気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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「では、6粒下さいませんか?」
 第二の愛の巣になったホテルの密室は相変わらずシックな重厚さと機能美が調和した空間だった。
 そして祐樹と二人でこの部屋に籠ってしまえば――クラブラウンジには「あの」研修医の狂気がどす黒い感じで祐樹の心の中に染み付いてしまっているらしい――「事件前」と変わらない感じだった。
 それに空中庭園で秋の気配を充分堪能したし、鉄板焼きのお店は肉を食べる時独特の明るい喧騒に満ちていたので、良い気分転換になった感触で、祐樹の表情も普段通りの笑顔を浮かべているのが本当に嬉しい。
 プラスチック製と思しき容器から一個一個取り出して、祐樹の大きな掌に置いていく。
 噛み心地を配慮したのか、弾力の有る固体を指で持って、祐樹の掌に落としていくのも、何だか二人の儀式のようで心も弾むような気がした。
「6個で良いのだな?」
 3粒で効く!とか書いてあったものの、それ以上の数を祐樹の男らしい、そして消毒薬のせいで少しかさついている手に落とすという行為だけで。
 かさついているのは自分の指も同じだが、どんなに強力な保湿クリームにも医薬品の消毒薬には勝てないので仕方ないとお諦めている。
 祐樹の視線も指先に落とされていて、何だか日に照らされたような眼差しの熱さのせいで指が薄い紅に染まっていく。
「なんだかタピオカみたいな感触ですよね。まあ、コンビニで売っている蒟蒻こんにゃくみたいな触感ではなくて――」
 コンビニエンスストアは滅多に行かないし、行っても必要な品だけ買って後はそれほど見ないで店内を後にする。
 まあ「事件」の直後に行った時とか、その前に六甲山のドライブデートに誘われた時には駄菓子を――1回は食べてみたかった憧れの味だった――買うために店内を物色しながら歩いたことをふと思い出した。
 あの時の心が薔薇色に染まるようなデートの予感「だけ」を楽しめる心境には今のところ成れないが、それも呉先生の言う通り、時間の経過を待つしかないのだろう。
「蒟蒻みたいなのか?」
 救急救命室の通称「なぎの時間」などもあるので、コンビニエンスストアの品ぞろえは祐樹の方が断然詳しい。
「そうですよ。久米先生が買って来たのですが。ミルクティの中に申し訳程度に入っていました。
 ただ――」
 ただ、の次は何だろう?
 ミルクティは大好きな飲み物だが、祐樹のゆったりとした感じの笑みがとても嬉しい。
 すると。

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