞いている。
 自分の科は幸いにも患者さんの不平不満は主治医が吸い上げているし、主治医の手の余ることだった場合は医局内で解決策を考える。それでも氷解しない場合は黒木准教授か自分が直接説明なり話を聞きに行くなりしているので、不定愁訴外来に行ってやる!という患者さんはほぼ居ない。
 だから18時という時間は患者さんがベッドに戻って夕食を摂るギリギリの時間まで呉先生発案の「不定愁訴マニュアル・モンスターペイシェント版」を試される時間なのだろう。
 当たり前だが自分も精神科の臨床経験はない。ない上に、今、呉先生の患者さんは厳密に言えば精神疾患ですらない。その呉先生が編み出した方法は見事過ぎて初めて聞いた時には目をみはってしまったものだった。
 その方法とは。
 

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