気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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「そろそろ、冷え込んで来ましたね。秋ってストンと日が暮れるような気もしますし、サッと煙幕を下ろしたみたいに冷えますよね。
 まあ、冬の京都の底冷えのする寒さに比べればマシですが、ほら、今は薄着で防寒対策をしていないでしょう?
 だからそろそろ部屋に戻りませんか?」
 祐樹の言い分も尤もだと思ったが、久々の愛の行為の余熱が身体中を駆け回っているようで一向に寒さを感じない。
「祐樹は肌寒いのか?」
 そう言って祐樹の手を握ったら、ホカホカとしている。その温かさにも心の底から溶けてしまいそうな安堵を覚えた。
 自分達は健康管理というか体調を万全にするのも仕事のウチだ。
 流石に38℃越えとかの熱発とかだと執刀医から外れることも有る。しかし、今の心臓外科には自分以外の執刀医は居ないというタテマエになっているので、患者さんのためにも風邪とかインフルエンザなどには慎重に気を使っている。
 執刀医が自分しか居ないというのは病院内での話で、祐樹は東京に行くたびに長岡先生の婚約者の東京一、いや日本一の私立病院で厳重な箝口令かんこうれいを敷いてバイパス術の執刀医を務めている。
 あの病院場合は、付属大学の医学部からそのまま上がって来た人間の方が多いし、幼稚舎という名前の小学校からそのままという医師がほとんどだと聞いている。
 長岡先生の婚約者の岩松氏を見ていると分かるが、そういう「お育ちの違い」の鷹揚おうようさを持ち合わせている人が多いらしい。
 だから祐樹が執刀しているのを見て純粋に「勉強になった」という肯定的な意見しかないようだった。
 手術は医師だけでなくてナースや技師も当然居るが、流石は日本一の私立病院だけあって福利厚生は物凄く手厚い。看護師にはシングルマザーもたくさん居るという話は良く聞くが、あの病院には24時間体制の託児所とか学童支援まで行っているらしい。その道の専門家を呼んで完璧に行われているし、乳幼児には多い突然の熱発とか下痢などは同じ敷地内に有る病院に運ばれるという仕組みらしい。
 そんな行き届いた病院は自分が知っている限りそんなにない。有っても物凄い僻地へきちだったりする。技師も同じように家賃補助で住んでいるらしいし、家族は待ち時間ナシで診察を受けられるらしいし。
 東京のど真ん中で衣食住まで保障してくれる病院なんてそこしかないので――ちなみに祐樹が聞き出したところお給料も大学病院の一介の医師よりもかなり多い――離職率は物凄く低いので秘密は守られる。
 そんなことを考えていると、祐樹はタバコの火を消している。
 そして。

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