気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

135

 この雰囲気ならベッドの上でも大丈夫だろうと思った。ラベンダーの香りにリラックス効果が有るのは割と有名だが、金木犀きんもくせいのもそうだとは知らなかった。ただ秋風に乗って流れてくる虫のとかを二人で言葉を交わすこともなく――といってもとても美味しかった食事の後の余韻を楽しむような感じで特に気まずさはない。
 祐樹も喋る時は雄弁になるが、こうした沈黙も時々楽しんでいるのも知っていた。特にタバコを吸っている時などは。
「松虫か……。『待つ』と『松』の掛詞として使われるな……。
 私も二人きりになるのを『待つ』気持ちだが?」
 掛詞を――かけことばとは、和歌の修辞法の一つで、一つの単語に二つ、またはそれ以上というツワモノも居るが…とにかく複数の意味を持たせるというものだ――ふと思い出して祐樹を誘ってみた。
「そうですね。部屋に戻りましょうか?
 大丈夫です。灯りはキチンと点けますよ」
 ――やはり「事件」の夜に口走ってしまった言葉を鮮明に覚えているらしい。
 ただ、視覚でも確かめないと100%安心出来ないのも事実だった。
 以前なら自分の身体の中に迎えるのは祐樹だけだったし、無理やりされた過去もない。
 もう祐樹と会うこともないと思っていたアメリカ時代に――まさか旧弊さでも有名な母校から招聘されるとは思ってもいなかったので――「そういう」クラブで出会った日系人と誘われるままに関係を持った。祐樹にどこか似ていたのでそこに惹かれたので付いていったのだが。
 その時も――アメリカ人の方が個人の意思を尊重してくれるのかも知れなかったが――自分が「そういう」関係を一度してみたかったというのが本音だったかも知れないが嫌な思いは一切なかった。
 無理やりとかとは無縁な経験しかしていないので――祐樹との関係が始まった時には割と「人の気配」の近くで愛の行為をしたが、それだって相手が祐樹だと思うとより興奮したことも事実だったし。
「祐樹、ラウンジに寄らずに……早く二人きりになりたい……。
 この気持ちの波がどこかに消えてしまうのが怖いので……」
 エレベーターに乗り込んでクラブフロアのパネルを押しそうになった祐樹の手首を握って止めた。
 ラウンジに行っても自分は大丈夫だが――狂気の研修医が居たということも呉先生から漠然と聞いていただけなので、何だか「某有名人が居た」程度のインパクトしかない。
 しかし、祐樹は森技官から具体的に聞いている上にあの昏い眼差しから察するにラウンジに行くのは傷口に塩を塗り込むのと――祐樹の場合精神の奥の奥に有るので物理的には不可能だが――同様のような気がした。
 そして。

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