気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

152

「私の知る限りだが、トランプ占いにそういった上下で意味が逆転するモノはない。
 だからこの逆さのハートマークも祐樹の思う通りの意味だ。
 愛し合っている二人の間を繋ぐ赤い糸と同じで」
 患者さんに言う時のようにキッパリと言い切った。患者さんの場合は全ての検査を済ませて、ヒアリングも充分にした上で最善策を熟慮して提示するので、根拠は有る。しかし、トランプ占いのことは殆ど知らないが、ここで曖昧にぼかしてしまうと祐樹の精神の深い場所で傷ついている場所に塩を塗り込むという「原始的」な治療になってしまうような気がしたので。
 すると、祐樹は柔らかな表情で少し笑ってくれた。
 今はこうやってただただ、時間の経過を待つしかないだろう。その場その場で出来ることを考えながら。
「夜も更けて来たので、そろそろ部屋に戻るか?」
 日本第二の都市とはいえ、この辺りはオフィス街がメインだ。だからこの時間になると都会の喧騒とは無縁になっている。
 しかも金木犀の香りと鈴虫の鳴き声という風情も相俟って、何だか二人きりの山の中に居るような気がして立ち去り難い気持ちも有ったが。
「もう一本だけ吸っても良いですか?木立に佇む貴方の姿を眺めながら。しかも先ほどの密室での行為の残り香のような甘やかな雰囲気も纏っていて見惚れてしまいます。
 本当はずっと見ていたいのですが、風邪を引いたら大変ですので……」 
 頷いてから数歩離れた。ライターの火とホテルの間接照明に照らされた祐樹の凛々しくて男らしい顔が少しだけ憂色を薄めているような気がして心が浮き立つ。
 何も言わずただ少しだけ離れて立っている祐樹と自分を煙草の煙と香りが繋いでいるような気がした、もちろん視線も絡めていたが。
 何だかクラブラウンジの「あの席」を見ていた時の表情とは全く異なった穏やかな笑みをうっすらと浮かべて煙をくゆらしている様子を飽かず眺めていたくなる。
 何も言葉を交わさなくても、二人の時間を重ねていればいつしか傷は快癒するだろうと切実に願いながら。
 それに、随分久しぶりの愛の行為も上手く行ったし、心配していたフラッシュバックも起きなかったし。
 その安堵感に溜め息が零れてしまう。
 すると。

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