気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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 別に隠していたわけではなかったが、精神科の知識も――多分、大学病院勤務は無理そうだが、町のクリニックには就職出来るレベルだと思う、ただ、自分の顔と名前を知らない院長先生ならば雇ってくれるだろう――それなりに持ち合わせていることは祐樹にも知られていた。
 無知な素人ならば、無邪気に言えることが、プロではないもののそれなりの知識を持っている自分が呉先生を勧めてしまうと祐樹は即座に真の意図を悟るだろう。
 それに祐樹の負けん気の強さは普段は好ましく思っていたが、そういう性格だからこそ逆に「精神科の受診――呉先生は不定愁訴外来というブランチの長だが――厚労省が「御用達の精神科医」としてラブコールを送っているというのを霞が関に行った時に聞いた。森技官の私情というか愛情ではないらしい。
 まあ、森技官もそういう線引きはハッキリと付けている印象は有ったし公私混同はしないだろうが。
 そういう情報は自分よりも祐樹の方が断然詳しい。霞が関で自分に付いてくれる技官の一人でもある和泉技官ともかなり親しくなったようだし。
 だから「精神科の受診」を勧めると逆効果になるような気がした。
 だったら、祐樹が自力で治癒出来るか、自分に助けを求めてくる――可能性は低いような気がするが――までは何も言わずにいた方が良いと思った。
 それに自分の精神だって、呉先生の早期受診でかなり救われたと思ってはいるものの、万全ではない。
 特に「この行為」については。
 腱にメスを突き付けられた時には血の凍る思いがしたものの、祐樹の付けた――そして後で聞いたが森技官の適切な示唆が有ったらしい――キスマークで助かったので、手は大丈夫だったので仕事上の支障は何もなかった。
 祐樹と呉先生と行った公園までは指の震えが止まらないのでは?とは思っていたが、それも杞憂に終わって本当に良かった。
「祐樹が良ければ、もう一度しよう……。祐樹との愛の行為をしている時が一番大好きな時間だから」
 そう言って、祐樹の凛とした唇に唇を重ねた。
 祐樹も嫌そうな雰囲気を醸し出していなかったし。
 そして、そのままベッドに押し倒された。
 祐樹の体の重みとしなやかな筋肉や温かさを全身で感じると生きていて良かったと思う。
 このまま徐々に回復すれば良いなと思う。多分、時間が解決してくれると思うが。
 何故なら。
 
 

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