気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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「不定愁訴外来の呉先生に折り入って相談したいことがあるので、ご都合の良い時間帯を聞いておいて下さいませんか?」
 年齢を感じさせない軽々しさで秘書は復唱してくれた。
「承りました。午前の手術が長引いた場合は教授のデスクにメモを残しておきます」
 コ・メディカルの人の場合、ランチタイムはキチンと決まっている。手技が長引いたことはなかったし、今日の午前の患者さんも自分にとってはそれほど難しい手術でもない。だからランチタイム前にはこの部屋に戻って来られると思うが、手技は何が起こるか「神の領域」でもある。
 「人事を尽くして天命を待つ」ということわざだか故事成語があるが、人事は可能な限り尽くしている。しかし開胸して意外なモノがある場合もーー検査は万能でもないのでーー無きにしもあらずだった。
「分かりました。呉先生のご都合の良い時間にお伺いしますのでと言って貰えれば助かります。
 そしてその時間をメモに書いておいてください」
 有能さを見込んで秘書にしたーー他の教授が綺麗な妙齢の女性を秘書にしている気持ちが自分にはサッパリ分からない。そんな見た目とかではなくて事務処理能力とか秘書として有能かどうかだけが判断基準だったのでーー彼女なだけに、そう口に出して言わなくても大丈夫だとは思ったが、クリスマスの日に「夏の事件」の祐樹の深く負った精神的外傷トラウマを晴らすというのは自分にとって最優先課題だ。
 だから是非とも呉先生の意見を聞きたいという気持ちがついつい先走ってしまって、言わなくても良い指示までしてしまう。
 多分、彼女も内心では苦笑しているのではないかな?とつい首を竦めてしまった。
 ただ、折り紙付きの秘書なので内心はどう思っているかなど表情には出していないが。
「承りました。ではそのように致します」
 いつも通りに手術もつつがなく終わり、5秒だけ長く祐樹の表情を確かめるように見ると、祐樹の瞳の輝きも「事件」前と同じように輝いていた。
 まあ、祐樹が屈託めいた眼差しを浮かべるのはーー幸いなことに最近は昏い眼差しを浮かべることは皆無だったーー二人きりの時限定だったが。
 その後、黒木准教授に呼び止められて准教授の部屋で軽くディスカッションをしてから執務室に戻ると一枚のメモがデスクの上に載っていた。
 そこには。

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